最終手段
桐島と渡部はアパートに向かって真夜中の道を歩いていた
桐島は先ほどまでの渡部の状態の話をしていた
「え、、、ビ、ビール?」
「ああ お前、コンビニからビール買ってきて飲み出したんだよ すげえびっくりしたっつうの」
桐島は呆れ気味にため息をついた
「、、、う、うそだぁ 私ビールなんか飲まないよ?」
「飲んでたんだよ 缶一本な」
「、、、にわかには信じがたい話だね それは、、、」
渡部は手を顎にそえ、考える素振りを見せる だがいくら考えても覚えてないモノは思い出せなかった
「どこまで覚えてんだよ?」
「え~っと、、、辛いピザ食べて、駅に向かって歩いて、、、歩いて、、、歩いて、、、歩いて、、、?」
「そこまでなんだな」
桐島は深く頷き、渡部の言葉を止めた
「お前はそっからコンビニに言ったんだよ 喉渇いたっつってな んで、出てきた時にはもうビールを飲んでたな」
「うっそー?なんでビール買ったんだろ、、、」
「これ、お前が俺の分って買ってきたヤツだ」
桐島は片手に持っていた新品の缶ビールを渡部に見せる
渡部はじーっとそのビールを見た
「、、、確かにこれは間違えちゃうね」
「間違えねえよバカ!」
桐島はその缶ビールを上着のポケットに仕舞った
「んでめちゃくちゃ酔っ払ってよ、意味分かんねえ事いっぱい言いながらその場で寝たんだよ 終電が無くなるこんな時間までな」
「その場で、、、?」
渡部は首を傾げながら聞き返す
「ああ、道端でいきなりな 仕方ねえから近くの公園のベンチまで運んだんだよ」
「、、、え、、、は、運んでくれた、、、んですか?」
「は?ああ、そうだけど あんなとこで寝さしとく訳にもいかねえし、、、」
桐島は渡部の口調に違和感を覚えながらも、冷静に説明した
「そ、そっか、、、そっか、、、」
渡部は何度も頷きながら言った
「あ、、、べ、別に何にもしてねえからな!普通に運んだだけだぞ!?」
「わ、分かってるよ!大丈夫大丈夫!」
弁解するように言う桐島に対し、渡部は激しく頷く
「、、、と、とりあえず、家とかに連絡しといた方がいいんじゃねえか?」
気まずい間が出来る前に桐島は喋った
「あ、う、うん!そうだね!」
渡部はバッグから携帯を取り出し、パカッと開いた
「、、、あ、、、着信いっぱいある、、、」
渡部は画面を見ながら呟いた
「え?」
「家 家 お父さん×6 お母さん お母さん お父さん×3 凛、、、」
渡部は古い順に着信履歴を読み上げていった
「め、めちゃくちゃ来てるじゃねえか!早くかけ直せよ!」
「え?え?で、でも、なんて言うの!?」
「う~ん、、、友達の家に泊まるとかでいいだろ」
「えぇ!?そんなテキトーな感じで泊まった事ないし、、、」
「凛ちゃんに言えば上手く言ってくれるんじゃねえの?」
「凛、、、か、、、うん」
プルルルルルル プルルルルルル
渡部は凛に電話をかけていた
「、、、出ない、、、」
渡部は桐島と目を合わせながら言った いつもより長く感じるコールに渡部は耳を澄ませる
プルルルルルル プルルルルルル プルピッ
「もしもし姉さん?」
凛は焦ったような早口で電話に出た
「あ、うん 凛?今は大丈夫、、、?」
「全然大丈夫じゃないよ!いくら電話しても出ないし、もうちょっとで警察呼ぶとこだったんだよ?」
凛の怒ったような口調が電話口から聞こえてくる
「ご、ごめん、、、」
「それで?今どこにいるの?なんで連絡出来なかったの?」
「、、、詳しくはまた話すから、お父さんとお母さんに上手く言っといてくれる?」
渡部は一瞬迷いながらも、おそるおそる凛に頼んだ
「上手くって、、、なんて?」
「えっと、、、友達の家で寝てた、とか、、、」
「、、、それで?いつ帰ってくるの?」
「明日の朝には帰るから 友達の家に泊まるって言っといてくれる、、、?」
「、、、へぇ~、そこまでこぎつけたんだ 姉さん」
凛は妖しく笑いながら渡部に言った
「はぇ?な、なにが?」
「誠哉さんがバイトを終わる時間まで姉さんがいれば、何か起きるかなーって思ってバカみたいに辛いピザ置いてったけど、まさかお泊まりまで持っていくなんてね~」
「っっ!?な、なにいって、、、変な事言うなっ!もう!!」
渡部は電話口に向かって怒鳴るように言った
「ハハハ!感謝してね?友達の家に行くって言ってたから寝てるだけかも、ってもうとっくに両親には言ってあるから」
「え、えぇ?」
「多分誠哉さんと一緒だろうと思ったから じゃ、頑張ってくださいよ~?」
「ちょ、凛!!」
プツッ ツーツーツー
「、、、、、」
渡部は切られた携帯の画面を黙って見ていた
「、、、歩?」
「んっ?は、うん!なに!?」
桐島の言葉を聞き、渡部はかなりあたふたしながら携帯をバッグに仕舞った
