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春の終わり

作者: 三神ざき

「やっと・・・・・・逢えたね」

その少女は、にこりと笑うと僕の唇に自分の唇を重ねた・・・・・・。


朝、はっとして目が覚めた。唇にまだ生暖かい感触が残っている。

「夢?」

三神和也は、しばしぼーっとしながらベッドから起きあがった。そのまま窓に近付くとカーテンを開ける。外は清々しいくらい晴れていた。そのまま外を見つめながら今日見ていた夢を思い出す。

「何故あんな夢を?」

そんなことをぽつりと呟きながら。指を口先に持っていく。やけにリアルな夢だったと思っていたが、何故か唇に残った感触以外思い出すことができなかった。なにか靄のよーなものがかかって少女の顔がわからない。

和也は、今年高校に入ったばかりのごく普通の少年だった。多感な思春期も過ぎ落ち着きだした頃で、少し大人っぽい人間である。和也には3つ離れた姉が一人おり、その姉に常に姉の同世代の男子と同じ要求をされてきたため他の和也と同年代の男子達に比べ大人びた性格になったのだ。

 「和也ー!遅刻するわよ!」

下から母親の声が聞こえてくる。和也はそれに返事すると急いで支度した。

学校までは自転車で通っている。大体30分ぐらいでつく距離。学校に向かう間、ずっと夢のことが頭から離れなかった。なぜなら生まれてこの方、恋愛らしい恋愛もしたこともなく特にそういった事にも興味を示すことのない青春を送っていたからだ。実際夢にしたって、そういう恋愛だの、告白だの、ましてキスなどといった類のものなど見たこともなく現実でもあり得ないことだった。

「ま、考えていてもしょうがないか。所詮は夢だ」

そう割り切ると学校まで急いで自転車を走らせた。


「三神!遅いぞ!」

担任の谷先生が教室を開けた途端、声をかけてきた。

「すみません。寝坊しました」

和也は素直に謝ると、自分の席に向かう。席に着いたとき友人の富永が話しかけてきた。

「おまえ、また遅刻だな。まー、いつものことだけどさ。もう少し早く来れないのか?」

「まあ、そういうな。僕は朝が弱いんだよ。知ってるだろ?」

「低血圧も大変だな」

「単なる怠け者という説もあるがな」

「自分で言ってりゃ世話ないわ」

友人とのたわいのない話、和也はすっかり夢のことを忘れていた。和也には友人は少ない。いや、正確に言えばクラス全員と仲はいいがほとんどが社交辞令みたいなもので自分を押し殺した上でのつき合いだ。そういった意味では、親友と呼べるのは3,4人ほどしかいないだろう。大人びていた和也からしたら自分以外の全ての人間が子供に見えたのである。そのため、極力のつき合いを減らし、心から話し合える友だちだけを選出していた。それは、一種の自己防衛本能に基づいたものであったのかもしれない。姉により、極度の性格干渉を受けたため、実際の和也の性格は、案外もろく不安定であったのだ。少し人間不信も入っていたせいかもしれないが、高校生活での目標は無事に平穏に過ごすと決めていた。

つまらない授業と社交辞令な人間会話。和也にとっては実に耐え難く、退屈な日々であった。唯一の楽しみと言えば部活ぐらいだっただろう。和也は中学で剣道部に所属し、高校でも続けるつもりだったのだが高校には剣道部が無く昔から興味のあった弓道部に所属していた。

今はまだ型しか教えてもらってないが、とても熱心で他の部員が帰った後も先輩達が帰るまで型の練習をしていた。遅いときには帰宅が夜の11時になることもあった。

そんな毎日が続いていたある日にキスをした夢を見たのだ。

しかし、最初はただの夢だと思っていたのだがその夢を見てから毎日のように夢に少女が現れるようになった。キスは、あの日以来してはいないが確かに少女が現れてにこりと微笑んでやっと逢えたねと伝えるのだ。だが、朝起きるとその少女の顔を思い出せない。

