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手紙―⑨

佳境です。間違い無く佳境です。

真面目に書いてますね私。


今回はやや長めの展開に。

 ビショップ氏からもらった薬を飲んでからベッドに横たわり、ぼんやりと考え事をしていた。

 「精神分離薬」と言う事は、こんを一時的に分離させてしまうのだろう。効果も持続時間も限定的といっていたが、ソレはこんを長時間分離するのでは無いと言う事なんだろう。長時間に亘って分離していたら、命がヤバいんだし。

 そんな事を考えながらウトウトしていた――と思う。

 そんな時だ、窓の外で風の音が強くなった様な気がして、外を覗こうとしたんだ。

君も知っての通り、僕のベッドは窓に隣接してある。だから僕は上半身を起こし、カーテンをめくって外を覗いた――と思っていたんだ。


 その時の事をどう表現したらイイんだろう。


 まず空気が違った。途轍も無く澄みわたり、圧倒的な質感があった。空気そのものを肌で感じられたんだ、風も無いのに。風があれば空気そのものが身体にあたるんだから、分かるのが当然だ。でも風なんかまるで感じないのに、何故か何メートルも離れた隣家の辺りにある空気のうねりまで、手に取るように感じられたんだ。左方向に目を向けると、いつも冴えない光を放っている古びた街灯が、まるで最新のLEDの様な鮮やかな輝きを放っていた。そこまで見た時、僕は「窓を開けていない」事に気付いた。

 そう、僕の身体は「窓を突き抜けていた」んだ。愕然としてベッドの方を振り向いた時、何かに引っ張られるような感覚がして――ぼくはベッドの上にいた。


 心臓がバクバクして、頭は半分パニックだ。当然だろう?いきなり有り得ない体験をしたら、誰だってそうなるさ。

 落ち着く為に深呼吸をして、今しがた起こった事を反芻してみた僕は、「身体の重さを感じていなかった」事に気付いた。


 コレは精神だけが分離して活動していたからなのか? 或いは夢か幻覚か?  


 コレだけ鮮明なんだ、夢では有り得ない。確かに悪夢を見れば心臓の鼓動が跳ね上がるけど、夢そのものは何処か漠然としているものだ。

 幻覚は――経験が無いから何とも言えない。が、そんな疑念を吹き飛ばす程の圧倒的な説得力を持った体験だった。

 これ程クリアな意識と感覚を伴った夢や幻覚なんかあろうハズが無い。明晰夢と言うモノもあるらしいが、コレは違う。明晰夢は夢を自覚して操れると言うヤツだから。

 僕は、何と言えばイイのか――全ての感覚が研ぎ澄まされたと言うか、あらゆるリミッターが外されたと言うか、そんな体験をしたんだ。ソレはどんな疑念もねじ伏せる、問答無用のリアリティと説得力を以て僕の心を鷲掴みにしてしまった。そして僕に「重大な決心」を促すのに十分だった。


 翌日ビショップ氏の屋敷を訪れ、「決心」を告げると氏はこう返した。


「・・・君の決心は良く分かった。だが、やはり何日か考える時間を取った方がイイだろう。人生そのものを変える――いや、言い方・見方を変えれば終わらせてしまうのだから」


 今更そんな事を言われて引き下がれるだろうか?


「ビショップさん、この期に及んでそんな事は言いっこなしです。僕に望みを叶える方法を告げたのも、あの薬を下さったのも、そしてあの体験をさせたのも全てビショップさん、貴方なんですよ? 」

「確かにそうだが・・・君はまだ若い。と言うよりも未成年だ。本来は未成年を指導するには保護者の同意が必要なのだよ、この国の法律では。何よりも・・・人生を左右する決断と言うモノは、熟考してからするモノだよ」

 イスラム圏では15歳で成人という所もよくあるそうですよ。ソレに人生どころか国家の命運を左右する革命なんかは、大抵一時の狂熱で行われますし」


 長い事そんな問答が続き――結局はビショップ氏が折れる事になった。僕の情熱勝ちといった感じだろうか。


「分かった、私の負けだ。どうやら君の決意は私には覆せないモノらしい。ついて来たまえ」

「有難うございます!! 」


 部屋を出るビショップ氏の後をついて行く僕は、きっと喜色満面といった表情だったんだろう。

 南へ向かう廊下の突き当たりにある階段を下り、大きな本棚が所狭しと並ぶ地下室へと入る。最上段にある本を取るには脚立が必要なほどの高さはあろうかと言う、大きな図書館にあるような本棚が、20m四方ほどもある地下室にズラッと並ぶ様は壮観と言うほかは無い。古書特有の鼻にくる臭いを嗅ぎながらビショップ氏を見失わない様、足早について行く

