水野の家
12月24日
桐島は水野に連れられ歩いていた
自宅へと歩く水野の足取りは軽く、楽しそうだった
水野の家の最寄り駅で待ち合わせをし、そこから歩いているのだ
もう日も暮れ始めた夕方である
「結構街中から外れるんだな、、、」
桐島は周りの様子を見てふと呟く
家が多い住宅街をしばらく進んでいる
「そうだね 逆に誠ちゃんのアパートは都会のバックステージっていうか、、、上手く裏をついた!みたいなとこにあるもんね!」
「よく分かんねえよ」
桐島は軽く笑いながらすかさず答える
「あはは!それにちょっと和風な感じだから馴染みがないかもしれないね!孤児院はどっかの公共施設を使った感じだったし、今の誠ちゃんのアパートもフローリング系だしね!」
「そうか、でも前のアパートは畳だったからな、、、つか孤児院にも和室あったろ」
「あー、うん 家全体が和室の部屋って感じかな?」
「、、、ん~?」
水野の例えも、馴染みがない桐島にはあまりしっくりこなかった
するとヒューッと冷たい風が通り過ぎた
「、、、う、、、さぶっ!」
桐島は両肘を抑えながら言葉にする
太陽も出ていないのでなかなかの寒さだった
「ふぅ~、、、今のちょっとキツかったね~」
寒さには強い水野だが、今の風は効いたようだ 表情を引き締め、両手に息をかける
「だな、、、」
桐島は首に巻いていたマフラーを口元まで引き上げた
「、、、まだかよ?千佳の家は」
「もうすぐもうすぐ!」
手を温めた水野は再び元気を取り戻し、笑顔で桐島を先導した
「着いたよ!ここ!」
「え、、、こ、これか?」
水野が指す家を桐島は驚いた表情で眺める
確かに桐島にとっては見慣れない和風な家だった
玄関はドアではなく引き戸で、木の格子のようなデザインである
敷地内には砂利が敷いてあり、庭には大きな石が置いてある その周りには木々が生い茂っていた
「す、すげえな、、、こんなの現代にあるんだな、、、」
「普通にあるよ!誠ちゃんは都会しか知らないんじゃない?」
「、、、そうか?」
水野の言葉に桐島は少し考えさせられた
(埼玉のアパートとか、あんま都会って感じじゃなかったけど、、、俺がそこしか知らないから、、、?まあ自分が住んでるとこより田舎に行く理由もねえし、、、ってゆうか、、、)
「別にここも田舎って訳じゃねえだろ 戻ったら大通りだし」
桐島は考えのまま流れで言った
「そういう事じゃなくてさ、ちょっと田舎に行ったらこういう家、いっぱいあるよ?」
「、、、そういうもんか」
2人は玄関から家へ入った
「ただいまー」
水野が元気よく家の中に向けて言った
「うわ~、、、なんかすげえ、、、」
桐島は圧倒された様子で玄関から家の中を見渡す
土間のような広い玄関に、長い石が階段の要領で置いてあった 少し敷居が高いのもまた桐島にとっては新鮮だった
何より引き戸も床も天井も木目がはっきり見え、桐島は珍しく感じた
「なんだよこの絵?触っていいか?」
桐島は飾ってある絵を軽く触ってみた
「あ、これシャチホコか?しかも木彫りかよ」
「、、、ちょっと誠ちゃんはしゃぎすぎだよ」
水野は呆れた様子で桐島を見る
「だって、、、なんかすげえじゃねえか!こんなん見た事ねえし、和って感じだし!」
「、、、、、」
「ここってアレじゃねえか?戦後とかから時代止まってんじゃねえの?戦後の家とかどんなんか知らねえけどさ!」
「、、、ぷははっ!」
こらえきれない、といった様子で水野は笑い出した
「っ、、、な、なんだよ、、、」
桐島は急に笑い出す水野に少し戸惑いながら言った
「ははっ!なんか、、、誠ちゃんだなーって思ってさ!」
「、、、え?」
水野の言葉に桐島は首を傾げる
「誠ちゃんってさ、昔はそんな感じだったじゃん!好奇心旺盛で、くだらない事に熱くなって1人で盛り上がったりしちゃって!」
「、、、そ、そうだっけ?」
そう水野に言われると桐島は恥ずかしくなってきた
「うんうん!だから、ちょっと嬉しかった」
「嬉しい?」
「うん 誠ちゃん今は落ち着いた雰囲気に変わってたからさ 違う人になったのかなーって思ってたけど、、、やっぱり誠ちゃんだったから!」
「、、、そうか」
桐島はイマイチ実感は湧かなかったが、心底嬉しそうに話す水野を見るとつられて笑みがこぼれた
「おお千佳 おかえり」
すると家の中から1人のお爺さんが出てきた
「あ、おじいちゃん!ただいま!」
水野は元気よくお爺さんに挨拶する
「、、、彼かね?桐島誠哉君というのは、、、」
桐島に気づいたお爺さんは水野に訊ねる
「うん!」
「は、はい 桐島誠哉です」
桐島は小さく小刻みに頭を下げた
「そうかい、鈴科さんのとこの、、、」
お爺さんは笑顔で頷きながら家の中へ戻っていった
「行こ!誠ちゃん!」
水野は靴を脱ぎながら言った
「お、おう、お邪魔します、、、」
桐島は未だに家の雰囲気に慣れられず、オドオドしていた
お爺さんの後につき、水野と桐島は居間に着いた
四角い木のこたつテーブル、部屋の隅に積まれた座布団、壁に飾ってある掛け軸、もちろん地面も畳で天井も木目が見える木の板だった
「、、、、、」
桐島は表情はあまり変えず、目を丸くしながら周りをキョロキョロ見る
なによりテーブルの上に置いてあるザルに入ったみかんが桐島のツボにはまった
いつも置いてあるのだろうか?
