写真の中
そして現在
孤児院の部屋の隅で、野波佳と鈴科は当時の事を話し終えた
「意外と覚えてるもんだな、、、」
野波佳は壁にもたれ、子供達の方を眺めた
「当たり前だよ、、、忘れる訳ない、、、」
鈴科は膝を縦に折り曲げ、手で囲った
「だって、、、そこから1ヶ月半ぐらい入院して、、、結局南は、、、」
鈴科はぐっと膝の中に顔をうずめた
「、、、だよな」
野波佳は目線を変えず、小さく呟いた
「そりゃ、、、忘れられねえか、、、」
「、、、うん」
野波佳の言葉に鈴科はゆっくり頷いた
「緋斬とも、、、あんま会わなくなったしな あいつ、学校にも来なくなったし、、、」
「そうだね、、、南のお墓参りに名古屋まで行って、、、それっきりかな、、、」
2人は当時の菅井との関係を思い出していた
「緋斬君ね、、、?誠哉と南が旅行に行って、南が埼玉の病院に搬送された時、、、誠哉にすごい怒ってたでしょ、、、?」
「ああ、、、さっき言ってたヤツな、、、」
「でもね、、、あの時はホントの意味では怒ってなかったんだよ」
「、、、え?」
野波佳は思わず鈴科の顔を見た
「最終的に緋斬君が一番怒ってたのは、、、誠哉が、一回も南のお見舞いに来なかった事、、、南のお葬式に来なかった事、、、南のお墓参りに来なかった事、、、」
鈴科は落ち着いた表情で淡々と述べた
「、、、もし来てたら、緋斬君は、、、最後には絶対に怒らなかった 今だって、、、誠哉や焦栄君と一緒にいたんじゃないかな、、、?」
「、、、そうかもな」
野波佳は菅井の顔を思い浮かべた
「その事を、この前誠哉に言いたかったの、、、まあ歩さんとは関係ない話だけど、ちょっとカッとなっちゃって、、、」
鈴科は頭をかきながら言った
「誠哉は、、、多分、ちゃんと分かってると思うぜ?」
「え?」
野波佳の意外な言葉に鈴科は顔を上げる
「お前、、、南が入院してる時、、、誠哉は何してたんだ、ってこの前言ってたよな、、、?」
「う、うん、、、」
鈴科は少し緊張した面もちで身構えた
「俺もな、、、当時は同じ事思ってたよ、、、正直、誠哉にイラついてた、、、」
野波佳は座り直し、少し前屈みに座った
「んでよ、、、これは後から仲谷に聞いた話なんだけどよ、、、」
仲谷、とは中学時代の桐島達の担任の教師である
「、、、、、」
鈴科は目の前の床を見つめながら耳を寄せた
「あいつ、、、俺らが放課後、南の見舞いに行ってる間、、、ずっと学校の調理室にいたらしいぜ、、、」
「、、、え?」
「葬式の時も、、、墓参りに行ってる時も、、、ずっと調理室のイスに座って、ボーっとしてたらしい、、、休みの日なのによ、、、」
「、、、、、」
鈴科は悔しそうな表情を浮かべた
「それにな、これは南の担当医の人が言ってたんだけどよ、、、あいつ、一回だけお見舞いに来てたんだとよ」
「え、、、?」
「あいつ、学校休んで行ったみたいでな、、、そん時は、また南は意識が無くなってた時で、、、」
『南、、、料理の練習はもういいのかよ、、、』
『いつものとこで待ってっから、、、いつでも来いよ?兄貴に美味いモン食わしてえんだろ?』
「、、、それだけ言って、さっさと帰ったんだと、、、」
野波佳は担当医から聞いた話を事細かに思い出す
「、、、、、」
鈴科は足を囲む腕にグッと力を入れた
「葬式に来なかったのも、、、墓参りに来なかったのも、、、あいつは、その事を認めたくなかったからなんだろうな、、、」
「、、、、、」
「墓参りの後も、、、あいつは毎日、放課後になったら調理室に行ってたらしい、、、南はもう来ねえのに、、、」
「やめてよ、、、もう」
鈴科は絞り出すような声で言った
「意味分かんないよ、、、全然、、、」
鈴科はわなわなと震えながら呟いた
「鈴科、、、」
「やっぱり、、、やっぱり誠哉は南の為に何もしてないじゃん!自分だけ怖がって、、、逃げてただけじゃん!!」
鈴科は野波佳に怒鳴りつけた
