お前だけは
南涯高校の1学期終業式から約2週間が経った頃
8月に入り、季節はすっかり真夏だった
鈴科孤児院では、子供達がそれぞれ遊んでいた
「愛ちゃん!もう一回やって!」
子供はコマとヒモを鈴科に渡した
「よーっし よーく見とくのよ?」
鈴科はノリノリでヒモを巻いていた
「いくよ?どいてどいて、、、」
鈴科はコマを投げるスペースを作り、集中していた
「、、、ふっ!」
鈴科はコマを投げた
シュッ クルクル、、、
コマは綺麗に回っている
「すごーい!さすが愛ちゃん!」
子供達はみんな拍手をする
「ふふん♪これぐらい、出来ないとダメだよ?」
鈴科は得意げに子供の頭を撫でた
「うん!」
子供は楽しそうに返事し、回っているコマを眺めていた
「、、、ふぅ」
鈴科は汗を拭いながら息をついた
「相変わらず子供に慕われてんなー」
ふと、そんな声が廊下から聞こえてきた
「え、、、焦栄君、、、?」
廊下に立っていたのは野波佳だった
「ま、お前にはこういうの、似合ってると思うぜ?」
野波佳はニカッと笑った
鈴科と野波佳は部屋の隅に座った
壁にもたれながら遊んでいる子供達を眺める
「焦栄君、、、ここに来るの、中学の時以来じゃない?」
「そうかもなー、そんな久しぶりな感じもしねえけど、確かに高校生になってからは一回も来てねえかもな」
野波佳は最後にここに来た日の事を思い出していた
「つかあちぃなぁ、、、結構な猛暑らしいぜ?今年の埼玉は」
野波佳は部屋に落ちていた内輪で自分をあおぎながら言った
「そうだね、、、」
「ここ冷房緩めだな ウチの弟とか妹はすぐ冷房強くするからよ、ここを見習わしたいな」
野波佳は兄弟が多く、その中でも野波佳は一番年上で長男だった
「ふぅ~ん、、、」
鈴科は先ほどからずっと生返事だった
「この孤児院って建物としては広いけどよ、どこからどこまで使ってんだよ?奥の方とかどうなってんだ?」
「、、、焦栄君」
鈴科はため息まじりに呟いた
「ん?」
「、、、用は何?そんな世間話しにきたの?」
鈴科は少しキツい言い方をした
「、、、なんだよ手厳しいなぁ お前と喋りたかっただけだよ」
野波佳はハハハと笑いながら言った
「、、、はぁ」
鈴科は小さくため息をついた
「、、、じょ、冗談だよ、、、」
野波佳はゴホンと咳払いした
「誠哉と、、、南の話なんだけどな、、、」
「、、、、、」
野波佳のその言葉に、鈴科はピクッと反応した
「この前、、、お前、誠哉に南の事、やたらとツッコんでたからよ、、、ちょっと補正っつうか、その話をしたくてな、、、」
「、、、補正もなにも、私が言った通りでしょ、、、」
鈴科はスネたような口調で言った
「今から2年前、、、私と南が中学一年生で焦栄君達が中学三年生、、、あの年の夏休み、、、」
鈴科は当時の事を思い出しながら話し出した
「誠哉と南が日帰り旅行に行ったんでしょ、、、?私達や、緋斬君にまで内緒で、、、」
「ああ、、、横浜っつってたな、、、」
野波佳も当時を頭に浮かべながら鈴科の話に付け加える
「そのせいで、、、その旅行先で南は発作が出たんじゃない、、、」
鈴科はこらえるような表情と声で言った
「、、、ああ」
野波佳は淋しそうにそう答えた
「すぐに最寄りの病院に連れて行ったらしいけど、担当医じゃないから詳しい症状や処置は分からないし、、、その後埼玉の病院に搬送して入院したけど、、、っ、、、」
鈴科は震えながらそこで言葉を止めた
「、、、、、」
野波佳もなんとも言えない表情で息をついた
「南ってさ、、、いつも明るくて、元気だったじゃん、、、?」
「ああ、、、」
鈴科の言葉に野波佳はゆっくりと頷く
「そんな南を見て、、、誠哉いっつも言ってた、、、南って、ホントに病気なのかよ?って、、、」
鈴科は息を落ち着かせながら言った
「だから、、、そんな意識だったから、簡単に旅行なんかしたんだよ、、、そりゃ緋斬君だって怒るに決まってる、、、」
「、、、、、」
2人は2年前の出来事を思い出していた
2年前の夏休み
野波佳、鈴科、菅井の3人は病院にいた
菅井はバイトの途中だったのか、ツナギの作業着を着用している
南が、横浜の病院から埼玉の病院へ搬送されてからもう2時間になる
3人はずっと待合室の部屋に座っていた
「、、、、、」
「、、、、、」
「、、、、、」
3人は特に何も会話をせず、ただ南の治療が終わるのを待っていた
