フラッシュバック
翌日 朝の10時頃
珍しく早く目が覚めた桐島は、アパートの周りをほうきで掃除していた
この掃除は、家賃をタダにしてもらう条件である
今日は初めて、桐島の方から掃除をしたい、と大家である早乙女葵に話をつけた
おそらく、昨日の出来事を気分的に紛らわしたいからだろう
「、、、ふぅ」
ほうきを杖のように持ち、落ち着いて息をつく
(、、、昨日の歩の様子じゃ、、、俺と緋斬が知り合いだって事は知らないみたいだな、、、)
ぼーっと地面を眺めながら、桐島は状況の整理を始めた
(緋斬が、、、まさか名古屋に引っ越してたなんてな、、、まあ、もともとお祖父さんの都合で埼玉に引っ越してきただけだから、名古屋に帰ってきたって感じか、、、お祖父さんも数年前に亡くなってるし、、、)
過去に聞いた緋斬の話を改めて頭の中でまとめ上げる
「ん、、、?待てよ、そういえば、、、」
桐島はある事に気づき、考えてみた
「歩は小5の時に埼玉に来たんだよな、、、んで緋斬は、、、少なくとも中学3年間は埼玉にいた、、、確か小6か、中学校から埼玉だって言ってたような、、、」
桐島は完全に掃除の手を止めていた
「じゃあ、、、緋斬と歩は、埼玉に同じ時期にいた事になるよな、、、
(でも中学の時の緋斬からも、高校になってからの歩からも、そんな話一切聞いた事がねえ、、、って事は、互いに埼玉にいる事は知らなかったのか、、、?)
と、そこまで考えた後、桐島は渡部が埼玉に引っ越さなければならなくなった理由を思い出していた
「歩は確か、、、凛ちゃんとか、父親とかの家庭事情が原因で引っ越し、、、あっ!」
桐島はある事を思い出した
今から1年近く前、文化祭前のホームルームでの渡部との会話の事である
『なんで埼玉まで引っ越してきたんだ?』
『私もあんまり理由は知らないんだ いきなりだったから、、、』
『そうか、、、』
『だからその時の友達も、私がどこに引っ越したかとか知らないんだよね』
「確かこんな内容だった、、、その時の友達、、、緋斬や須原の事か、、、?」
桐島は自分で確認しながらも、この天文学的な確率に青ざめていた
桐島は再び掃除をする手を動かした
(緋斬、、、)
つい昨日会った、菅井の表情を思い浮かべる
「、、、、、」
するとどうしても、南の顔が脳裏をよぎってしまう
それを振り払うように桐島は首をブルブルと振った
♪~♪
「うっ、、、あ、電話か、、、」
桐島は着信音に少し驚きながらポケットの携帯を手に取った
「ん、、、須原、、、」
携帯を開き、そう呟きながら桐島は電話に出た
数時間後 昼過ぎ
桐島は須原に連れられ街を歩いていた
「いやぁ~、今日も快晴だな!」
須原は空を見上げながら言った
「ああ、、、」
桐島は空を見ずに足下を見ていた
「なにシケた顔してんだよ!たまには元気よく行こうぜ!」
須原はバシッと桐島の肩を叩いた
「、、、あのなぁ、俺にも色々あるんだよ」
桐島は須原に叩かれた肩を撫でながら言った
「色々ってなんだよ?」
「、、、いや、、、まあ、色々だよ、、、」
桐島はテキトーに周りを見ながらごまかした
「その、色々めんどくせえ事もたまには忘れろよ!遊んだり飯食ったりすりゃあ嫌な考えも吹っ飛ぶからよ?」
須原は自信満々な笑顔でそう言ってのけた
「、、、そうか?」
桐島は軽く笑いながら答えた
「おう!間違いねえ!」
「、、、つうかお前、いっつもそれだな 前も同じような事言ってたろ?」
「はは!同じような事しか言えねえからな!」
2人は顔を見合わせて笑った
「つか、、、どこ向かってんだよ?」
桐島は行き先を聞かされずに歩いていた
「そこだよそこ」
須原は目の前の建物を指差した
「ん、、、?服屋?」
建物の中には服が並んでいる ファッションセンターというヤツだろう
「おう、、、あ、いたいた」
須原は店の前にいる誰かを発見し、そこに駆け寄った
「、、、あ」
桐島は目を見開き驚いた 店の前に立っていたのは菅井だった
「っ、、、」
菅井も桐島に気づき、驚いている
「悪いな緋斬!また待たせちまったな!」
「いや、、、ああ」
菅井は桐島の様子をうかがいながらたどたどしく答える
「人見知りな桐島は緋斬がいるって言ったらこねえだろうと思ってさ!今日は桐島には何も言わねえで連れてきたんだよ」
須原はグイッと桐島の背中を押し、菅井と近づけた
「、、、、、」
桐島は俯き、呼吸も少し不安定になっていた
「、、、おい」
菅井は須原の方を向きながら言った
「え?どうした緋斬?」
「なんで俺にまで言わねえんだよ、、、?」
「え、、、別に大丈夫だろ?緋斬は」
須原は菅井の態度に少し疑問を抱きながら返事をする
「、、、、、ああ」