「大丈夫か?なんか最後の方でけえ声出てたけど、、、」
「いえ、大丈夫ですよ、、、?」
「なんだよその口調、、、」
2人は桐島のアパートの前に着いた
近くには大した街灯もなく、大通りからの光でなんとか周りを見渡す事が出来た
「まだ起きてっかな、早乙女さん、、、」
桐島は呟きながらアパートの中へ足を進める
「え、、、早乙女さん?」
渡部は聞いた事がない名前に反応した
「ああ、とりあえず早乙女さんとこに泊めて貰おうと思ってな」
「、、、早乙女さん?」
「あれ?知らないか?早乙女さん?」
桐島は頭をかきながら渡部に確認する
「う、うん」
「このアパートの大家やってんだよ」
「お、大家さん!?」
渡部は慌てて聞き返した 大家、と聞けば誰もがおっさんをイメージするだろう
「お、大家っつっても若い人だぞ?女の人だし、、、」
「あ、そうなんだ、、、でも誠哉君、その人とそんなに仲良いの?急に泊めてくれるかな、、、?」
渡部は納得した後、不安そうに訊ねた
「んーまあ大丈夫だろ 浜さんと片岡さんの友達だからな」
「、、、え、浜さんと片岡さんって、、、あの?」
渡部の脳内には今から約1年前の高校の卒業式の日の映像が映し出されていた
「ああ、今大家をやってる経緯は、、、本人に聞いてくれ」
桐島はテキトーに話を区切り、早乙女の部屋の前に立った
「そっか、私、、、」
渡部はそこで慌てて言葉を止めた
「、、、ん?なんだよ?」
「、、、いやまあ別に特に、、、」
渡部はごまかすように早口で言った
「なんだよ気持ちわりぃなぁ 言えよ」
桐島はインターホンに伸ばそうとしていた手をおろし、改めて訊ねた
「、、、誠哉君の部屋に泊めてくれるのかなぁって思ってたから」
渡部は恥ずかしさを隠す為に冷静な普通の口調で言った
「えっ、、、、、」
「、、、、、」
動揺する桐島に対し、渡部は黙って顔をそらすだけだった
「、、、そうか?ま、そりゃ最終手段って事でいいんじゃねえの?」
桐島も内心動揺しながらも表には出さなかった
「そだね、、、うん、ありがとう、、、」
渡部は何を言っていいのか分からずとりあえずお礼を言った
ピンポーン
「出ねえな、、、」
桐島は何度かインターホンを鳴らした後、ため息まじりに呟いた
「もう寝る時間だもんね、、、」
渡部は携帯電話を開き時間を確認した
時刻は深夜の1時半だった
「どうすっかな、、、電話するのもなぁ、、、」
桐島は携帯電話を見ながら困った様子で頭をかいた
「てゆうか、寝てるのを起こして初対面のヤツを泊めろって、、、怒られない?」
「怒るな絶対」
渡部の問いに桐島はすかさず答えた
「、、、しゃあねえな じゃあ秋本の方に頼みにいくか」
「梓ちゃん?寝てないかなぁ?」
ピンポーン
「、、、やっぱ寝てんのかな、、、」
桐島は再びため息まじりに呟いた
秋本の部屋も何度インターホンを鳴らしても出なかった
「つか寝てるかこの時間?起きてるだろみんな」
「でも梓ちゃんはスポーツマンだからねぇ、、、」
渡部は頷きながらしみじみ言った
「早乙女さんも大家以外の仕事ある社会人だし、春休みとかねえだろうからな、、、やっぱ寝てんのかな、、、」
桐島は悩みながらも携帯を手にし、いじりだした
「? 何してるの?」
「とりあえず秋本にかけてみる 俺と須原には厳しいけどお前の名前出したら上機嫌になんだろ」
「ちょっと申し訳ないけど、、、お願いします」
渡部は手を合わせ、秋本の部屋に向かって拝んだ
プルルルルルル プルルルルルル
プルルルルピッ
「桐島ー!?なにー!?」
秋本は奇跡的に電話に出た しかし電話越しに聞こえる音は妙に騒がしかった 秋本自身もやたら大きい声で喋っている
「あ、秋本か?今どこにいんだよ?」
桐島は予想外の状況に、とりあえず訊ねる事にした
「今!?今はなんか宴会場みたいなとこおるよ!葵さんの付き添いで!」
「宴会場!?つか早乙女さんの付き添いってなんだよ!?」
「付き添いっていうか、、、葵さんにいきなり呼ばれてん!会社の宴会らしいんやけど、、、終電無くなったし帰れへんようになって!」
「なーにしてんのズッサーちゃーん!」
「あっ!ちょ葵さん!もういいかげ、、、」
プツッ ツーツー
最後に早乙女の声と、秋本がそれを注意するような声が聞こえ、電話は切れた
「、、、マジかよ、2人ともどっか行ってんのか、、、?」
桐島は困った表情でそう呟きながら携帯を閉じた
「、、、だ、だめだったの、、、?」
渡部は半分答えを分かりながらも訊ねた
「、、、ああ 仕方ねえ 最終手段だな」
桐島は答えながら自分の部屋の前まで歩いた
「え、、、最終手段って、、、?」
「ウチに泊まってけよ しゃあねえし」
「っっ、、、!!」
渡部は声には出さなかったが、表情だけは困惑していた