和也はだんだん気にはなり出してきたのだが、夢は夢としてすぐに忘れていた。

そんなある日、いつものように学校に来た和也はいつもとは違った出来事と出会うことになる。

「今日は、転校生を紹介する」

そう谷先生が言うと、女の子が入ってきた。ロングヘアーの女の子でぱっと見とてもかわいい。男子達がどよめいた。

「初めまして。東京の聖ジュリアン学園から転校してきた池田真央です」

その池田真央と名乗った女の子は、とても明るい声で自己紹介をした。

和也にとってしてみたら、誰が転校してこようがそれがかわいい女の子であろうがどうでもいいことであったので外をぼーっとみていた。再度その子を見たとき、池田真央はこちらを見ていて目があった。彼女はにこりと微笑む。

「すっげー、かわいくないか?」

富永が話しかけてくる。

「まあ、かわいいっていえば、かわいいんじゃない?」

和也は素っ気ない返事をする。

「あー、池田の席は、そうだなー。三神のとなりだな。おい三神!わからないこととかあったら教えてやれよ」

谷先生が、和也に指示を出す。

「はい」

和也は素直に返事をすると、また外を見ていた。促された池田真央は、和也の隣に座った。

「三神君っていうのね。これからよろしくね!」

彼女は明るく声をかけてきた。

「あ、ああ、よろしく」

和也はとまどった。どうも昔から女性は苦手だ。和也の心情としては、女性は違う生き物だと言う認識があるためである。そのせいもあって、今まで女性と縁の無い生活を送ってきたのだから。しかし、改めて彼女を間近で見たときなにか違和感を感じた。この人何処かで会ったことがある。どこだっただろう。記憶の糸を探っていく。でも、どうしても思い出せない。

「三神君、どうしたの?」

ぼーっとしていた、和也に彼女が話しかけてきた。

「あ、いや、なんでもない」

和也はそういうと、平然を装った。だが確信がある。彼女とは何処かで会っている。どこだ、どこだ。和也は何とか思い出そうとしていた。なぜなら、会ったことがあるのに忘れているというのは、その人に対して失礼だという思いがあるからだ。改めて何処かで会いましたっけと聞くわけにもいかない。それではまるで、口説いているかのようだ。和也はその気がなくても、これだけのかわいらしさを持っている子なら、そう聞けば周りの男子がそういう風に解釈する可能性も否定できない。そう思われるのは和也としても癪だった。しかし、会ったことがあるならあちらからもなにかしらのアピールがあるだろうと思い、忘れることにした。


それから数日、彼女は、瞬く間にクラスの人気者になっていた。それもそのはず、持ち合わせたかわいらしさだけではなく、明るく活発で頭も良い。なにより、人に解け合うのがものすごくうまかった。東京から富山という田舎に来たと言う物珍しさもあって、彼女の周りには常に人だかりが出来ている。隣にいる和也としては少々居づらい感じがあったため、休み時間はほとんど廊下に出て、富永や長沢といった数少ない親友達と昨日のドラマは見たかとか最近はやりのゲームは何でどこまで進んだかなどを話していた。

その間にも時々彼女の方を見たりもしたのだが、不思議に必ず目が合うのだ。そして、彼女はにこりと微笑む。どうやら、彼女の方が常に和也の方を意識しているようだ。別に和也は人を引きつける魅力なんてものは持ち合わせていない。自分でももてるタイプというわけではにないと自負している。そうなるとやはり、彼女とは過去に出会っていたのだろうか。そんなことがよぎる。そして、もう一つ和也には不思議に思っていたことがあった。それは、彼女が転校してきて以来、毎日のように見ていた夢を見なくなったことだ。単なる偶然だろうと思って、あまり気にはしないようにしていたが、なんとなく彼女と夢に出てきた少女の面影が似ているのではとも思ったがそれはオカルトだろうと感じて、考えるのをやめた。


放課後、いつものように部活の練習に行く。その時池田さんが声をかけてきた。

「みーかみ君、どこいくの?」

「あ、池田さん。これから、部活にいこうかと思って」

「部活?なにやってるの?」

「え?弓道部だけど」

「へー、弓道部かー。なんかおもしろそうだね!ねっ、見学しに行っても良い?」

「どうぞ。見学は自由だと思うから」

「やったー!」

彼女は嬉しそうに答えると和也の後をついてきた。程なくして弓道場に着く。

「朝倉先輩」

「どうした、和也?」

「いえ、見学したいっていう人がいるんですけど」

「ああ、それなら喜んで。中に入ってもらえ」

「わかりました。池田さん、こちらへ」

そういうと、弓道場内に向かい入れた。

朝倉先輩というのは、3年の先輩で全国優勝も果たしたことのある強豪選手だ。和也もこの朝倉先輩を慕っていた。

弓道場内では、先輩達が弓の手入れをしていたり、巻き藁で練習していた。巻き藁とは、俵に向かって近距離から矢を打ち込む練習法で、主に型の確認や狙いの取り方などを練習するところだ。