菅井は軽く答え、一歩引いた
「?」
須原は不思議そうに菅井を見る
「、、、、、」
(緋斬、、、)
桐島は菅井の顔をまともに直視する事さえ出来なかった
3人は特にアテもなく街を歩いていた
須原が先頭を歩き、たまに店を寄り桐島と菅井がその後をついて行く
それを繰り返していた
須原は気になったモノをいくつか購入していたが、桐島と菅井は何も買わず、須原が手に取った物を見ているだけだった
「、、、お前らもなんか見ろよな!俺ばっかりはしゃいだり金使ったり、バカみてえじゃねえか!」
横を歩いている菅井と後ろを歩いている桐島に向かって須原は声を荒げる
「ああ、、、」
菅井は特に言い返したりせず、前を見たまま返事をした
「、、、、、」
桐島は俯いたまま何も言わない 菅井と会ってから桐島はまだ一言もまともに喋っていなかった
「、、、はぁ!元気ねえなぁったく!若さがもったいねえ!」
須原は少しヤケになったように言った 先ほどの言葉も2人に喋るきっかけを与えるつもりだったのだが、見事に不発だった
「じゃあ、、、そろそろ解散するか?」
須原は溜め息混じりに2人に言った
「、、、ああ」
「、、、、、」
2人はさっきと同じような態度だった 果たして須原の言葉を聞いているのかも分からない
「、、、ってのはウソー!今からいつものラーメン屋なー!」
「、、、ああ」
「、、、、、」
「ってのもウソで今からボーリング行くぞー!」
「、、、ああ」
「、、、、、」
「、、、はぁ、お前ら人の話聞いてんのかー?」
須原は呆れ果てた様子で言った
(、、、こいつらどうやったらテンション上がんだ、、、?いつにも増して静かだし、、、)
須原はあまりに元気がない2人を不思議に思った
(カラオケとか行ったら、俺しか歌ってない、なんて事になりかねねえし、、、やっぱゆっくりメシでも食いながら、、、)
あれこれ考えながらふと横に目をやると、菅井がいなかった
「あれ?」
須原はまず後ろに振り返った
俯いたままの桐島よりも後ろで、菅井はゆっくり歩いていた
「おーい、どうしたんだよ緋斬」
須原は歩みを止め、振り返りながら言った桐島も合わせて歩くのを止めた
「、、、ちょっと休まねえか?疲れた、、、」
菅井は額の汗を拭いながら須原に提案する
「なに言ってんだよー?昼まで仕事だったからって甘えんなよ?大体今日は晴れちゃいるけど残暑もねえし、そんな汗かくほどじゃねえだろ?」
今は9月の半ば 本来ならまだ暑い時期だが今日はまだマシだった
「いや、、、まあ確かにな、、、」
菅井は軽く笑いながら再び汗を拭う
「けど、結構肉体労働系の仕事だからよ、、、疲れが残ってんのかも、、、」
菅井は歩道と道路の境に設置してある手すりに腰掛けた
「しゃあねえなぁ、でもこんなとこで休むのもなんだし、、、喫茶店か、どっかメシ食えるとこ入ろうぜ」
須原は菅井の提案を受け入れ、周りに飲食店が無いかキョロキョロと見渡す
「はぁはぁ、、、ゴホッ!」
菅井は息切れが激しく、咳き込んでいた
「緋斬?大丈夫かよ」
「ああ、、、ゴホッ!ガホッ!」
須原が声をかけるが、菅井はますます咳き込んでいる
「、、、緋斬?」
少し様子がおかしいと感じた須原は、菅井のもとに駆け寄った
「はぁはぁ、、、」
菅井は激しい息切れを抑えようとしながら顔の汗を拭う
「大丈夫か?」
「、、、ぐふっ!ガハッ!」
すると菅井は咳と同時に口から何かを吐き出した
「え、、、?」
須原は菅井の足下に垂れたモノを見た
「これ、、、血、、、か?」
須原はおそるおそる口に出し、菅井に確認する
「はぁはぁ、、、ガハッ!ゴハッ」
さらに菅井は先ほどよりも明らかに多い量を吐血した
「うぐっ、、、」
菅井は胸を強く押さえ、前のめりに倒れる
「緋斬!」
倒れきる前に須原は菅井の体を支えた
「え、、、?」
桐島はそれを遠目で見ていた
(こ、これって、、、南の時と、、、同じ、、、)
2年前、南と横浜旅行に言った時の出来事がフラッシュバックした
南は突然血を吐き、胸を押さえて苦しみながら気を失ったのである
南の場合はそこから一命を取り留めはしたが、結局その発作が原因で亡くなった
「、、、、、」
その事を明確に思い出した桐島は、ガクガクと全身が震えだした
「桐島!救急車呼んでくれ!」
須原は菅井の体を支え、背中をさすりながら桐島に指示した
「、、、、、」
だが桐島は放心状態でぶつぶつとうわごとを呟いていた
「桐島ぁ!」
須原はもう一度声を荒げ、桐島を呼んだ
「、、、っ!!」
ハッと一瞬で桐島は我に帰った
(そうだ、、、)
桐島は慌てて携帯を取り出す
「救急車だな!?」
桐島は自分に確認するようにそう言うと、携帯を開き数字を打ち込んだ