水野と孤児院
桐島達4人は鈴科孤児院に着いた
街中から少し外れている為、辺りは暗かった
孤児院の周りにたっている街灯だけで視界は保たれていた
「え、、、ここ?桐島の実家って、、、?」
秋本は桐島と水野の顔を交互に見ながら訊ねる
桐島の実家、という話でここまで歩いてきたのだ
「ああ まあ遠慮すんなよ」
桐島は特に説明もなく、先に孤児院の中へ入る
「確かに広いとは言ってたけど、、、」
須原は建物の全体像を見る まるで公民館のようで、どう考えても家には見えない
「、、、私の実家、、、みたいなモノでもあるんだけどね、、、」
水野はそう呟きながら桐島の後についた
「え、、、?」
須原はよく分からないまま、水野を目で追っていた
すると立て札のようなモノが塀続きの門に付いており、それが須原の視界に入った
「っ、、、」
須原は思わず息を飲んだ
そこには、【鈴科孤児院】と書いてあった
「あ、、、」
秋本もそれに気づき、口を抑える
「、、、、、」
2人は前を歩いている桐島と水野の背中を見て、後について歩き出した
孤児院に入ると、受付のおっさんこと草津談司が4人を出迎えた
「おー誠哉君久しぶりだねぇ!お母さんから聞いてたよ 今日帰ってくるって」
草津は満面の笑みで言った お母さん、とは鈴科孤児院のおばあさんの事だ 血縁関係はないが草津は昔からそう呼んでいる
桐島はおばあさんには帰る連絡をしていたようだ
「うん ただいま」
桐島は挨拶しながら靴を脱ぎ、スリッパに履き替える
「、、、ん?その子達は、、、?」
草津は須原達3人を指す
「あ、、、電話で言ったんだけどな 名古屋の友達連れてくるって」
「そうなのかい それは聞いてなかったよ」
草津は驚きながらも納得した
(誠哉君が自分から友達呼ぶなんて珍しいな、、、)
草津がそんな事を思っていると、須原と秋本が前に来た
「こんばんは 失礼します」
「名古屋からきました」
須原と秋本は探り探りで挨拶する 2人はいまだに、この状況をはっきりとは掴めていなかった
「、、、遠くからようこそ ゆっくりしていってね」
草津は笑顔で挨拶を返した
(名古屋、、、か)
草津の脳裏に20年近く以前の記憶が蘇る
『おっ、美希ちゃん!久しぶりだねぇ~、帰ってきたの?』
『はい ちょっと、、、』
『あっ、、、もしかして、君が桐島君かい?』
『えっ、あ、はい、、、』
(あれから、、、もう何年経ったかな、、、あの時にはもう誠哉君は、、、)
草津はボーっとした表情で桐島を眺める
「、、、?おっさん?」
桐島は様子が変な草津の表情をうかがう
「っ、、、な、なに?」
草津はハッと我に帰った
「大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫!それよりほら、愛ちゃん達が待ってるんじゃない?」
草津は廊下の奥を指しながら言った
「まあそうだけど、、、それより、、、」
桐島は水野に目をやる
「え?」
草津は水野の方を見る
「、、、こんばんは おじさん」
水野ははにかみながら会釈する
「、、、?」
草津は全く誰か分からなかった
「覚えてない、、、?」
「、、、ん~!ごめん!ちょっと、、、」
水野の問いかけに困りながら草津は腕を組んで考え込む
「、、、あっ!千佳ちゃんだ!水野千佳ちゃん!」
草津は何故か急に思い出したようだ 嬉しそうに声を上げる
「当たりです!久しぶりですね!おじさん!」
水野は覚えていてもらった事がたまらなく嬉しく、もう一度挨拶した
「うんうん久しぶり!そっかぁ~!名古屋の人に引き取られたんだったね~!」
草津は自力で思い出せた事、大きくなった孤児院の子供に会えた事の2つが嬉しく、思わず声のボリュームも上がってしまっていた
「はい 良かったぁ~、このまま思い出してもらえなかったらかなりヘコんでましたよ!」
「あはは!ごめんねぇ!」