「そうかもな、、、確かにあいつはあの時、現実に向き合わずに逃げてた、、、」
「そうだよ、、、」
鈴科は気を落ち着かせ、座り直した
「だから、、、今度は逃げたくないんじゃねえか?」
「え、、、?」
「南が辛い思いをしてる時、、、誠哉はなにもしてやれなかった、、、だから今、もし渡部が辛い思いをしてるんなら、、、助けてやりたいんだろ」
「、、、、、」
鈴科は俯き、考え込んだ
「南の分まで、、、な」
野波佳は天井を見上げ、優しく微笑みながら言った
「そんなの、、、分かんないよ、、、」
鈴科はゆっくりと首を振りながら呟く
「だからよ、、、あんま怒ってやるなよ 色々考えて、悩んで出したあいつの答えなんだからよ、、、」
「、、、、、」
鈴科俯いたまま、野波佳の言葉に何も答えない
「あ、そうだ、、、もともとこの事を言いに来たんだった」
野波佳は立ち上がりながら呟いた
「、、、?」
鈴科は不思議そうに顔を上げた
「誠哉、、、明日、引っ越すらしいからよ、、、まあ夏休みの半ばだし、ちょうど良い日にちだな」
「、、、、、」
鈴科はまた顔を下げた
「見送り、来てやってくれよ、、、細かい時間は誠哉から聞いて、連絡すっからよ」
「、、、、、」
鈴科は俯いたまま、スネたような表情をしている
「、、、頼むぜ?あいつ喜ぶと思うからよ、、、じゃあな」
野波佳はそれだけ言い残すと、部屋を出て、帰っていった
「、、、、、」
鈴科は俯きながらも、野波佳が帰って行くのを見ていた
「、、、ふん、、、行く訳ないじゃん、、、」
鈴科は口をとがらせ、小さい声で呟いた
その日の夜
桐島は家で、最後の荷支度をしていた
「、、、なんもなくなったな、この部屋も、、、」
桐島はスッキリ片付いた部屋を見渡していた
殆どの家具や荷物は先に名古屋のアパートに送られていた
孤児院とおばあさんの知り合いであるアパート先は、荷物の受け入れを先にしてくれたのである
今手元に残っているのは僅かな荷物だけだった
カバンいっぱいに詰め込んだ荷物を桐島は確認した
「あとは、、、こいつだけか」
桐島は窓際にいつも置いている写真立てを手に取った
その写真の中には
晴天の空の下 横浜の観光地でもある港が見える公園で、恥ずかしそうにしている桐島と、笑顔で腕を組む南の姿があった
「、、、、、」
桐島はその写真をそっとカバンの中へと入れた
夜 7時頃
鈴科孤児院
「あ、、、そろそろお風呂の時間か、、、」
鈴科は時計を確認し、子供達の前に立った
「みんな!お風呂入るよー!いつも通り着替えを持って準備して!」
鈴科が子供達に声をかけると、みんなちゃきちゃき準備を始めた
鈴科は脱衣場で服を脱ぎながら、昼間の野波佳との会話を思い出していた
「、、、焦栄君も、南の事、、、ちゃんと考えてたんだ、、、ちょっと意外だったな、、、」
鈴科は野波佳の表情やしぐさを思い出す
「見送り、、、か」
別れ際、野波佳に言われた事を頭に浮かべる
「、、、ケンカしたまま別れたい訳じゃないけど、、、でも、、、」
鈴科は桐島に浴びせた数々の言葉を思い出していた
「今更、、、なんて言っていいか分かんないや、、、」
(誠哉が引っ越したら、今までみたいに簡単に会えなくなるし、、、色々変わっちゃうんだろうな、、、)
鈴科は寂しそうにそう呟き、風呂場へのドアを開いた
「、、、?」
鈴科は風呂場に違和感を覚えた
「え、、、?」
(誰か、、、いる?)
風呂場は妙に湯気が立っていた なにより物音がする
「ん?今、風呂の時間か?」
湯気のせいでうっすらだが人影が見えた そこからの声だった
「え、、、こ、この声、、、」
「わりぃな、先に使わせてもらってっから」
そう言いながらシャンプーで頭を洗っているのは桐島だった
「せ、、、誠哉!!?」
鈴科は慌てて手に持っていたタオルで体を隠すが、タオルが小さく隠しきれない
「なんだよ でけえ声出すなよ」
桐島は怪訝な表情で鈴科にこたえた