第1話 絶望の足音
“久遠の昔、七人の神々は恵み豊かな自然と生命溢れる世界を創った。神々は文明の発展を願って、人々に魔力の集約である七つの耀石を授けた。――七耀神話、第1節”
―絶望の足音―
星辰暦1092年、かつてイスタリア大陸全土を絶望と混乱の渦に巻き込んだ、邪悪な女神『レラシム』が封印されてから300年の時が経とうとしていた。堕天使レラシム、そして、彼女を封印した大天使ミシュカ、両者の壮絶な戦いは神話となって語り継がれ、現在も多くの人々の心に深く刻まれている。
そして、同年、イスタリア大陸の北東に位置する法国ノーザレアの小さな村『イースリッド』が焼失した。民家は破壊され、村の全域が火の海と化す未曾有の大惨事だった。生存者は確認されず、約1000人の村人は皆死亡したとみられている。最初は森林火災に村が巻き込まれたのではないかと思われていたが、数十棟の民家が破壊された形跡があることから巨大な魔獣の仕業とする意見も上がっている。ノーザレア教会は事態を重く受け止め原因の特定を急いでいる。
“真の絶望は突然やってくるものだ。足音すら立てずに……。その絶望の中でも私は最後まで戦い続けなくてはならない。村を守るため……、家族を守るため……。――クロイス・トリヴァ―”
イースリッド村はイースリッドの森を切り拓きつくられた、木こり達が暮らす村である。村の四方をうっそうとしたイースリッドの森に囲まれ、森を西へ抜けるとラフィス王国との国境の関所が見える。森には小型の肉食魔獣『ベイロス』が生息しているが、屈強な村人たちは危険なベイロスを斧によって狩り立て村を守っている。
そして、大難の日、イースリッド村ではいつもと変わらない一日が流れていた。太陽が昇り、村が木漏れ日で満たされる頃、木こり達は樹木の伐採を開始する。イースリッドの森では頑丈な木材として国内外で需要があるマヤの木が豊富に存在している。マヤの木は幹回りが5メートルにもなる巨木で、さらに材質が非常に堅く頑強なため、それを伐採する木こり達は並外れた腕力を持っている。
森には小鳥のさえずりが心地よく響き、恵み豊かなイースリッドの森を通り郁々たる香りを含んださわやかな風が吹いていた。森は平穏で満ち溢れ、誰もこれから起こる惨劇を知る者はいなかった。
太陽が頂点まで昇り、無数の木の葉が光を遮る薄暗いイースリッドの森の中でさえも木漏れ日で満たされる頃、その青年はいた。やや青に近い銀色の髪をして、彼の黒い瞳の奥には揺らぐことの意志の光が垣間見える。彼はしなやかではありながら、同時に勇壮な力強さを感じさせる身体をしていた。彼の手には刃渡りが4フィートもある大きな剣『クレイモア』が握られ、目の前の巨大なマヤの木に向き合っていた。作業員たちのほとんどが斧によって伐採をする中、クレイモアを握りしめるその青年の姿は一見風変わりだった。
この青年の名前はアンセル・トリヴァ―という。ノーザレア教会の軍である『月十字軍』に属していた父、クロイスと母、リースと共に5年前よりイースリッド村で暮らしている。
アンセルは深く息を吸ったあと、呼吸を止め目の前の巨大なマヤの木に向かって、クレイモアを振るった。その刹那、頭上の木々から漏れ出るかすかな光が、その大剣の刃に反射し閃光を放った。鋭い音がマヤの大木から聞こえた後、その太い木の幹にはその半分にも及ぶ深い切れ跡が刻まれていた。
まもなく、周りにいた村人たちがこれに気付いて、称賛の声が上がった。そして、一人の大柄な男が嬉々とした声色でアンセルに呼びかけた。
「アンセル!お前もかなり剣の腕をあげたな。クレイモアでマヤの木を切れるやつなんてそうはいないぞ」
「コートおじさんありがとう、でも父さんには全然及ばないよ」
アンセルはその大きな剣を鞘に収めながら言った。彼の銀色の髪が微かな日の光に照らされ白銀に輝いた。
「まあ、それはしょうがないさ。クロイスさんは8年前の『ニルアナ防衛戦』でかの英雄、オーランドの右腕としてガリア帝国軍を退けた人だからなあ。でも、アンセルの最近の成長ぶりはすごいよ。お前も月十字軍に入るんだろ?」
コートは巨大なマヤの木に刻まれた深い切れ跡をちらと見ながら言った。
「うん、俺も父さんみたいに国のために戦いたいんだ。だから、もっと修行して強くなろうと思ってる」
アンセルの瞳には純粋な正義の光が宿っていた。一切の穢れの無い純然たる光……。
「そうか、アンセル!俺も楽しみにしてるぞ!」
そう言うと、コートは作業場に戻っていった。そして、アンセルは再び、鍛練を開始した。
のちに起こる惨劇はこの光り輝く純粋な青年の心さえ黒く穢してしまうこととなる。
その頃、イースリッド村から西側のラフィス王国との国境に近い森の中を歩く二人の人影があった。




