ビンタ
3月下旬
春休みが始まりもう2週間は経過していた
そんな日の夜
日も完全に落ちきった時刻に、桐島は目的地に着いた
水野の家である
和風な、庭付きの家の前に桐島は立っていた
ピンポーン
玄関口まで入り、インターホンを鳴らした
この時間、水野は塾に行っている為、この家にはいない
桐島はそれを分かっている上で、ここまで来ていた
ガラガラ
ドアが開いた
中から水野の養父であるお爺さんが顔を出した
「お、君は、、、千佳の友達の、、、」
お爺さんは少し驚いた表情になる
「桐島誠哉です こんばんは」
桐島は急いだ口調で挨拶した
「こんばんは 悪いが今、千佳はいないよ いつもこの時間は塾に行っていてね」
「はい、分かってます」
申し訳なさそうに言うお爺さんに対し、桐島はキッパリと答えた
「え、、、?」
「今日は、、、おじさんに話があって来ました」
「っ、、、?」
家に上げてもらった桐島は、以前来た時と同じ部屋にいた
四角い木のこたつテーブル、部屋の隅に積まれた座布団、壁に飾ってある掛け軸、もちろん地面も畳で天井も木目が見える木の板だった
前と同じ場所ではあったが、桐島は以前のようにキョロキョロソワソワとはしていなかった
何も置いていないテーブルを見つめながら、お茶をいれにいってくれたお爺さんを待つ
「待たせたね はい、お茶」
お爺さんは桐島の前にコップを起き、自分も座布団の上に座った
「君は冷たいお茶が好きなんだろう?氷を入れておいたよ」
お爺さんをにっこり笑いながら言った
「はい、ありがとうございます」
桐島は頷きながらお茶を口にした
「それにしても、私に用があるこんな若いお客さんは久しぶりだ」
お爺さんはそう言いながら熱いお茶を飲んだ
「何の話だい?遠慮なく話してくれ」
お爺さんは肩の力を抜き、リラックスした
桐島はコップをテーブルの上にコンと置き、顔を上げた
「、、、はい、大体察してると思いますが、、、千佳の事で」
「、、、まあそうだろうなぁ、、、千佳がどうかしたかい?」
水野の話となると、お爺さんは真剣な表情になった
「、、、大学に行かずに、就職をする理由、、、聞きましたか?」
「え?理由?」
お爺さんはキョトンとした顔で桐島に聞き返した
「はい 理由です」
桐島は深く頷きながら言った
「、、、いやぁ、詳しくは何も聞いてないけど、、、」
お爺さんは困った様子で頭をかく
「、、、俺、先週ぐらいに聞いたんです、、、大学に行かない理由、、、」
「、、、え?ち、千佳からかね?」
お爺さんは少し前のめり気味になって訊ねた
「はい、、、おじさんにも聞いてほしくて、勝手ですが、ここまで来させてもらいました」
桐島は軽く頭を下げ前置きしたあとに、話し始めた
内容は、この前水野と話した事だった
お爺さんが寂しい思いをするだろうから、水野は今の家を出ないという事
ずっと目標にしていた卆壬以外の大学に行くぐらいなら、、、という気持ちで、就職の方向で進路を考えている事
桐島はその時の水野との会話を交えながら
、お爺さんに話した
「、、、、、」
桐島の話を聞いたお爺さんは腕を組み、考え込むような表情になった
「、、、これが、俺が千佳から聞いた話です、、、」
桐島は小さく頭を下げた
「、、、そうか」
お爺さんは低く、深いため息まじりに答えた
「俺は、、、その話を聞いた時、なんか納得いかなかったんです、、、」
桐島は目の前のコップを見ながら話し出した
「いくらおじさんの為でも、したい事しなかったら後悔するんじゃないかって、、、いつか、おじさんのせいにしてしまうんじゃないかと思って、、、」
「、、、、、」
お爺さんは険しい表情で黙っている
「まあ千佳が決めた事を、俺がとやかく言うのもアレなんですけど、、、」
桐島は苦笑いしながら頭をかいた
ガラガラ
すると、玄関のドアが開く音がした
「あ、、、」
桐島は音がする玄関の方を見る
お爺さんは視点を変えずに黙って考え込んでいた
「ただいまー」
水野の声が玄関から響いてくる どうやら塾が終わり、帰ってきたようだ
水野はひょいと居間を覗く
「おじいちゃーん?ただい、、、まー!?」
座っている桐島と目が合い、水野は声が裏返ってしまった
「誠ちゃん!?なにしてんの!?」
水野は驚きながら引き戸の陰に隠れ、顔だけを出した
「、、、おじさんに話があったから来たんだよ」
「え、、、おじいちゃんに?」
水野は不思議そうに首を傾げながら、お爺さんの方を見る
お爺さんは眉間にしわを寄せながら考え込んでいた
「、、、話って?」
水野は桐島に訊ねながら居間に足を踏み入れる
「、、、千佳の進路の話だよ」
「、、、え?」
水野はおそるおそるお爺さんの方を見る お爺さんの表情は変わっていなかった
「、、、も、もしかして、、、あの話、したの?」
水野は問い詰めるように桐島に訊ねる
「、、、ああ、したよ」
「、、、な、なんでそんな余計な事、、、!!」
悪びれなく言う桐島に水野は声を荒げた
「誠ちゃんが何を勘違いしてるか知らないけど、私が勝手に決めた事なんだからね!?誰に言われたって変える気なんて、、、」
「千佳」
桐島を責め立てる水野に、お爺さんは声をかける
「っ、、、な、なに?」
水野はお爺さんの方を向きながら言った
「、、、ここに来なさい」
お爺さんは自分の前の床を指しながら言った
「、、、い、今私は誠ちゃんと話し、、、」
「ここに来なさい」
お爺さんは先ほどよりも強い口調で言った
「、、、、、」
水野はしぶしぶ立ち上がり、お爺さんの横に座った
「、、、、、」
水野はバツが悪そうな表情で座っている
桐島もそれを一歩引いた場所から見ていた
「桐島君から話を聞いた、、、千佳は大学に行きたいが、私の為に諦める事にしたと、、、本当か、、、?」
お爺さんはいつもとは違う真剣な表情で訊ねた
「、、、、、」
水野は目を泳がせた 返答に困っているようだ
「答えなさい」
お爺さんは答えを催促した
「、、、うん」
水野は目をそらしたままコクっと頷いた
「、、、多分、誠ちゃんの言う通りだと思う、、、」
「、、、そうか」
水野の答えに、お爺さんはため息まじりに頷いた
「、、、で、でもそれはただの私のこだわりっていうか、、、勝手に決めた事で、、、」
パァン!
張りのある音が居間に響き渡った
「、、、、、」
お爺さんはキッと鋭い目で水野を見ていた
「、、、、、」
水野は左頬を押さえ、下を向いていた
お爺さんが右手で、水野をビンタしたのだ