政略結婚したくない王女とその侍女による幼き日の決断とは
「カトリーヌ、お前にはコヨル国王の第4夫人となってもらう。準備を行い、3日後に出発するように」
今日16歳の成人を迎えた娘に、執務室の椅子に座ったまま娘の顔を見ることもなく、書類に目を通しながら陛下が告げる。カトリーヌが入室して挨拶の第一声を発する前に。
カトリーヌは、
「かしこまりました」
と返答し、一礼して退出した。
離宮のエントランスでは、マーガレットが心配顔で佇んでいて、微笑みながら軽く頷き、自室へ向かう。
「3日後にコヨル国に輿入れする事になったわ。第4夫人として」
「やっぱり……
カトリーヌ、いいの?一緒に逃げてもいいのよ。資金はある程度ならあるわ」
「大丈夫よ。こうなる事は予測していたじゃない。側室とはいえ、国王の妃よ。今より冷遇される事はきっとないでしょ。贅沢は出来なくても質のいい暮らしが出来るなら私は満足なの。国王の寵愛が受けられなくても全く問題ないわ。
今までのように、本を読みながら暮らすだけよ。コヨル国の本が読める、と思うとむしろ楽しみだわ。
マーガレットはどうしたい?このまま侍女として同行する事は可能ではあるわ。けれど、そうしなくてもいいのよ。あなたは自由なの。あなたの進みたい道を選んで」
「ありがとう……
そうね…… コヨル国で使用人は用意してくれるでしょうし……カトリーヌが不自由しないのなら、私はサウンズ国に行こうかな……コック長の出身地なんだけど、暖かくて景色がとても綺麗みたいなの。コック長の縁者もいるから、働き口も何とかなりそうだし……」
「いいわね。私も行ってみたかったな…… もし、コヨル国でそれが許されるなら、会いに行くわ。どの程度の自由と贅沢が許されるのかわからないから、約束は出来ないけど。
……元気でね。絶対に幸せになってね」
「ありがとう……
私にもあなたの幸せを願わせて。だから、辛くなったら逃げて。何もかも放棄して。その時は、コック長を通して手紙をちょうだい。どこかで落ち合って、二人で暮らしましょう。そのための資金を貯めておくから。
あなたには背負うべき責任は何もないもの。後の事を考えずに行動していいの。逃げ出したくなったら絶対に連絡する、と、約束して」
「ふふっ、ありがとう。
でも、私はカトリーヌよ。死ぬまでカトリーヌとして生きるわ。ずっと共に生きてきたあなたなら、私が環境に左右されず自分を貫ける事をわかってるでしょ。
大丈夫よ。ちゃんと私の幸せを見つけるわ。お互い、自分の人生を自分らしく生きましょう。
今まで、本当にありがとう。大好きよ。
愛してるわ、もう一人のわたし」
ソファに並んで座っていたマーガレットを抱きしめた。
「私も愛してるわ。あなたに出会えて、あなたと共に生きれて私は幸せよ。
幸せになってね、もう一人のわたし」
マーガレットも抱きしめ返してくれる。
しばらく目を閉じて抱擁しあった二人だったが、離れた時には、お互いの顔に、別れを決意した凛とした笑顔が浮かんでいた。
カトリーヌは、レクルタ国の第6王女だ。
辺境伯領が国から離脱しないよう、辺境伯の一人娘だったマリアンヌは、王命で第3夫人となった。離宮が当てがわれたが王からの寵愛はなく、義務として数回通った王は、カトリーヌが産まれた後は離宮に顔を出す事はなかった。
マリアンヌは妊娠がわかった時、辺境伯邸にいた信頼のおける侍女を呼び寄せた。騎士と結婚して仕事を辞めたが、手紙で最近妊娠した事を知らせてくれていたのだ。夫も一緒なら、とすぐに離宮にやってきたマーガレットの母は、その後乳母としてマーガレットとカトリーヌを育てる。一ヶ月違いで産まれた二人は容姿がとても似通っており、成長するにつれ双子のようにそっくりになっていく。
王から寵愛はないものの、離宮では最低限の暮らしが保障され、数人の使用人もいた。調理師二人、メイド二人、家庭教師一人とマーガレット家族の八人。全員が離宮に住み、仲の良い家族のようにひっそりと暮らしていた。カトリーヌは勉強よりも体を動かす事の方が好きで、活発で常に使用人の後をついては真似事をするのが日課だった。一方マーガレットは大人しく、いつも本を読んで過ごし、勉強嫌いなカトリーヌがマーガレットと一緒なら大人しく席に着くため、家庭教師の授業はマーガレットも共に受けることを許されていた。髪の色や瞳の色、背格好がそっくりの二人は、お互いの服を取り替えて大人達を騙すイタズラを時々行って、驚く大人の顔をみて笑い合った。マーガレットの母は、その都度マーガレットを叱ったが、カトリーヌの母は大らかで、「二人とも、私達の子よ。ここでは姉妹として、平等に育てましょう?」と笑うため、二人のすり替えは大目にみられていた。
ある日、二人はいつものように服を取り替えたまま隠れんぼをしたり、鬼ごっこをして遊んでいた。今まで離宮の外に出た事はなかったが、窓から見える木にリスがいるのを見つけ、リスを間近で見たくなった二人は、頷きあってこっそりとエントランスに向かい、外に出た。リスを探し、離宮から少し離れた木々の間を手を繋ぎながらウロウロしていた二人は、暖かい陽気の下、木にもたれて昼寝をしてしまう。
熱さと焦げ臭さに目を覚ました二人は、離宮が燃えているのを目にする。
手を繋いだまま、恐怖に震えて立ち竦んでいた二人に向かって、騎士服を着た男性が駆け寄ってきた。
「カトリーヌ様ですね!ご無事でしたか!