客人である自分の為に置いたのだろうか?
いつもザルに入れてあるのだろうか?
それともザルとみかんは別の場所に置いているのだろうか?
くだらない事だが考えれば考えるほど桐島は楽しかった
この畳や天井も一体いつからこの場所で仕事をしているのだろうか?
「あの、、、ここ、築何年ぐらいなんでしょうか?」
桐島は周りを見渡しながらふとお爺さんに訊ねる
「え、、、?」
桐島の突然の質問にお爺さんは少し驚いた
「ちょ、ちょっと誠ちゃん!なんか失礼じゃない!?」
水野はムッとした口調で桐島に注意する
「ははは、千佳 怒らなくていいよ 誠哉君、この家は、、、築何年かははっきり分からないが、私が子供の時からあったよ 私は61だから、60年以上前だね」
お爺さんは笑いながら桐島に説明した
「そうなんですか、、、」
(60年、、、)
桐島は天井を見つめながら、今の自分では考えられない年月を想像した
「、、、ほ、ほら誠ちゃん!いつまで突っ立ってんの!座って!」
水野は部屋の隅から座布団を取り、テーブルの前に置いた
「あ、悪いな」
「ちょっと待っててね お茶いれるから!」
桐島の礼を聞いたのか聞いていないのか、水野は台所へと向かった
「、、、、、」
桐島は去っていった水野の方を見ていた
「慌ただしい子だろ?」
お爺さんはニコッと笑いながら言った
「そうですね」
桐島は同じように笑いながら座布団に座った
「この家、そんなに珍しいかい?」
「え、、、?」
お爺さんの問いかけに桐島は少し気まずそうにする
「ずいぶん見ていたから、そう思ったんじゃいかって」
「、、、まあ、はい あんまり見た事なかったんで」
桐島は正直に頷きながら答える
「そうかい、でもそれは良い事だ ゆっくり見ていったらいいよ」
お爺さんは少し嬉しそうに頷きながら言った
「はい、、、ありがとうございます」
「お茶入りましたー!」
桐島の言葉をかき消すように水野はお盆を持って居間に戻ってきた
「はいおじいちゃん!」
水野は熱いお茶が入った湯飲みをお爺さんの前に置く
「で、これが誠ちゃんの!」
水野は桐島の前に冷えたお茶が入ったコップを置いた
「冬でも冷えたお茶がいいんだよね?誠ちゃんは」
「おう、そんな事よく覚えてたな」
「ふふん♪やっぱり今でも変わってないんだ!」
水野は得意げにそう言うと自分の湯飲みをテーブルに置き、座布団に座った
「なんの話してたの?うっすら声だけ聞こえてきてたけど」
水野はお茶を軽く一口飲み、テーブルのみかんに手を伸ばす
「ああ、なんか千佳って騒がしいなって話しをな」
「ひどっ!ホントにそんな話してたの!?」
水野は桐島の言葉の真偽をお爺さんに確かめる
「少しな」
お爺さんは桐島の顔を合わせ笑顔で言った
「少ししてたの!?もう、私が聞いてないところで、、、ってこたつ点いてないじゃん!寒いよもぉー!」
水野は1人で慌ただしくこたつの電源を入れる
「やっぱ騒がしいじゃねえか」
桐島は水野の様子を見ながら笑った
「~~!も、もうそんなのいいから!」
水野はみかんを一つずつお爺さんと桐島の前に置く
「誠ちゃんってさ、銘東高校だよね?」
水野はみかんを口にしながらふと桐島に訊ねる
「ん?ああ」
桐島は水野から貰ったみかんの皮を剥きながら答える
「あそこって確かスポーツ校だよね~?誠ちゃんスポーツやってるの?」
「いややってねえよ やってるように見えないだろ?」
「うん」
水野はニヤニヤ笑いながら頷く
「じゃあ、、、誠ちゃんってアレ?全然勉強出来ない方なんだ?」
「う、、、」
水野にそうはっきりと言われると簡単に認めたくはなかった
「銘東高校でスポーツしてないって事はそういう事だよね」
水野は桐島の顔を覗き込む
「、、、まあ」