草津とひとしきり会話を済ますと、4人は薄暗い廊下を進み、電気がついている部屋へと向かった
部屋からの電気の光が、薄暗い廊下に差し込み部屋の位置は分かりやすかった
「みんなー!お風呂の前にご飯だからねー!いつもみたいにテーブル並べてー!」
鈴科は口に手を添え、子供達に指示する 子供達は指示通りに動き始めた
「相変わらず言う事聞くな~、こいつら俺の言う事は全然聞かねえのに」
「え?」
鈴科は声がする方へ振り向く 廊下には桐島が立っていた
「あ!誠兄だー!」
「誠兄久しぶりー!」
桐島に気づいた子供達は、部屋に入ってきた桐島の足元に群がる
「はいはい、久しぶりだな~」
桐島は子供達の頭を手当たり次第に撫でていく
「せ、、、誠哉!?帰ってきてたの!?」
どうやら鈴科はおばあさんから何も聞いていないようだ
「おう、約束通り、冬休みまで帰ってこなかったぞ」
桐島は軽く笑いながら言った
「、、、もぉ、、、」
鈴科は照れくさそうに桐島の肩を押した
「、、、、、」
須原と秋本は呆然とした表情で桐島達を見ていた
楽しそうに子供達と戯れている桐島の姿に、無駄な遠慮をする必要はないのだと2人は感じた
「愛ちゃん」
水野は一歩前に出て、鈴科に声をかけた
「え、、、?」
鈴科は水野に声をかけられ、驚いた表情になる
「、、、、、あ」
鈴科は少し考えた後、声を上げた
「、、、千佳、、、ちゃん?」
「、、、うん 水野千佳だよ」
「、、、ウソ、えぇ?」
鈴科は信じられないといった表情で水野をまじまじと見る
「、、、千佳ちゃんだー!」
鈴科は水野に抱きついた
「きゃっ!はは!愛ちゃん相変わらずね!」
水野も鈴科を抱きしめ、頭を撫でた
「なんでなんで!?誠哉!どういう事!?」
鈴科は水野に抱きついたまま桐島に訊ねる
「千佳に聞けよ」
桐島は素っ気ない言い方をしながらも、2人を見て嬉しそうにしていた
更におばあさんも交え、子供達と桐島達は夕食を頂いていた
いつもよりテーブルを増やし、桐島達はそこに座っていた
「んー!めっちゃおいしいですおばあさん!」
秋本はシチューを食べ、満面の笑みで感想を述べる
「ほほ、そうかい?」
おばあさんは頷きながら自分もシチューを口にしていた
「お前が作ったシチューとちょっと似てんな」
須原は何気なく桐島に言った 桐島は何度か須原や秋本に料理を作った事があり、その味に似ていたようだ
「、、、まあ、この料理食って育ってきた訳だしな、、、」
桐島は納得したように頷く
「それに、、、おばあちゃんは、俺と血が繋がってるおばあちゃんだし、、、」
「え?ああ、そうなのか」
須原はどういう顔をしていいか分からなかった
「遺伝かもな」
「料理の上手さは遺伝しねえだろ?」
桐島の何気ない一言に須原はツッコんだ
「千佳ちゃん久しぶりでしょ?おばあちゃんの料理!」
鈴科は興味津々で水野に訊ねる
「うん、、、」
水野はしんみりした表情でシチューを味わう
「ほほ、お口に合うかい?千佳ちゃん」
おばあさんは微笑みながら水野に訊ねる
「、、、おばあちゃん、、、おいしいです、、、」
水野は懐かしさやらなんやらでなんとも言えない感情が押し寄せていた
「ほほ、それは良かった いつでも帰ってきていいんだよ」
「、、、はい」
そうして話していると、話の内容は1年後に迫っている卒業後の進路の話になった
「私は大学やな~、テニスで推薦もらえたらええけど、、、カメラとかの勉強もしたいし」
秋本はボーっとなんとなく浮かんでいる進路を口にした
「俺も大学だろうな 就職もいいけど、多分親から大学行けって言われるし、特にやりたい事も思いつかねえし」
須原も秋本同様、はっきりとは決まっていないようだった
(やりたい事ねぇ、、、)
桐島は天井を見上げる 桐島も進路については一切考えておらず、構想すら出来ていなかった
「愛ちゃんは?」
