お通夜
親戚のおじさんが死んだ。
享年31歳。
死因は末期癌だった。
今日はお通夜だ。見たことある人もない人もおじさんの遺体を見て、席に座っていく。
もうすぐお通夜が始まる。
生前のおじさんはなにかと僕に良くしてくれた。
会えばジュースを奢ってくれたし、遊園地やデパートなどの大型施設にも連れて行ってくれたりした。
僕はそんなおじさんが大好きだった。
だから、暇があればおじさんのお見舞いに行った。
初めてお見舞いに行ったのはおじさんの末期癌が発覚した次の日だった。
親にはまだ気持ちの整理を付けてないかもしれないからと、止められたけど。
それを無視してお見舞いに行った。
病院に着いてから受付の人に病室を聞いて、向かった。
5階の個室の部屋だった。
ノックをして、返事を待つ。
「どうぞ」
いつも通りのおじさんの声だった。
僕は元気そうな声に安心して、病室に入った。
おじさんの顔を見て言葉が出なかった。
元気にしてる?寂しくない?
なんて聞こうとしていた自分の楽観さにあきれた。
細くて鋭い、けれど優しさのある目、少し膨れた頬に人懐っこい笑顔。
僕の好きなおじさんはそこにはいなかった。
やつれていた。
優しさのあった目はどんよりとした目に、膨れていた頬は痩せこけてムンクの叫びのようになってしまっていた。
「おじさん、どうしたの?そんなに…」
「驚いたかな?自分でもびっくりだよ。一晩経つだけでこんなになるなんてね」
「大丈夫なの?」
おじさんの顔が曇った。大丈夫なわけが無いのに、こんな質問するなんて迂闊だった。
「大丈夫じゃないさ。情けない話だけど、怖くなっちゃたんだ」
「どうして?」
「死ぬのが怖くなっちゃたんだ。妻も子供もいないし、会社もクビになって、僕が死んで困る人なんていないのにね。後悔なく死ねると思ったのに…」
そんなこと言わないでよ。僕は困るよ。おじさんと遊べなくなるじゃないか。
そう言いたかった。けど、言えなかった。
「…」
「…辛気臭い話はやめにしよう。せっかく来てくれたんだから、楽しい話でもしようか」
その後おじさんはいろんな話しをしてくれた。
でも、僕には作り笑いしかできなかった。
こんなにいい人なのに、まだ若いのに死んでしまうなんて、あまりにも可哀相だ。
そんな思いが頭の中で渦巻いて、胸に痞えができて、楽しい気分にはなれなかった。
日が沈みはじめるころ、僕はそろそろ帰るといって席を立った。
「待ってくれ」
おじさんに呼び止められ振り返る。
「僕は可哀相じゃないよ」
自分の考えていたことが当てられてぎょっとした。
「えっ…?」
「僕は可哀相じゃない。だって…君が来てくれたから。死に際まで人に囲まれて、可哀相なわけがない。でも、だから怖くなっちゃたんだ。死んだら一人ぼっちだから…」
その言葉を聞いて、頭の中の渦が止まった。
「おじさん、また来るね」
今度こそ僕は部屋を出た。
「ああ、待ってるよ」
そうか、おじさんは可哀相じゃなかったんだ。可哀相な人なんてきっといないんだ。
産まれてから死ぬまでずっと一人ぼっちなんてことは無いんだから。
世界にはたくさんの人が生きてる。関わることになる人なんてほんの一握りだけど、関わる人全てに拒絶されることなんてありえない。
人はどうあがいたって一人にはなれない。
だけど、だからこそ、可哀相な人なんていないんだ。
一匹狼だって、友達いなくたって一人じゃないんだ。
差し出された手に気づいていないだけ、気づかないふりをしているだけなんだ。
おじさんは言ってくれた。
僕は可哀相じゃないって。
だからきっと、僕はおじさんに手を差し出せたんだ。
胸の痞えも、とれた。
それからの僕はおじさんを一人で逝かせまいと暇があればお見舞いに向かった。
きっと僕の顔は心底楽しそうだったと思う。
お坊さんが退場して、お通夜は終わった。
この後は親戚などが集まって食事をすることになっている。
隣の部屋に食事が用意されているようなので、両親と共に隣の部屋へ向かう。
適当な席に座り、皆がそろったところで食事が始まった。
しばらく食事を続けていると、聞き捨てなら無い声が聞こえてきた。
「しかし、あの人も可哀相よねぇ。独身で若いうちに死ぬなんて」
「ほんと、そのとおりね」
僕は胸の奥にふつふつと湧き上がってくるものを感じた。
おじさんのことを何も知らないくせに、知った風なこと言いやがって!
気がつくとさっきの声の主の前に立ち、こう言っていた。
「おじさんは可哀相なんかじゃない!」
そう言って部屋を出た。
最近の若い子はどうのこうのとか散々言われてるのが聞こえるけど気にはならなかった。
いつのまにかおじさんの遺影の前まで来ていた。
当たり前だけど遺影の中のおじさんは笑っていた。
でも、僕にはそれがよくやったな、と言っているように見えた。
それがなんだかとても誇らしくて、僕も笑った。