「ん~?どうなのかな~誠ちゃん?」
騒がしいなどと言われた仕返しなのか、水野はやたらと桐島をからかう
「いや、、、えっと、、、」
桐島はなんとか打開策はないかと間を延ばす
「あはは!困ってる~!」
水野は桐島の肩を指でつつき、愉快な気分を楽しんでいた
「う、、、くそ、、、」
桐島は悔しそうにみかんを口に突っ込む
「もう進路は考えてるのかい?誠哉君」
お爺さんは2人の会話の合間を見て桐島に訊ねる
「進路、、、ですか いやまだあんまり、、、」
桐島は首を傾げながら答えた
「考えなきゃダメなんでしょうけど、、、イマイチ実感湧かなくて、、、」
「そうかい、、、まあ意外とみんな決まってないモノだよ」
お爺さんは納得したように頷く
「、、、千佳は、、、?」
桐島は一応確認の意味で水野に訊ねてみた
「ふぇ、、、?ふぁい?」
水野はみかんをくわえたまま反応した
慌てて飲み込み、お茶で口を整える
「ん、、、前も言ったでしょ?就職するの」
水野はみかんの身を部分を一口に切り分けながら言った
「、、、、、」
桐島は腑に落ちない様子で息をつく
「千佳がそうしたいのなら構わんが、、、大学に行っておいてもいいんじゃないか?何かと不安な世の中だし、、、」
「大丈夫だよ 大学なんか行ったってダメな人はダメだし!高卒でもちゃんとやっていけてる人はたくさんいるんだから!」
お爺さんの言葉に水野は落ち着いて返答する
「そうかい、、、?」
「うん、、、あっ、てゆうか自分の家なのにこういう服装はおかしいよね!ちょっと着替えてくる!」
水野は慌てて立ち上がり、自分の部屋へ歩いて行った 確かに水野の服装はいわゆる余所行きで、自宅で着ているのは少し不自然だった
「、、、就職、か」
桐島は難しい表情で呟く
「千佳、、、大学に行くとばかり思っていたんだがな、、、」
お爺さんは不思議そうに言いながらお茶を飲む
「やっぱり千佳って、学校の成績はいいんですか?」
「、、、そうだね 4や5ばかりだし、、、塾にも行ってるし、意欲的にも見えたんだけど、、、」
桐島の質問に答えながら、お爺さんは考え込む
「大学には行きたくないのかな、、、」
お爺さんは両手をこたつに入れ、ふと呟いた
「、、、そんな事ないと思うんですけどねぇ、、、」
桐島は首を傾げながらお爺さんに言った
「え?」
「あ、いや、、、この前、千佳が大学の参考書持ってるの見たんで、、、大学に興味はあると思ったんですけど、、、」
あまり確証はなかったが、桐島はとりあえず思った事を口にした
「そうなのか、参考書を、、、どこの大学だい?」
「俺が見たのは、、、卆壬大学でしたね」
「ほう、卆壬、、、あの、東京の?」
「はい」
お爺さんの確認に桐島はコクっと頷く
「あと、俺の先輩で、卆壬大学に行ってる人がいるんですけど、、、その先輩にもすごく色々訊いてたんで、、、」
「、、、そうか」
お爺さんは頷きながら更にお茶を飲んだ
(、、、家の人は大学に反対してる訳じゃなさそうだし、千佳は大学に興味あるみたいだし、大学に行かねえ理由が全然分かんねえな、、、勉強も得意みたいだし、、、)
桐島は以前からこの事について考えていたが答えは出なかった
(それにこの家、結構でかいし、お金に困ってるって感じもしないしな、、、)
桐島は考えれば考えるほど水野の気持ちがよく分からなかった
「お待たせ!人生ゲーム持ってきたよー!」
楽な格好に着替えた水野は大きい箱を両手で持っていた
「3人でしよ!ほらほらみかんは端っこ!」
水野はみかんをザルごとテーブルの端に移動させた
「ところでさ、2人はなんか話してた?」
水野は人生ゲームの準備をしながら2人に訊ねた
「、、、ああ、千佳は慌ただしいなって」
「またそういう話!?」