事情
翌日 学校
桐島はまた浮かない顔で机に座っていた
だが昨日までとは何か違い、迷っているような困っているような表情だった
「、、、はぁっ、、、」
(くそ、、、)
イライラした様子でため息をつき、気分を落ち着かせようとしていたが、どうにもスッキリしなかった
桐島は自分の中で何も納得がいかないまま全ての授業が終わり、放課後を迎えた
「、、、、、」
桐島は複雑な表情のまま席を立ち、帰り支度をしていた
「誠哉!」
そこへ元気よく野波佳がやってきた
「、、、焦栄か、なんだよ」
桐島は顔を上げ野波佳を見たあと、すぐに手元の荷物に目を戻した
「んだよ冷てえ言い方だなぁ、、、」
野波佳は桐島の隣の席に腰をかけた
「、、、、、」
桐島は特に何も答えず、荷物をまとめた
「、、、遊ぼうぜ!久しぶりによ?2人で遊びに行くなんていつ以来だよ?」
「、、、はぁ 行かねえっつの」
桐島は一つのカバンにまとめた荷物を持ち、いつでも帰れる準備をした
「なんでだよ?どうせ今からやることねえんだろ?」
「、、、今そういう気分じゃねえんだよ」
桐島は席を机の下にしまい、歩き出した
「じゃあちょっとここで喋ろうぜ?それなら疲れねえし」
「、、、だからそういう気分じゃねえの じゃな」
桐島は野波佳の横をすり抜けながら言った
「、、、待てよ」
野波佳は先ほどまでとは違う真剣な声色で言った
「、、、ん?」
「お前、、、いつまでウジウジしてんだよ?」
野波佳は立ち上がり、荒っぽく席を戻した
「、、、はぁ?なにがだよ?」
急な野波佳の態度の変わり様に、桐島は戸惑いながら答えた
「いつまでも暗いシケた面しやがって、、、いい加減にしろよ」
「、、、別にしてねえよ」
「してんだろうが?ここ最近ずっとよぉ?」
「、、、、、」
野波佳の攻撃的な言い方に桐島はイラッときた
「じゃあ仮にしてたとして、てめえになんか迷惑かけたかよ?あ?」
「ああ迷惑だな 当たり前だろ?シケたきったねえ面見せられていい気分になるかよ?」
「、、、てめえ、、、」
桐島は野波佳に向かって2、3歩踏み出した
「、、、何回も同じ事繰り返してよ、、、マジで進歩しねえな てめえは」
野波佳は声のトーンを落とし、悲しそうに言った
「、、、どういう意味だよ」
桐島はその言葉の意味を誰よりも深く理解しながらも、それを認めなかった
「本当は納得なんかいってねえんだろうが?渡部の事、、、、、」
「、、、、、」
はっきりと問いつめてきた野波佳に、桐島は俯きながら黙る
「大人ぶってんのかスカしたフリしてんのか知らねえけどよ、、、納得いかねえんならちゃんとはっきりさせろよ!相手から逃げてんじゃねえよ!」
野波佳は思わず声を荒げた
「お前、、、昔似たような事で後悔したんじゃねえのか?」
「、、、っ」
野波佳の言葉に桐島はピクッと反応する
「現実受け入れずに、逃げて逃げて、、、後悔したんだろうが?」
「、、、やめろ」
「だから進歩がねえっつうんだよ、、、中学ん時からこれっぽっちも、、、」
野波佳は桐島の言葉を無視し、話し続けた
「南の時と、、、同じ事繰り返してん、、、」
「やめろっつってんだろ!!」
桐島は野波佳の胸ぐらを掴み、睨みつけた
「黙れよ、、、てめえ、、、」
「、、、、、」
野波佳の表情はいたって冷静だった
「、、、南が苦しんでる時に、、、お前は逃げて、何もしてやれなかったんだろ?」
「黙れ、、、うるせえんだよ、、、」
桐島は胸ぐらを掴んだまま言った
「渡部にも、、、なんか事情があるって思ってんだろ?だったらさっさと確認してこいよ」
野波佳は桐島の手を振り払わず、目を見ながら言った
「また、、、後悔する気かよ?」
「、、、ちっ」
桐島は押すようにして野波佳から手を離し、教室を出ようとした
「おい、誠哉」
「、、、うるせえ お前に言われるとムカつくんだよ」
桐島は背を向けたままそう言い放ち、教室を出て行った
「、、、、、」
(ちっとは分かってくれたか、、、?)
