バイト先
3月
桐島達高校生は、春休みを目前に控えていた
学年末のテストも終え、生徒達は開放的な気分で浮き足立ってるモノも多かった
進路について忙しくなる来年度
その前の春休みまでは、進路の事を考えずにいられた
「もうちょいで春休みだな~」
放課後、須原は帰り支度をしながら桐島に言った
「ああ」
「どうする?また埼玉とか行くか?」
「う~ん、、、帰る予定はないな」
桐島は腕を組み、考えながら言った
「そっか、、、なんかする予定ないのかよ?」
「、、、どうだろうなぁ」
桐島は難しそうな表情で首を傾げる
2人はカバンを持って廊下に出た
「なに?なにかするのか?」
微妙な返答をする桐島に須原は問い詰める
「いや、なんもしねえけど、、、なにかしねえとダメだなって思って、、、」
桐島はボーっとしながら言った
「、、、?よく分かんねえよ 進路とかって事か?」
須原は桐島に言葉の真意を訊ねる
「、、、まあそれもそうだけど、、、色々な」
桐島はため息まじりに言った
「、、、ふ~ん」
桐島がはっきり答えそうになかったので、須原は訊ねる事をやめた
「ところでよ、どこでバイトしてんだよ?」
須原は興味津々な表情で訊いた
「、、、どこでもいいだろ」
「なんだよ教えろよ~」
須原は肘で桐島の腕を突く
「そやで桐島!そろそろ教えてえや!」
「ぶはっ!」
すると後ろから秋本が顔を出した 勢いよく桐島の後頭部をカバンで叩く
「痛えな!カバンで叩くな!せめて手にしろ!」
「ごめんごめん!それよりさぁ、どこでバイトしてんの?」
先ほどの須原のような表情で桐島に訊ねる
「教えねえよ!言ったらお前ら来るだろ!?」
「うん」
桐島の問いに2人は同時に頷いた
「だから嫌なんだよ!」
桐島は2人に強く言いつけた
桐島は今年の1月からバイトをしていた
クリスマスに埼玉に帰った際、バイトをした方がいいという話になり、桐島はバイトを探す事にしたのだ
割とすぐ見つかり、桐島は今もそこでバイトをしていた
今日も桐島はバイトだった
学校が終わり、家には帰らずバイト先に向かう
2ヵ月もしているとだんだんその生活にも慣れてきていた
その道を歩きながら桐島は考え事をしていた
水野の事である
ここ3ヶ月程の間、気がつけば水野の事を考えてしまっていた
(、、、なんでだろうな、、、)
そう思う反面、一つの答えも出ていた だがその答えについて、なるべく考えないようにしていた
そういう事を考えていると、いつも大晦日の事が頭をよぎった
(、、、なんであんな事しちまったのかな~)
桐島は頭をかきながらため息をつく
大晦日、水野の手を握った事である
その事を思い出すと、恥ずかしいような怖いような、なんともいたたまれない気持ちになった
(今思い出してもキツいな、、、結局、あれから今まで特になんにもねえし、、、)
中途半端にしてしまった自分の行為を後悔しているようだ
(つうか、、、俺は千佳と、、、どうなりたいんだろうな、、、)
大晦日に決意した【後悔しない】という言葉の意味を、今一度自分で考え直していた
考え事の内容が何もまとまらないまま、桐島はバイト先についた
喫茶店である
大通りから一本外れた落ち着いた場所にその喫茶店はあった
1月頃バイトを探していた際に、引き寄せられるようにこの喫茶店に辿り着いた
ガチャ
桐島は裏口から喫茶店に入った
右側を見ると、居間のような部屋がある 部屋の奥にはトイレ、風呂、水道があり、2階へと進む階段がついていた
どうやらこの喫茶店はもともと普通の家だったようだ それを改築して飲食店にしたようだ しかし今は誰も住んでいなかった
左側を見ると、そこは店だった カウンターがあり、テーブル席がある 内側のカウンターの更に後ろにドアがついていた その奥が調理場になっている 開店中は常にそのドアは開けっ放しだった
その調理場の中にはマスターがいた この喫茶店の持ち主で、年は59歳だ 客もそんなに多くない店なので、働いている人はマスターと桐島のみだった
「こんにちは」
「おう こんにちは」
桐島の挨拶にマスターは気さくに答える
マスターは、桐島がいる時間は殆ど店を任しきりにしていた カウンターの隅で雑誌を読んだり、常連客と雑談したり、気楽そうにしている
料理のメニューも、この2ヶ月で全て桐島に教えたので問題はなかった
「やっときたか桐島君」
マスターはカフェオレをお盆の上に乗せた
「、、、今日も俺一人ですか」
桐島はため息まじりに呟きながら、喫茶店のエプロンを首からかけた
「ははは!一人ってこたあないよ!お客さん増えてきたら手伝うし、今日も頼むな」
マスターは桐島の背中をポンと叩いた
「はい まあいいですけど」
桐島はそう言いながらも楽しそうだった 料理はもともと得意だし、こういう気楽なマスターの方が桐島には合っていた
「あ、それカウンターの2番ね 持っていっといて」
マスターはお盆に乗せたカフェオレを指差しながら言った
「はい」
桐島は返事をしながらお盆を持ち上げた
カウンターに出て桐島は店を見渡した
客は3、4組しかおらず、注文もこのカフェオレ以外は全て出ていた
忙しい時間帯は昼の11時半から14時頃、夕方は今から約1時間後の17時半から19時後までだった
夕方は昼ほどは忙しくはない
桐島はカフェオレを持ち、カウンター席に座る客の前に行った
「お待たせしました カフェオ、、、」
桐島はそこで言葉を止めた その女性客と目が合い、桐島は目を見開いた
その女性客は、桐島の記憶とは少し印象が違うが、間違いなく記憶の中の女性と同一人物だった
記憶より少し長めの髪
記憶より少し高い背
子供っぽかった顔も、どこか垢抜けたような、艶やかな表情だった
「、、、あ!誠哉さん!?」
女性客は驚いた表情になり、桐島をシャーペンで指した
「え、、、り、凛ちゃん、、、な、なにしてんだよ、、、」
桐島はたどたどしく言った
その女性客は渡部歩の妹、渡部凛だった