「・・・凄い蔵書ですね。一度は読んでおきたかったけど、何年かかることやら。」

「何を言ってるんだね?君が望みを叶えれば、コレ等を桁違いに超える知識、宇宙の深奥を究める誰も見た事も無い――言わば究極の秘儀を直接体感出来ると言うのに」

「あ・・・・・・」

「さぁ、この部屋だ」


 言葉を失う僕をあざ笑う様に、突き当たりにあるドアが開く。


 先程までとは違い、こじんまりとした――それでも5m四方はあるだろう――部屋だ。向かって右手奥に何か道具類を置いた棚があるきりで、他は何も無い。

ビショップ氏がメイドにドアを閉める様に命じた瞬間、僕は思わず振り向きながら飛びずさってしまった。

 全く気付かなかったんだ。メイドの存在に。気配どころか足音もしなかったんだ。やはりどこか違う――いや、同じはずは無いんだ、あんな身体なんだし。


「驚かせてしまったようだね、すまない」

「い、いえ。大丈夫です」


 棚から小瓶とグラスを取り出すと、便の中身をグラスへと注ぎ、棚の中央に据えてある引き出しから小箱を取り出した。

 蓋をあけると丸い粒が幾つか並んでいる。


「この丸薬をこの薬酒で飲みたまえ。丸薬は先日君に渡したモノの完成型。薬酒は24種類の生薬と12種類の鉱物をブレンドした『生命の水』だ。ギリシャ神話のネクタル、インド神話のアムリタに近いモノと考えてもらったらイイ。薬酒は飲み干して置いておいてくれたまえ。」

「そんなモノまで・・・」

「そのぐらいで無ければ、君の願いを叶える事などできんよ。君が飲む間に準備を進めておこう。きっとそのぐらいの時間がかかるだろうしね」

「え?どう言う・・・」

「この国には『良薬は口に苦し』と言うイイ諺があるそうだね」

「ああ、そう言う・・・」

「きっと君の口には合わんよ。と言うか――合うハズも無い」

「分かりやすくてイイですね」


 見た目はとてもそうは見えないんだ。金色の丸薬と琥珀色の液体だから。でも、小さなグラス一杯を飲み終えるのに、10分ぐらいはかかっただろう。どれだけ苦いか想像してくれ。

 その頃にはもう、準備は終わっていた。ビショップ氏とメイドは白いローブに着替えていて、床には幾何学的な模様を描かれた布が敷かれてある。四隅には 五芒星を刻んだ石が置かれていた。


「飲めた様だね。では北側――こちらへ頭を向けて仰向けになりたまえ」


 言われた通り、仰向けに横たわる。いよいよだ――期待と不安が僕を包む。長年の夢が叶うという期待。肉体を失うと言う原初的な不安。両親や君、そして彼女――香との別離と言う寂寥感。そういった 様々な思いが目まぐるしく頭の中を駆け巡る。

 そんな僕の思いを見抜いたのだろうか、ビショップ氏がこう告げた。


「先程飲んでもらった薬酒だが、アレは丸薬の効果を高めるだけで無く、君の肉体をある程度保つ働きがある。つまり、君にはこの秘儀をキャンセルする時間的猶予があると言う事だ」

「言わばクーリングオフと言う事ですか。具体的にどのぐらいの時間があるんでしょう? 」

「およそ48時間」

「分かりました」


「うむ、くれぐれも忘れないでくれ。地球時間で48時間だ――では始めよう。まずは君の意識を変容させる。深呼吸をしたまえ。鼻からすって口から吐く。腹式呼吸だ」


 言われた通りの呼吸。繰り返すうちに自然と落ち着いて来るのが分かる。


「呼吸に意識を向けて。強い集中は必要無い。一呼吸毎につま先から順に力を抜いて行く・・・」


 つま先。ふくらはぎ。膝。順に力を抜いて行く。首や肩は何度か繰り返さないと力が抜けなかった。やはり緊張していたんだろう。そして頭のてっぺんまで力が抜ける。


「では吸い込んだ空気が身体に広がって行く様子をイメージしながら、深呼吸を続けて・・・」


コレを10回程も繰り返すと指先が暖かくなってきた。ただの深呼吸なのに。あの薬のせいなんだろうか?


「さぁ最後だ。心臓に意識を向けて。鼓動をハッキリと感じられるハズだ。その鼓動1回ごとに、心臓から光の波紋が全身に行き渡る様をイメージしながら深呼吸を・・・」


 確かに驚くほどハッキリと鼓動が分かる。そして光の波紋のイメージ。


「さぁ私の番だ。大きな声を出すが、驚かないでくれたまえ」


 前置きをして、ビショップ氏は朗々たる声で奇妙な――何語かも分からない呪文(としか思えない)を唱え出した。

 覚えている範囲で、最大限正確に再現するとこんなカンジだ。


「るるるるるるる・んぐるい んんんんん・らぐる ふたぐん・んがあ あい よぐ・そとおす! 」


 まるで獣の雄たけびの様なこの文言を3回唱えたビショップ氏が、何か異様な仕草をした様に『感じた』時、また僕の感覚は爆発的に広がった。



続く





主人公「一樹」の体外離脱体験は、私が一度だけ体験した幽体離脱っぽい体験がベースになっています。


あと一話・・・・きっとあと一話で完結するハズ。

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