野波佳は少し安心した様子で呟いた
桐島は家に向かって歩いていた
住宅街や小さな公園があるいつもの帰り道である
「、、、、、」
桐島はいじけたように小石を蹴った
「焦栄のヤツ、、、言いたい事言いやがってよ、、、」
そう呟きながらも、桐島の心の中は先ほどまでより幾分マシになっていた
「、、、歩の事情、か、、、」
桐島は野波佳に言われた言葉をフッと呟いた
「、、、、、」
桐島は昨日の電話の事を思い出していた
昨日
桐島はドサッと寝転び、何気なく携帯電話を開いた
「、、、え?」
待ち受け画面の左下、【着信1件】と出ていた
「着信、、、誰からだ、、、?」
(もしかして、、、歩?)
桐島は少し緊張した様子で、ゆっくりと息を整えた
着信1件、と書いてあるタグを押した
「、、、え?凛ちゃん、、、」
着信履歴に残っていた名前は凛だった
渡部の妹である凛から電話が来ている事に桐島は動揺した
「凛ちゃんが、、、」
桐島は色々と考えを巡らせながらも、とりあえずかけ直す事にした
プルルルルルル プルルルルルル
ガチャ
「、、、誠哉さん?」
「あ、そうだけど、、、」
「、、、、、」
凛は電話に出た瞬間から不機嫌そうだった
「、、、なんか用だったか?」
「、、、はぁ 誠哉さん 姉さんと別れたんですか?」
凛は歯に衣着せずに単刀直入に訊ねた
「え、、、あ、ああ、、、一応、、、」
「なんでですか?まあ?他人である?私が?やいやい言う話じゃないかもですけど?」
凛は一つ一つ言葉を区切り、責め立てるような言い方をした
「いや、、、ごめん」
何故かフられただけの桐島が謝ってしまった 凛の言葉にはそういうトゲがあった
「ごめんとかいいんで、、、出来たら理由を教えて頂きたいんですけど」
「理由って、、、それは歩から訊いてくれよ」
「え、、、?」
凛はその桐島の言葉に違和感を覚えた
「姉さんから、、、ですか?」
「ああ、、、俺はよく分かんねえし」
「、、、、、」
凛は黙って考え込み、情報を整理した
「、、、誠哉さんがフったんじゃないんですか?」
「え、、、いや、違うけど、、、」
「、、、じゃあ誠哉さんが、姉さんにフられたんですか?」
「う、、、まあ、、、うん」
改めてはっきりとそう言われると妙に辛かった
「、、、、、」
凛はまた黙って考え込んだ
「歩は、、、俺にフられたって言ってたのか、、、?」
「、、、、、」
桐島の問いに凛は答えず、まだ考えているようだ
「、、、ゴールデンウイークに埼玉から帰ってきた日から姉さん、全然元気が無いんですよ、、、」
「え、、、お、おう」
いきなり話し出す凛に桐島は戸惑った
「あんまり元気がないから、なんて声かけたらいいのか分からなかったんです」
「そうか、、、」
「それでつい先日、、、」
凛は先日の会話を再現した
凛は何気なく渡部の部屋にいた
「姉さん 最近誠哉さんから電話かかってこないね?」
凛はベッドに座り、壁にもたれ漫画を読みながら探るように会話を始めた
「、、、うん」
渡部は椅子に座り、勉強をしていた
「もしかして、愛想尽かされた?」
凛は冗談混じりに訪ねる
「、、、、、」
「冗談だよ!それはないよね~ 誠哉さん、気持ち悪いぐらい姉さんにベッタリだし!」
「、、、別れたの」
渡部は机に向かい、背中を向けたまま言った
「え、、、」
「ゴールデンウイークの日に、、、」
「、、、そ、そうなんだ、、、」
凛はなるべく気にしない様子で漫画を読み進めた
「って事があって、、、それ以上は訊きづらくて、てっきり誠哉さんがフったモノかと、、、」
凛は申し訳なさそうに言った
「そうか、、、」
「姉さんが元気ないのは誠哉さんが悪いからだと思い、今日は電話をかけたんです」
「はっきり言うなお前、、、」
桐島は頭をかきながら呟いた
「じゃあなんで元気無いんだろ、姉さん、、、」
凛は心配そうに呟いた
「さぁ、、、」
「その割にはよく出かけるんですよね、、、でもこっちで彼氏が出来たとは考えにくいですし、、、」
「、、、なんで?」
