忘れられない人
「お前が、考え方が変わったとか、勢いだけだとか思うのは勝手かもしれねえけど、、、俺はそう思わねえから」
「、、、、、」
「今でも、、、俺は、千佳と、、、」
「ダメだよ誠ちゃん」
水野はまた、桐島の言葉を遮った
「、、、え?ダメって、、、」
「、、、それ以上は言っちゃダメ、、、分かるでしょ?」
水野は静かに桐島に訴えかけた
「わっ、、、分かんねえよ!何がだよ!何がダメなんだよ」
水野の態度に桐島はじれったそうにしながら言った
「、、、分かんないかなぁ」
水野は目線を下げ、寂しそうに呟く
「私は分かるよ、、、誠ちゃんの事、見てたから分かる、、、」
「、、、だ、だから何がだよ どういう意味だよ」
「、、、、、」
水野は再び歩き出し、前を向いた
「誠ちゃんさ、、、勘違いしてるだけなんだよ」
「、、、は?」
桐島は水野の言葉が理解出来なかった
「何年ぶりとかに、私と再会した訳じゃない?それで、私の進路の事とか一緒に考えてくれたりしてさ、、、そんな事してる内に、勘違いしたんだよ」
「、、、、、」
「その勘違いを気づかないふりしてたらさ、絶対後悔するよ、、、?」
水野は歩きながら振り向き、笑った
「もう、、、元には戻れなくなるからさ、、、」
「、、、、、」
桐島は険しい表情で目線を下げた
(、、、千佳が言いたい事は、、、分かる、、、)
桐島は悔しそうに拳を強く握った
(でも、、、それは、、、)
「違うだろ」
気がつくと桐島は声に出していた
「え?」
「千佳が言ってんのは、、、前までの千佳の進路の考え方と同じじゃねえか」
「、、、、、」
「余計な事ばっか、、、考え過ぎなんだよ」
桐島は考えがまとまらないまま言葉を並べていた
「、、、あのね、誠ちゃん、、、落ち着いて考えてよ」
「落ち着いてるよ!」
「落ち着いてない」
水野はキッと桐島を見て強い口調で言った
「、、、、、」
「今言ったのはね、、、全部ついでみたいな感じなの」
水野は溜め息混じりに言った
「本当の、、、一つめの、、、一番大きい理由は、もっと簡単で、もっと単純で、分かりやすくて、絶対的なモノだよ」
「、、、な、なんだよそれ、、、」
「その理由は、私にあるモノじゃないよ 誠ちゃんの中に理由がありますっ!」
水野は桐島の胸を指で突き、軽く押した
「は、、、?俺の中に、、、?」
「うん、、、私でも分かるのに、本人は意外と分かんないもんなんだねぇ」
水野は感心したように頷く 口調もだんだんと明るく、いつもの調子になっていた
「、、、、、」
桐島は水野に突かれた胸を手でグッと抑えた
「それとも、、、その気持ちを消す為の行動なのかな、、、?」
「、、、はぁ?お前さっきから何言って、、、」
「誠ちゃん、、、忘れられない人、、、いるでしょ?」
そう言うと、水野は儚げな表情で笑った
「え、、、」
「分かるよ私でも!誠ちゃんの事、見てたらさ!」
「な、、、」
桐島はあまりに意外な水野の発言に度肝を抜かれ、なんと言い返していいか分からなかった
「再会したあの日、、、10月半ば 今から5ヵ月半前のあの日から、、、なんとなく、そんな気がしてたんだよねー」
水野は近くの塀に軽くもたれながら言った
「その時はただの違和感でしかなかったし、6年以上ぶりに会う訳だから、変な感じして当然だと思ったんだけど、、、いつまで経ってもその感じは無くならなかったからさ きっとそうなんだろうなーって、ずっと思ってたんだ」
「な、、、んだよ、それ」
水野の言葉に桐島は必死で言い返す
「そ、、、それこそお前の勘違いだろ!何を根拠に言ってんだよ!」
「、、、根拠、、、か」
「そうだよ!俺がいつそんな素振り見せたんだよ!」
桐島はやっきになって言い返す 桐島が必死になる理由は、一つではなかった
「、、、誠ちゃんさ、、、」
水野はそう呟きながら、夜空を見上げた
翌日
桐島はいつも通り、夕方からバイトに入る予定だった
家から喫茶店へと向かう道にも、桐島は慣れていた
横に流れる小さな小川を眺めながら、桐島はバイト先へ向かっていた