「、、、うっ、、、ふぐっ、、、」
すると、不意に鈴科は俯きながら泣き出した
「えっ、、、お、おい、、、」
野波佳は鈴科の肩を支えた
「うぐっ、、、うぅ、、、」
鈴科は涙や声を抑えようとするが、それがかえって悲痛な声に変わっていた
「ど、どうしたんだよ、、、泣くなよ、、、」
野波佳は肩をさすりながら鈴科を落ち着かせようとする
「だ、だって、、、もう2時間も、、、うぐっ、、、」
「大丈夫だって、、、今治してんだから、、、な?」
「で、でも、、、ぐす、、、うぅっ、、、」
野波佳は声をかけるが鈴科は泣き止まない
「、、、鈴科」
菅井は優しく鈴科の名を呼んだ
「うぐっ、、、緋斬君、、、」
鈴科は涙や鼻水を垂らした顔を上げる
「、、、ったく、情けねえ顔すんなよ、、、」
菅井は服の袖で鈴科の涙を拭った
「、、、うん、、、ごめん、、、」
鈴科は深呼吸して息を整える
一番辛いはずの菅井が平静を保っているのを見て、鈴科も少し落ち着いた
「つかよ緋斬、、、南の発作ってそんなにやべえのか、、、?」
野波佳は菅井に訊ねてみた
「、、、、、」
菅井は手を強く握りしめていた
「俺は前、命に関わるようなもんじゃないって聞いたぜ?」
「、、、私も、、、なのに2時間以上もかかるなんて、、、」
野波佳と鈴科は菅井の方を見る
「、、、、、」
菅井は辛そうな表情で唇を噛んだ
「お前らには言ってなかったけどよ、、、まあ察しの通り、結構ヤバいんだよ、、、」
菅井は決心を固め、口に出した
「ウチのお袋の話は、、、焦栄は知ってるよな?」
「え、、、?えっと、、、確か、病気で入退院繰り返してるって、、、」
野波佳は昔、菅井から聞いた話を思い出していた
「私も、それなら南からちょこっと聞いた事あるかも、、、」
「南は、、、お袋と全く同じ病気なんだよ、、、」
菅井は前屈みになり、床を見ながら言った
「え、、、だ、だって確か、お前のお袋さんの病気って、命に関わるような、、、」
「、、、ああ、、、心臓の病気なんだ、、、」
「そんな、、、前、南に聞いた時は、自分もそうだなんて一言も、、、」
ガラガラガラ
すると、急に待合室のドアが開いた
「菅井さん 治療は終わりました」
担当医はドアを開けるなりすぐに言った
「え、、、ど、どうですか南の容体は!」
菅井は素早く立ち上がり、担当医に詰め寄った
「大丈夫です、一命はとりとめました」
「、、、、、」
菅井は声には出さず、安堵の表情を浮かべた
担当医と3人は南の病室へ向かった
担当医は歩きながら菅井に南の容体について話していた
「ですが、決して良い状態ではありません、、、入院は必要ですし、今現在、まだ意識は戻っていません」
「え、、、意識って、、、大丈夫なんですか!?」
菅井は予想外の状態に焦りながら訊ねた
「そこは問題ないでしょう 言うならばただ寝てる状態です 分かっているとは思いますが、身体的に疲れたり、精神的に負担がかかれば発作は出やすくなります 横浜までの遠出は今の彼女には厳しかったのでしょう」
担当医は注意するような口調で強く言った
「、、、すいません」
菅井は小さく頭を下げた
担当医に案内され、3人は病室についた
個室の病室の一番奥にベッドが置いてある
そこで南は布団をかぶり、眠っていた
もう時刻は7時を回った頃だろうか
外は薄暗くなっているのがカーテン越しでも分かった
「南、、、」
菅井はベッドのすぐ横に立ち、南の寝顔を見た
延命機材も何もついておらず、普通に寝ている姿に菅井はホッと胸をなで下ろした
「、、、とりあえず大丈夫みてえだな」
野波佳は菅井の肩に手を置いた
「、、、、、」
菅井はその言葉には何も答えず、黙って南の顔を見ていた
「、、、ふふっ、寝てるだけじゃん、、、」
鈴科は南の顔を覗き込み、安心した様子で笑った
「おそらく、目を覚ますのは明日になるでしょう 菅井さん 明日、また来れますか?」
担当医は菅井の様子をうかがいながら言った
「はい、、、」
菅井は南の方を見たまま、振り返らずに答えた
「じゃあ、、、今日のところは帰るか?」
野波佳は2人に確認するように言った
「そうだね、、、あんまり遅いとおばあちゃん心配するし、明日また来よっと」
鈴科は時計を見ながら言った
「、、、そうだな」
菅井は寝ている南の頭を優しく撫でながら言った
3人は病院を出た
大きな自動ドアを2つ通り、薄暗くなった外を見る