「こっちに彼氏がいるんなら元気あるはずじゃないですか てゆうかこんなに離れてるんだから二股ぐらい軽いもんでしょうし、、、」
「、、、、、」
桐島は小さく息をついた
「誠哉さんと別れる結構前から変な様子でしたよね?」
「、、、まあ電話越しでも分かるぐらいな」
「なんか忙しそうにしてたんですよ、、、それでいて悩んでるような、困ってるような、、、」
「そうか、、、確かに、疲れてるみたいだったかもな」
「なにか知りませんか?」
「さぁ、、、なんも聞いてねえ」
「そうですか、、、役に立ちませんねえ」
凛はわざとらしくため息をついた
「、、、、、」
「私、家族では姉さんぐらいしかまともに話す気にならないので、早く元気になってもらいたいんですけどね、、、」
「、、、あのさ、、、俺には分かんねえから、、、」
「、、、はい?」
凛はイマイチ意味が分からず桐島に聞き返した
「俺は、、、もうとっくに歩にフられてる訳だし、、、どうしようもねえんだよ、、、」
「、、、それがなにか?」
「いやだから、、、凛ちゃんが俺に歩の事訊いたって仕方ねえっつうか、、、俺はもう関係ねえんだし、、、」
「、、、はぁ?誠哉さん それ本気で言ってるんですか?」
凛の口調はいきなり強くなり、威圧的になった
「え、、、」
「姉さんが元気ないんですよ?それは誠哉さんのせいなんですからね?」
「お、俺のせいって、、、」
凛の言い分に桐島は全く納得出来なかった
「大体、姉さんが誠哉さんの事、そう簡単にフる訳ないじゃないですか 毎日毎日楽しそうに誠哉さんの話ばっかりしてたのに」
「え、、、歩が、、、?」
「そうですよ それに、誠哉さんと別れてからホントに元気なくなったんですよ?誠哉さんのせいに決まってるじゃないですか」
「、、、、、」
(なんでだ、、、?歩、、、)
桐島は学園祭の日、最後に交わした渡部との会話の数々を思い出していた
(ロクに理由も言わねえで、、、一方的に別れられたけど、、、なんか、あったのか、、、?)
桐島は色々と考えてみるが分かる訳がなかった
(あのキスの後の涙は、、、一体なんだったんだよ、、、?)
全てを覚悟し、吹っ切れた表情の中に浮かんだ僅かな涙 渡部の本当の思いがそれになって出てきてしまったのかもしれない
桐島はそういう考えにも至った
「なにか事情があるみたいなんですよ、、、そうじゃなかったら、誠哉さんの事、フる訳ありませんから」
「、、、それでもよ、、、俺がどうこうする話じゃねえよ」
「、、、え?」
「俺とはもう関わらない、、、それが歩が選んだ道だからな」
「え、、、ちょっと誠哉さ、、、」
「じゃあな、、、」
ブチッ
桐島は凛の言葉を聞かず、強引に電話を切った
「、、、、、」
桐島は携帯を閉じ、テーブルに置いた
「そうだよ、、、俺にはもう、関係ねえ、、、」
桐島は自分に言い聞かせるように呟いた
そして現在
桐島は家に帰ってきていた
昨日、凛に言われた事
先ほど野波佳に言われた事
色々な言葉や情報を頭に巡らせながら整理していた
「、、、、、」
(、、、どいつもこいつも、フられた俺の気持ちなんかおかまいなしだもんな、、、)
桐島は部屋にかけてあるカレンダーを見た
「明日は、、、休みか、、、」
桐島は野波佳と凛の言葉を思い出していた
『納得いかねえんならちゃんとはっきりさせろよ!相手から逃げてんじゃねえよ!』
『なにか事情があるみたいなんですよ、、、』
「、、、事情とか、、、知るかよンナもん、、、」
桐島はふてくされたように呟いた
翌日 昼頃
桐島は新幹線に乗っていた
手に持つ切符は、名古屋行きである
「、、、、、」
桐島は窓の外の流れる景色を眺めていた
(歩が元気ねえとか、、、そういうのはもう俺には関係ねえ、でも、、、)
桐島は改めて切符を見つめた
(なんでフられたのか、、、その理由ぐらい、聞く権利あるよな、、、?)
一人、ついに決心し、動き出した
もう後には戻れない
桐島は渡部に直接会って、全ての事情を聞き出すつもりだった
春も終わる、5月の半ばである