須原は鈴科に話を振った
「私は普通に高校ですよ!中卒で働く予定はないです!」
鈴科は素早くツッコんだ 須原はもう鈴科とも仲良くなっていた コミュニケーションの塊のような男である
「せいちゃんはどうするんだい?」
おばあさんは水を飲みながら桐島に訊ねる
「え、、、俺ですか 特にまだ、、、」
桐島は首を振りながら言った
「そうかい、、、でも高校を卒業したら何かとお金がかかるから、気をつけないといけないねぇ」
おばあさんは心配そうに呟く 桐島は両親がいない為生活保護の恩恵を受けているが、学生じゃなくなる、もしくは成人すると対象から外れてしまうのだ
「あ、確かにそうですね、、、」
「バイトしたらええやん」
考え込む素振りをする桐島に、秋本はズバッと言った
「バイト?」
「うん アルバイト 蓄え作っといたら安心ちゃう?私は大学行ったらしよ思てるけど」
「、、、バイトね、、、」
(バイトでもしておいたら、進路の時にちょっとは役に立つかな、、、)
桐島はとりあえず名古屋に帰ったらバイトを探そうと考えた
「ちーちゃんは?進路どうすんの?」
秋本は最後に水野に訊ねた
「私は就職だよ 結構前から決めてるのよね!」
進路があやふやな皆に対し、もう方向性を決めている水野は得意げだった
「就職?進学しねえんだ?」
須原は不思議そうに訊ねる
「うん 名古屋内で見つけたいな~ってね!」
「へぇ~、千佳ちゃんももう大人かぁ~」
鈴科は寂しそうに呟いた
「ふふっ、たまにはこっちにもくるね?」
「うん!いつでも来て!」
「、、、、、」
そんな水野達の会話を、桐島は黙って聞いていた
皆は夕食を食べ終え、テーブルや食器を片付け終えた
「みんなー!お風呂入るからねー?服持って集合!」
鈴科は廊下から部屋の中にいる子供達に声をかける
子供達は従順に言うことを聞いていた
「すごい良い子よね~ 私達の時は全然こんなんじゃなかったよね?」
水野は子供達を見ながら感心していた
「ああ、あの時は飯も風呂も殆どおばあちゃんが一人でしてたからな みんな暴れまわってたよな」
桐島は当時を思い出しながら笑った
「愛ちゃんすごいね あんなにちっちゃかったのに、、、」
「そりゃでかくはなるだろ」
しみじみ言う水野に対し桐島はふざけた返答をした
「もー!そういう意味じゃないのに!」
水野はスネた表情で言い返す
「あ、そうだ 梓さんももう入っちゃいますか!?もちろん千佳ちゃんも!」
鈴科は秋本、水野にも声をかけた
「え?」
「いいの?一緒に入って大丈夫なん?」
「大丈夫ですよ!結構広いですから!」
鈴科は手で風呂場の広さを表す
「いいから行ってこいよ 俺らと入るんなら別だけどな」
「死ねっ!」
須原の言葉に秋本は素早く言い返し、歩き出した
「じゃあ私も入ろっかな」
水野はそう言うと、鈴科のもとへと駆け寄った
「、、、、、」
桐島はなんとなく水野の背中を眺めていた
『そうかそうか、桐島の本命は水野ね、、、』
『ち、違うわ!お前が千佳を見ながら言うから!』
昼間の外山との会話が何気なく脳裏を横切る
「、、、、、」
桐島は頭をぶんぶん横に振った
(くそ、うっとうしい、、、俺と千佳はそういうんじゃねえんだよ、、、)
桐島は頭をかきむしり、外山の言葉をかき消そうとした
「なぁー?服どうする?ちーちゃん」
「そうね、、、愛ちゃんに借りよ?」
「どうぞどうぞ!」
鈴科は頷き、笑顔で答える
「えー?でも愛ちゃんってシュッとしてるし、、、私が着てキツかったら恥ずかしいやん」
「シュッと、、、ってなに?」
「いやせやから、シュッとしてるやん、こう、、、シュッと」
秋本は鈴科の全身をかたどるような手の動きを見せる
「シュッと、、、ですか?」
シュッと、は水野と鈴科にはイマイチ伝わらなかった
【シュッと】とはなんとなく細くて長くてスラッとしているイメージの言葉です