ふと、出入り口横のベンチを見ると、誰かが座っていた
「、、、あ」
3人に気づき、慌ててベンチから立ち上がったのは桐島だった
「誠哉、、、な、なにしてんの?」
鈴科は驚いた表情で桐島に訊ねる
「いや、、、あの、、、」
桐島は3人と目を合わさず、オロオロしている
「、、、み、南は、、、?」
桐島は意を決し、3人に訊ねた
「、、、、、」
菅井は何も答えず、桐島を見ている
「だ、大丈夫だよ 治療も終わって今は寝てる そんな心配すんなよ」
野波佳は慌てて桐島にそう伝えた
「そうか、、、」
桐島は小さく息をつき、安心したようだった
「、、、、、」
すると菅井は、桐島の前まで歩み寄った
「、、、緋斬、、、」
桐島は顔を上げ、菅井の顔を見た
「誠哉、、、ちょっと来い」
菅井は冷静に落ち着いた声で言った
菅井は桐島を連れ、病院の裏側へ言った
人通りも少なく、人目にも触れない閉塞的な場所だった
野波佳と鈴科も2人について行った
「誠哉、、、俺言ったよな、、、?」
先に口を開いたのは菅井だった
桐島に背を向けたまま話し始める
「お前に、、、南の事、任せるってよ、、、」
「、、、、、」
桐島は険しい表情で俯いていた
「だから、、、お前にだけは、南の病気の事話したよな、、、?」
菅井は振り返り、桐島の方を見ながら言った
「、、、、、」
桐島はまた、何も言わずに俯いている
菅井は桐島のその態度にキレた
「なんとか言えてめえコラァ!!」
菅井は桐島の頬を思い切りぶん殴った
「ぐふっ!」
桐島は体勢を崩し、地面に手をついた
「確かに、、、俺はお前に、南の支えになってくれって言ったよ、、、旅行だって、あいつの気晴らしになれば良かったかもしれねえ」
菅井は膝をつく桐島の前に立った
「だかよ、、、なんで旅行の事、俺に言わねえんだよ?」
「、、、、、」
桐島は殴られた頬をさすりながら立ち上がった
「それは南にも言える事だけどよ、、、」
菅井はイラつきながら頭をかく
「、、、緋斬、、、」
桐島は震えながら、声を絞り出した
「、、、悪かった、、、」
桐島は深く頭を下げ、謝罪した
「、、、、、」
菅井は黙って頭を下げる桐島を見ている
「俺の認識が甘かった、、、日帰りぐらいなら大丈夫だろって、軽く考えてた、、、」
桐島は自分の両膝をグッと強く押さえた
「お前に言わなかったのも、、、俺のせいだ、、、」
桐島は必死で息を整える 震える声もなかなか直らなかった
「みんなにいきなりお土産渡したら、、、びっくりするんじゃねえかって俺が言い出して、、、それで、、、」
桐島は頭を下げ、地面とつま先を見たまま言った
「、、、、、」
桐島の言葉を聞き、菅井は強く拳を握った
「、、、ふざけんなよ、、、」
菅井は小さく呟いた
「何の為に、、、お前に南の病気の事話したと思ってんだよ、、、」
「、、、、、」
桐島は頭を下げたまま、菅井の言葉を聞いていた
「焦栄や鈴科なら仕方ねえよ、、、あいつらには命には関わらねえ病気だって言ってるし、、、でもよ、、、」
菅井は桐島の胸ぐらを掴み、頭を上げさせた
「お前だけは絶対分かってなきゃダメなんじゃねえのか!?あぁ!?」
菅井は目の前に桐島の顔を寄せ、怒鳴りつけた
「まあ、、、南の自覚の無さももちろんあるがよ、、、そういうのは周りの人間じゃねえと分からねえ事も多いんだよ だからお前に、、、」
菅井は掴んでいた桐島の胸ぐらを離した
「ちっ、、、もういい、、、」
菅井は桐島の横を通り抜けた
「もしこれで、、、南に万が一の事があったら、、、殺してやるからな」
「、、、、、」
桐島は菅井の言葉に何一つ言い返せなかった
菅井はそう言い残すと、足早にこの場を去って行った
「あ、緋斬君、、、」
少し離れた場所で見ていた鈴科は、菅井に声をかけた
「鈴科、、、また南に会ってやってくれよ」
菅井は立ち止まらずに言った
「う、うん、、、」
菅井の近寄りがたい雰囲気に、鈴科は頷く事しか出来なかった
「、、、、、」
桐島は1人、壁にもたれ立ち尽くしていた
「誠哉、、、」
鈴科は桐島に駆け寄ろうとした
「鈴科」
野波佳は鈴科を呼び止めた
「え、、、」
鈴科が振り返ると、野波佳は黙って首を振った
「、、、うん」
鈴科は名残惜しそうに桐島の方を見た
「緋斬、、、南、、、」
桐島は小さくそう呟き、抜け殻のような焦点の合っていない目で、ぼーっと前を見ていた