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第3話 仄暗い戦場

“ミシュカの光は邪悪なる影を照らし出すだろう。ミシュカの祝福は我らに大いなる希望を与えるだろう。――ノーザレアの聖句”




―仄暗い戦場―




 ベイロスの鋼のように強固な鉤爪と伐採者の剛性の高い斧の刃がぶつかり合う音がする。その鋭く大きな金属音が辺りのイースリッドの闇に響き渡っていた。


「やつらに後ろをとられるな!明かりを持つ者を囲んで、円の布陣をとるんだ!」


 飛びかかるベイロスの鉤爪を斧ではじき返して、コートが大きな声を張り上げた。その声を聞いて、伐採者達はベイロス達に後ろをとられまいと円の陣形をとった。布陣の内側の伐採者が持つメラメラと燃え盛る松明が、漆黒の戦場に微光を灯している。


 アンセル・トリヴァ―もその激戦の中にいた。彼の黒い瞳には、電光石火の如く動き回るベイロスの赤い目の残光が無数の線条を描いて映っていた。ベイロス達の鈍い唸り声がアンセルの聴覚を刺激する。その唸り声からアンセルは、ベイロス達が凄まじい怒りや悲しみに満ち溢れていることを感じた。

 一匹のベイロスがアンセルに目掛けて襲いかかってきた。松明の灯に照らされ、アンセルの瞳に映ったベイロスは、巨大なトカゲのようで、緑色のうろこ状の皮膚が奇怪な輝きを放っている。アンセルは鋭く尖った牙をむき出しにした憤怒の形相のベイロスに僅かな恐怖心を持たざるを得なかった。


(やつら、いつもと様子が違う……。怒り、そして、悲しみの叫び声が聞こえる。けど、落ち着くんだ!恐怖は、迷いに繋がる。一瞬の迷いは死へと直結する……)


 それは父、クロイス・トリヴァ―の言葉だった。アンセルは父の言葉を思い出すことで、恐怖心を振り払い、冷静さを保った。

 アンセルは正面から一直線に飛びかかるベイロスの頭部に狙いを定めて、大剣クレイモアを突き刺そうとした。その瞬間、ベイロスの恐ろしく強固な爪がクレイモアの切っ先に打ち当り、耳が割れるような金属音を放った。アンセルは大剣から伝わるひどく重たい衝撃で全身が震えるのを感じた。ベイロスはクレイモアの一撃で後方に数メートル跳ね飛ばされたものの、すぐに態勢を立て直し、次の攻撃を仕掛けようと赤い目をぎらつかせた。すぐさま、ベイロスは電光石火で駈け回り、アンセルの視覚を翻弄しながら、飛びかかり刃物のような前足を高速でふるってきた。


(速い……。避けられない……。)

 

 そう悟ったアンセルは、クレイモアの分厚く平たい剣身を盾にして、ベイロスの鉤爪を受け止める。砲弾のように勢いに乗ったベイロスの全体重が彼の大剣の刀身にのしかかった。そのままバランスを崩したアンセルは、ベイロスを受け止めながら真後ろに倒れこんだ。獣はアンセルに覆いかぶさり、彼の両腕はその強靭な前足の刃により抑えつけられた。刃物のような鉤爪はゆっくりと彼の両腕を引き裂き鮮血を流した。アンセルの両腕に猛烈な激痛が走る。そして、彼は目の前の僅か30センチ先に鋭く長い牙を剥き出しにし、今にも自分の頭部を噛み千切ろうとする、恐ろしいベイロスの表情を見た。睨みつけるベイロスの目はひどく充血していて、赤い目の奥底から計り知れない憤怒を彼は感じとった。

 

 この絶体絶命の窮地において、アンセルは冷静さを失わなかった。すぐに、右利き足でベイロスの腹部をありったけの力を込めて蹴り上げた。すると、ベイロスは怯み、微かに表情を歪ませた。ベイロスのボディは堅いうろこ状の皮膚で覆われている。しかし、腹部は柔らかい皮膜で覆われていることを彼は知っていた。その刹那、アンセルの右腕が鉤爪の圧迫から解放された。アンセルの右腕にはナイフに切り裂かれたような深い傷ができ、多量の血がにじみ出し、激痛が走っていたが、動かすのには十分だと彼は思った。彼は懐から護身用の刃渡り20センチほどの短刀をとりだし、ベイロスの胸部へと突き刺した。けたたましい咆哮と共に、獣はアンセルの上から飛び退いた。彼はすぐに起き上がり、クレイモアを再び構えて、弱り果て俊敏さを失ったベイロスを目で追った。


(動きがかなり鈍っている……。仕留めるなら今だ!両腕よ、持ってくれ……)


 彼の傷ついた両腕はもはや限界にきていた。切り裂かれた深い傷跡から血が滴り、激痛が走っている。

 弱ったベイロスが再び攻撃を仕掛けてきた。アンセルは神経を研ぎ澄まし、集中力を高めた。そして、彼は両腕に全神経を集中させてクレイモアを振るった。その刹那、重く鈍い音が周囲の空気を激しく振動させた。灯に照らされ地面に映るベイロスの影は二つに分かれた。クレイモアの剣筋はベイロスの胴体を真っ二つに切り裂いたのだ。絶命したベイロスの2つの残骸の断面から青色のおびただしい量の血が噴出する。それがシャワーのように降りかかり、アンセルの全身を青色に染めていった。

 

 ベイロスの残骸を見届けると、アンセルは全体を見渡した。伐採者達は極めて勇敢に戦っていたが、ベイロスの猛攻に押されているように思えた。彼は暗黒の中に光る赤い目が以前にも増していることに気付いた。負傷者は次々と増え、状勢は悪化していた。

 まもなく、また別のベイロスがアンセルに飛びかかってきた。彼はクレイモアを構え、大剣を振るおうとする。しかし、そのときすでに彼の両腕には力が入らなかった。


 アンセルは死を覚悟した。彼の内なる時間の流れがとまり、知覚する光景がとてつもなくスローになった。


「アンセル!まかせろ!」


 アンセルは視野の端から怒声と共に高速で突進する大柄の人影を確認した。コートだった。コートは重厚な斧でアンセルに襲いかかる獣を切りつけ、弾き飛ばした。アンセルはスローモーションだった時間の流れが再び加速するのを感じた。


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