「お、三神。見慣れない人を連れてるな」

顧問の鈴木先生が声をかけてきた。

「あ、先生。見学者の池田さんです。最近この高校に転校してきたばかりの人で、なんか、弓道をみたいそうで」

「おお、そうか。じゃ、こちらに座ってもらいなさい。」

「じゃ、池田さん、ここに座って待っててください」

「うん」

彼女はそう言うと、楚々と正座した。

それから、和也は着替えに入った。他の同年代の部員はまだ来ていない。実は今日袴を着るのは初めてだった。今までずっと体操着で型の練習をしていたのだが、今日から実際に的に向かって立ち、打つことが出来るのだ。そのため少し、気分が高揚していた。

「ようやく、打つことが出来る」

一人着替えながら、ぽつりと呟いた。

しばらくして着替えが終わると、鏡の前に立ち、気を引き締める。それから、更衣室をでて弓の置いてある方に向かう。弓には号数があり、それにより引く際の力加減が違う。1年生は、まだ筋力が無いため女子で8号から9号、男子では10号ぐらいを使うのが普通である。先輩達は、もう13号や14号、筋力のある先輩なんかは15,6を使っている。和也は自分の11号の弓を手に取った。手慣れた風に弓に弦を張る。その姿を見て、池田さんが声を出した。

「三神君、様になってるじゃない!」

「あ、ありがとう」

ちょっと、恥ずかしそうに、和也は言うと、先輩からいただいた矢を手に持ち、巻き藁の方に向かっていく。正面には大きな鏡が置かれている。足を肩幅ぐらいに広げると、弦に矢をはめる。そして、左手で矢と弓を支え、俵の方に顔を向ける。そして、また正面を向くと腰に当てていた右手を矢の柄に当てる。そのまま、深く深呼吸すると、ゆっくり上に持っていき、俵に顔を向け、またゆっくりと弓を引く。そのまま、引きながら矢が口元に平行になる位置まで持ってきてそこで止める。そのまま、5秒間神経を研ぎ澄まし、狙いがついたところで一挙に、右手を離した。矢は真っ直ぐ飛び俵に当たる。

「よし!いい感じ!」

そういいながら、矢を引っこ抜いた。

「三神は、型がきれいだよな」

後ろから見ていた朝倉先輩が言ってくる。

「ありがとうございます。頑張って練習してましたから」

「これなら、的の前に立っても結構良い成績いくんじゃないか?」

「そうですかー?実際巻き藁と的の前じゃ、緊張感が違いますよ」

「ま、それは慣れ次第だよ。弓道ってのはメンタル面が強く反映されるからな。常に冷静にいないといけないぞ」

「はい!」

その間、池田さんは鈴木先生となにやら話をしていた。どうやら、弓道について教えてもらっているらしい。

それからまもなくして本格的な練習が始まった。一年生は、それぞれ射場に立つと、先輩や先生から一つ一つの動作に対して指導をもらい前から順番に打っていく。和也は、最後だった。

基本的に、弓道はひとり四本打つ。前の一人が一本打つと後ろの次の人が一本打ち、また後ろが打ち、最後までいくと一番前に戻ってくる。つまり、この一連の動作が4回行われることになる。そして、4本全て的に当てることを回中という。これは、先輩達でも難しいことである。

前の同輩達が的をはずしていく中、和也の出番になった。和也は冷静に教えてもらったとおりに引くと神経を集中させる。そして、一挙に矢を放った。矢は真っ直ぐ飛んでいき、真ん中ではなかったが的に当たる。先生が感心したように見ていた。その後も、同輩達が四苦八苦している中、和也は順調に的に当てていった。そして、3本目が当たったとき、道場内にどよめきが走った。

「おい、回中いくんじゃないか?」

「和也、次絶対当てろよ!結構記録的だぞ!」

「そうだよ、初めてで回中って凄いよ!」

先輩達が和也を褒め称えた。それでも、和也は緊張しなかった。ただ、教えられてきたことと今までやってきた自分の練習を信じればいい。そう思って、心は冷静だった。そして、とうとう最後の矢。いつも通り弓を引く。その時だった。池田さんが和也に声援を送った。

