死への意識
救急車で病院に運ばれた菅井は治療室に入った
桐島と須原は特に菅井の容体の説明も受けず、治療室の前の長椅子に座っていた
この廊下の周りはあまり人の気配がないので、特別な場所なのだという事は2人にも分かった
つまり、菅井の状態は危険だ、という事である
先ほどから桐島と須原の間に会話は無い
「、、、ふぅ」
たまにこうして、思い出したように息をつく須原の声以外、物音はほとんどしなかった
病院に着いてからもう1時間が経とうとしている
「、、、、、」
桐島は、先ほど苦しみ出した菅井の様子を思い出していた
(なんでだよ、、、緋斬は南と同じ病気なんて、持ってなかったはずじゃ、、、)
菅井からそのような話を、桐島は未だかつて聞いた事がなかった
(確かに、生まれながらのっつうか、、、先天的なもんではないって言ってたけど、、、じゃあ緋斬は、最近発症したのか、、、?いや、それより緋斬は自分の病気の事知ってたのか、、、?)
分からない事だらけで全く考えがまとまらない桐島は、いらつきながら頭をかきむしる
桐島はハッと、昔の菅井の言葉を思い出した
『精神的に安定してたり、体力的に大丈夫だったらあんまり出ねえもんだけどな』
これは、桐島が菅井から南の病気の話をされた時の、発作に関する菅井の言葉である
(もし、、、緋斬が南と同じ病気なら、、、俺が緋斬に精神的な負担を与えてたんじゃ、、、)
更に菅井は今日、午前中は仕事をしていたので疲労が溜まっていた 発作が出る条件は揃っていたように思える
(、、、緋斬、、、)
桐島は前屈みになり、拳を強く握りながら無事を祈っていた
すると少し離れた場所からタッタッタッと走る足音がする
その音はだんだん桐島と須原のいる一角へと近づき、廊下の角から姿を現した
「はぁはぁ、、、んっ、、、」
渡部だった 須原から連絡を受け、相当急いできたのだろう 息を切らし、流れ出る汗にも今頃気付いて拭っている
「、、、っ、、、」
桐島に気づき、一瞬動揺しながらも気にしないように目を逸らした
「歩、、、」
須原は疲れている渡部の様子を察し、長椅子まで手を貸した
「はぁはぁ、、、」
渡部は落ち着いて息を整える 胸を押さえ、深呼吸を繰り返していた
そうこうしている内に、また足音が聞こえてきた
「はぁはぁ、、、みんないるやん」
壁に手をつきながらそう言ったのは秋本だった テニスのユニフォームを着ているところを見ると、おそらく部活動を抜け出して来たのだろう
「浩二君、、、今、どういう状態なの?緋斬君は、、、」
やっと落ち着いた渡部は須原に訊ねた
「いや、、、俺らにもよく分かんねえ、、、医者の先生方からもなんも聞いてねえし、、、」
須原は目を泳がせ、不安そうな様子だった
「、、、救急車呼んだんだよね?その前に何があったの?」
渡部は更に質問を重ねた
「え、、、っと、確か、、、最初は疲れたっつって、、、そしたらいきなり血を吐きだして、その後は、、、気を失ったみたいに力が抜けて、、、それで、桐島に救急車呼んでもらった、、、」
須原は状況を思い出し、一つずつ説明した
「そっか、、、」
渡部は須原の説明に納得し、頷きながら呟いた
「な、、、なんでいきなりそんな事になんの?」
秋本は悔しそうなやりきれない気持ちだった
もちろん、それはここにいる全員が同じだった
「、、、、、」
渡部はギュッと目を瞑り、唇を噛みしめていた
それから10分程経った頃
また、廊下から足音が聞こえてきた
今度の足音は渡部や秋本の時よりも静かだった
だが間隔は短く、急いでいるのは伝わってきた
よく聞いてみると足音は2人分あった
「そ、そんなに急がないで下さい お体に障ります」
そんな男の声が聞こえた同時に、1人の女性が現れた