「、、、はぁ」
桐島は今日だけでいくつため息をついただろうか まだ目が覚めてから数時間だが、15回は越えているだろう
「、、、、、」
桐島は浮かない表情でゆっくりと歩く
「、、、はぁ」
ガチャ
桐島は裏口から喫茶店に入る
カウンターの手前にかけてある喫茶店用のエプロンを首からかけた
「おう、桐島君 こんにちは」
すると調理場にいるマスターが挨拶をしてきた
「、、、こんにちは」
桐島は溜め息混じりに挨拶を返した
「なんだなんだ?元気がないなぁ」
「、、、すいません」
桐島はまた元気なく返事をした
「そんなんで1人でやれるかぁ?はっはっは」
「元気ないとか関係なく1人でやらせるんですね、、、」
桐島は軽くツッコミながら手を洗っていた
「今はちょうどお客さん少ないからな この皿洗い終わったらとりあえず特に仕事はない テーブルも今片付いたとこだ」
マスターの早口な説明に桐島はコクっと頷いた
カウンターの席にでも座ろうかと桐島は調理場を出た
(忘れられない人、、、か)
桐島は、昨日水野に言われた言葉を思い出していた
(、、、もしかしたら、、、そうなのかもな、、、)
桐島はその事を思い出すと憂鬱な気持ちになった
(この、どうしようもない状況っていうか、、、どうしていいか分かんねえ気持ちを、ごまかそうとしてたのかも、、、)
「、、、はぁ」
桐島はまた溜め息をついた 思わず出てしまうのでなかなか止められなかった
(だとしたら、、、最低だな、俺、、、)
その結論に何度も至り、暗い表情になるのだ
(多分、千佳の言う通りだったんだな、、、こうやって思い返したら)
そう思いながら桐島は、カウンターのイスに手をかけた
「、、、?」
桐島はふと、客側のカウンターの席を見た
「、、、え、、、」
桐島は一瞬、頭が真っ白になった
そして視界には、そのカウンター席に座っている人物しか映らなくなっていた
桐島は昨日、水野に言われた言葉を思い出していた
『、、、誠ちゃんさ、、、この前、孤児院に一緒に行ったの覚えてるよね?』
『え、、、あ、ああ』
『その時さ、、、中庭、行ったでしょ?』
『お、おう』
「あ、、、え、、、?」
桐島の頭は上手く回らなかった 昨日の水野との会話がチラつき、今の状態を分析出来ないでいる
『中庭に行った時さ、、、ベンチ、座らなかったじゃん?』
『ああ、そうだな 水滴で濡れててタオルがなかったから、、、』
『ウソだよ』
『え?』
『私、ベンチの背もたれとか軽く触ったけど、、、別に濡れてなかったよ?』
『、、、え、、、?』
『汚れてもなかった、、、』
「、、、、、」
桐島が呆然とした表情でそちらを見ていると、カウンターに座る人物も桐島に気づいた
「、、、っ!?」
『その時さ、ちょっと考えて、それで気づいたの、、、この場所は誠ちゃんにとって、私じゃない誰かとの思い出の場所になってるんじゃないかなぁって、、、』
『、、、、、』
『、、、違う?』
『べ、別に俺は、、、』
『それに、、、それ』
『、、、え?』
「、、、、、」
「、、、、、」
カウンターの内と外、互いに呆然とした表情で向き合っていた あまりの驚きに言葉も何も出なかった
『それ、、、なに?』
『な、なにって、、、別に、、、』
『、、、大事なモノなんでしょ、、、?』
『、、、、、』
その綺麗な肌とサラサラでしっとりした黒髪、黒縁メガネの奥の常に潤んでいる瞳は、今も何一つ変わらず、そこに存在していた
『忘れられない人に、、、貰ったんでしょ?そのお守り』
『っ、、、』
「せ、、、誠哉君、、、?」
カウンターにいる人物は桐島の名を呼んだ か細く、遠慮がちに聞こえるその声も、耳に馴染んだ声だった
「、、、あ、、、」
桐島は1日も欠かさず首からさげているお守りを、服の上から確認するように触った
【縁】と書いた緑色のお守り、それをくれた人物、そして、同じ文字、【縁】と書いた赤色のお守りを持つ人物は、今、桐島の目の前にいた
「あ、、、歩、、、?」
桐島は、その人物の名を呼んだ
渡部歩、彼女もまた、お守りを首からさげていた