「三神君、がんばってー!」

その一言に和也は動揺した。そうだった。池田さんがいるんだった。今まで弓に夢中で気がつかなかったけど、今全員が僕に注目してるんだ。そう思った瞬間、緊張が走った。そして、和也の中に普段ならあり得ない思いが浮かんだ。


「池田さんにかっこいい姿をみせなければ・・・」


そして矢が放たれた。その矢は、的をかすかにかすり土に突き刺さる。道場が「あー」という声で埋もれる。

「おしいー!」

「後少しだったのに」

「すみません、緊張してしまいました」

「まあ、しょうがないよ。ここまで出来ただけで上出来だ」

「それじゃ、矢を取りに行ってきますね」

和也はそう言うと、外に出ようとした。そこで池田さんが声をかける。

「残念だったね」

「仕方ないよ。まあ、はじめてにしてはこんなもんだろ」

「でも、打ってる姿かっこよかったよ!」

「そりゃどうも」

「惚れちゃうかもねー」

「冗談は大概にしてくださいな」

「ふふふ」

「じゃ」

素っ気なく対応したものの、和也の中では生まれて初めてのとまどいを感じていた。この僕が女性を意識している?そんな馬鹿な。でもあの時感じた想いは確かに女性を意識している想いだ。どうしたんだろ、僕。

その後は、練習には打ち込んだものの、どこか池田さんの目が気になっていた。


練習が終わって帰り道。

「ねえ、一緒に帰らない?」

「え、いいけど」

池田さんから誘いがあった。

「ずっと見てるだけで、つまんなかったでしょ?」

「ううん、おもしろかったよ。それに、三神君とってもかっこよかったし」

「あまりからかわないでよ。どうみても、かっこいい部類に入らないでしょ?」

「そんなことないよ。人が、なにかに打ち込んでる姿ってかっこいいもん」

「そういうものかな」

「そうだよ。それに、三神君は私にとって王子様なんだから」

「え?」

「やっぱり覚えてないかなー、夢だけじゃ伝わらないよね」

「夢?それじゃー、前僕の夢に出てきたのって」

「そう、私。私昔から夢渡りっていう力持っててね。その人の夢の中に入れるんだ」

「まさか」

「本当だよ。それに、それが嘘だとしても三神君とは一度会ってるんだから」

「そうなの?うーんごめん。思い出せないや。実は最初会ったときにも池田さんとは何処かであった気がしてたんだけど・・・・・・・」

「ふふふ、あのね、ずーっと昔、まだ私が小学5年ぐらいの時かな。一度富山に来たことがあるんだよ。夏だったかな。そのとき海に行ったんだ。私、泳げないのにね。そこで、親とはぐれちゃってね、気がついたら全然人気のない岸辺に来ちゃって、海に落ちちゃったんだ。助けを呼んでも誰も来なくて、私、そこでもう死んじゃうんだって思ったんだ。移ろう意識の中、誰かが私の手を引っ張って浜まで上げてくれたの。そして、優しい手で私をなでてくれて、大丈夫?って聞いてくれたんだ。それが、三神君だったんだよ。その後泣きじゃくってる私をおんぶして両親を捜してくれて、私は無事に両親と会うことが出来た。三神君は、自分の名前だけ言ってすぐ何処かに行っちゃったんだけど、それ以来私にとって、三神君は私の王子様になったんだ」

「そういえば、そんなことがあったな」

「あれから、三神君のこと忘れられなくて、たまたま両親の都合で富山に引っ越すことになって、そこで夢渡りの力を使って三神君を捜したんだよ」

「そうだったんだ」

周りはだんだん暗くなってきていた。そして人気のないところに二人は出た。


「ねえ、あの時の感触覚えてる?」

「え?あの時って?」

「やっぱり、忘れちゃってるんだね。それじゃ、思い出させてあげる」

そういうと、池田さんは僕の唇にキスをした。

「ふふ、やっと・・・・・・逢えたね」

生暖かい風吹いてくる。もうすぐ、夏がやってくる。二人の夏が・・・・・・。

                                                          fin



この話は、一見ファンタジーっぽい部分がありますが、実は8割がノンフィクション(実話)です。

さて、どこまでが、実話でしょうか?

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