ここは危ないので他の離れに避難しましょう!!」
とマーガレットの手を引く。マーガレットはカトリーヌの手を決して離さず、二人は他の離れに連れて行かれた。
誰も住んでいないであろう閑散とした離宮に足を踏み入れると、騎士の一人がマーガレットの前で跪いた。
「カトリーヌ様、残念ですが、お母上は屋敷の火災により儚くなってしまわれました。残念です……
あなたは、メイドの子ですね?あなたのお母様もお亡くなりになられました。
火災が発生した時に我々はすぐに駆けつけたのですが、マリアンヌ様も他の使用人も全員あなた方を探していたようで、屋敷の外におりませんでした。おそらく煙を吸って中で意識をなくされたのだと思います。救出が間に合いませんでした……
カトリーヌ様、申し訳ございません」
その場にいた騎士達が全員頭を下げた。
震えながら、マーガレットが言う。
「わ、わか、り、ました…… 私たちはこれからどうなるのですか……」
「陛下と辺境伯との話し合いがされるかと思います。このまま王宮で暮らす事になれば、新しい使用人と離れが用意されるはずです」
「お、お願いがあります…… マーガレットのお父様とお母様も亡くなったのなら、マーガレットは一人です。このまま、わたくしと一緒にいさせてください。どうか、お願いします」
マーガレットが頭を下げる。手はしっかりとカトリーヌの手を握ったままだ。
「かしこまりました…… 陛下に奏上いたします」
騎士はマーガレットの手を握って頷いた。
辺境伯では祖父母はすでに儚くなっており、辺境伯はマリアンヌの弟が継いでいた。辺境に戻されることなく、そのまままた新たな離れで暮らす事となった。
火災の日、用意された離れの部屋で身を寄せ合いながら一つのベッドで眠った二人は、眠る前にある取り決めをしていた。
「カトリーヌ、このまま私がカトリーヌになってもいいの?今ならまだ正直に言えば、戻る事は出来るわ。わたしは、孤児院に行く。カトリーヌが決めて」
「ううん。このままでいい。私は王族として、お母様のように好きでもない人と結婚したくない。使用人として体を動かす方が好きだし、いずれは好きな人と結婚したい。マーガレットこそ、本当にいいの?政略結婚させられるのは間違いないし、不自由な生活を一生送らなくてはならないわ」
「いいの。私はずっと、本を読んで暮らせればそれで幸せなの。たとえこれから、他の人達に王女として敬われなかったり冷たくされたりしたとしても、王女じゃないから全然気にならないし。むしろ、働かないでご飯が食べれてお勉強もさせてもらえるなんて、これ以上ない幸せだと思うわ」
と笑ったマーガレットに対し、
「じゃあ、今からあなたはカトリーヌ。そして、わたしはマーガレット。これは二人だけの秘密。いつまで一緒にいれるかわからないけど、一緒にいる間は、私を使用人として扱ってね。あなたはカトリーヌよ」
マーガレットはカトリーヌの目をしっかりと見て頷いた。9歳の二人が重大な決意をした瞬間だった。
******
「マーガレット嬉しそうだな。何かいい事でも書いてあるのか?」
「ええ。カトリーヌ様に二人目のお子様が産まれたらしいの。写真も載っているわ。とても幸せそう。良かった……」
「それはめでたいな。俺達の子と同級生になるのか」
「そうね。この子は男の子、女の子、どっちかしらね?どちらでも、きっととても可愛いわ」
サウンズ国に来てから、定期的にコヨル国の新聞を買っていた。カトリーヌの写真が載っていたのは今回が初めてだ。
幸せそうなカトリーヌの顔を見ながら、はち切れそうに膨らんだ自分のお腹をそっと優しく撫でる。
――パティシエの夫が作るケーキはとても美味しい。いつか、カトリーヌとその子供達が食べに来れるよう、お店を王家御用達とするように経営を頑張らなきゃね、と思いながら――
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