その女性は50歳前後だろうか、ずいぶんやつれた顔つきをしていた 汗はあまりかいていないがはぁはぁと息をするのも辛そうにしている その隣の男性は女性につきそうように歩いていた
「ひ、緋斬のおばさん!」
須原は驚いた様子で立ち上がった
その女性は菅井緋斬の母だった 隣の男性は親戚の人だろう
「浩二君、、、すまないね」
母は息子の事で迷惑をかけたのではないかと須原に謝る
「い、いえ、、、」
「ひ、緋斬君のお母さん!?こ、こんにちは!」
秋本は慌てて立ち上がり、素早く礼をして挨拶する
母は疲れた様子で軽く会釈をして挨拶を返した
「電話では来れそうにないって聞いてたんですけど、、、」
須原は不思議そうに言いながら母が長椅子に座るのを見ていた
「緋斬が苦しんでるんだ、、、私が家で寝ている訳にはいかないだろ?」
母は息を落ち着かせながら言った
「こんにちは、、、」
渡部は母の前に立ち、軽く礼をする
「歩ちゃん、、、いつもすまないね、、、」
母はそう言った後、頭を下げた
「いえ、、、」
渡部は優しく微笑むと、先ほどまでいた長椅子に座った
「、、、、、おばさん」
桐島は椅子に座ったまま、向かいにいる母に声をかけた
「え、、、?」
母は桐島の顔を見て、ハッと驚いた表情をする
「あ、、、あなた、、、誠哉君、、、?」
「、、、はい お久しぶりです」
おそるおそる確認する母に、桐島はゆっくりと答えた
「え、、、?」
「、、、?」
「は、、、?ど、どういう事なんそれ?」
須原、渡部、秋本は全員桐島に注目する
「、、、おばさん、緋斬は、、、病気なんですね、、、?」
桐島は秋本からの問いかけを後回しにした
秋本達も、状況が状況なので無理に問い詰めなかった
「、、、そうよ、私や、、、南と同じ病気、、、」
母は少し俯きながら呟いた
「え、、、っと、確か、南ちゃんって緋斬の妹で、、、すよね、、、?」
須原は確認するように慎重に言葉を選ぶ 母はコクっと頷いた
「そう、、、ですか、、、」
須原は頷きながら長椅子に座り直した
「え、、、ど、どういう事?」
秋本は今の会話の流れがよく分からず、須原に訊ねる
「、、、南ちゃんは、数年前に亡くなってるんだよ、、、病気が原因だったって、緋斬は言ってた」
須原は周りの様子をうかがいながら小さい声で言った
「あ、、、そ、そうなんや、、、」
秋本は大人しく椅子に座り、小さくなった
この場にいる全員が、菅井の死を強く意識してしまった
「少し、向こうで休まれては、、、?」
親戚の男は母の体調を気遣い、提案する
「ああ、、、ごめんなさいねぇ、、、」
母は親戚の男に連れられ、楽な場所へと移動する
「、、、ごめん、私もあかんみたい、、、ちょっと外行ってくる、、、」
秋本も、母の後につき額を押さえながら歩いて行った
「、、、、、」
須原はソワソワした様子で落ち着きがない
「、、、ちょっとコンビ二行ってくる、、、お前らも腹減ったろ?なんかテキトーに買ってきてやるよ」
とにかく何かをして気を紛らわせたかったのだろう 渡部と桐島にそう告げると、須原はゆっくりと廊下を歩いて行った
「、、、、、」
「、、、、、」
気がつけば渡部と桐島、2人だけになっていた
桐島の右斜め向かいに渡部は座っていた 微妙な距離感が明らかに不自然だった
(、、、俺も行った方がいいな、、、)
そう思い、桐島は立ち上がろうとした
「誠哉君、、、」
するとそれを察したのか、呼び止めるように渡部は桐島を呼んだ
「、、、ん?」
桐島は足の力を抜き、立ち上がらずに座り直した
「緋斬君と、、、知り合いだったの、、、?」
殆ど物音がしない中、右斜め向かいにいる桐島に、ゆっくりと訊ねた
病院に着いてからもう、1時間半が経とうとしている