対岸の火事ではないらしい
「リカール郷。遠路はるばるお越しいただき感謝いたします」
宝石を纏っているかのようなシャンデリアが眩しいホールでは、華やかな装いの紳士淑女たちが、会話に花を咲かせている。目も眩むような輝きからなるべく遠ざかるように、柱に背中を預けていたリュシアン・リカールは、己の名前を呼ぶ声に視線を上げた。細身のシャンパングラスの中、細かな泡が生まれては弾けるのを見つめているのも飽きてきたころであった。
「アンナ殿下。わざわざご丁寧に」
「当然ですわ。こちらが招待させていただいたのですもの」
白地に薄桃色のレース編みが施され、小指の爪ほどの美しく磨かれた宝石が縫い付けられた、華美ではなく、だが確かな細工が光る上等なドレスに身を包んだ彼女は、第三王女であるアンナである。陽ざしをたっぷりと浴びた麦のような金の髪は、腰まで伸ばされているにも関わらず丁寧に手入れされ、癖の一つもない。
対してリュシアンは、この場に集まったどの令嬢とも服装は異なっていた。彼女が身を包むのは軍服を模した礼装。宝石よりも勲章で飾り立てられ、皺の一つも寄らない衣類は清廉さを強調させる。背丈を引き立てるブーツは、リュシアンの凛々しさを一層際立たせていた。黒髪を金輪で括ったその髪は、馬の尻尾のように揺れている。
周囲の令嬢たちは流行りを取り入れた可憐な装いに身を包んでおり、リュシアンのように男物と見まがう装いの者は誰一人いない。それでも、王家の催しに彼女が正装としてこの場に立つことができるのは、「リカール」という貴族の名を冠しているからである。
『王家の盾であれ。国の守護者たれ』を家訓とするリカール家は、国の北部に領土を持つ貴族である。
リカールは他の貴族とは一線を画した使命があった。
リカールの治める領土は国境を有しており、その向こう側は「魔の底」と呼ばれる、醜悪な魔獣が発生する荒廃した土地だ。魔獣は市井を常に狙い、国へ踏み込まんとする悪しき生き物である。根絶は不可能とされ、常に防衛し続けることが建国時からの宿命であった。当時の王はリカールに防衛の要として辺境に領地を与え、領地経営とは別に防衛の使命を課したのである。
そのような立ち位置のため、リカールは準王家として特殊な爵位を持っている。王家に仕えるが、その他あらゆる貴族たちの頂点に立つ。あらゆる特権を持つことが許されているリカールは、例えば貴族の催しに呼ばれたとしても悠然と断ることが許され、貴族の訪問も拒絶することもできる。煩わしい交流を一切排除することが許されているのは、単に国防の使命の重さを尊重してのことでは無い。
例えばリカールが他貴族に唆され、愚かにも傀儡となってしまい、リカールが囲い込まれてしまった場合。国防の要たるリカールを手に収めてしまえば、王家も、国をも掌握したことになる。リカールを手中に収めた他家は、王家を食い荒らし、やがてその玉座に収まるだろう。国としての最大の盾であり、矛でもあるリカールを王家から引き剝がさないために、他貴族と一線を画す爵位を携えているのである。
とはいえ、王家からの呼び出しとなればリカールは馳せ参じなければならない。そのため、次期当主であるリュシアンは、王城へと足を運んだ。当主であるリュシアンの父は、滅多なことがなければ領地から出ることは無い。
「今宵は姉君の婚約者のお披露目に立ち会うことができ、有難く存じます」
「ありがとうございます。王家としてもよい縁が結べたこと、嬉しく思いますのよ」
口元を手で覆い、鈴の音のような笑い声を立てる王女に、リュシアンは目尻をやわらげた。第三王女は王族の中でも一際思慮深く、配慮に富んだ女性である。リカールの収める土地のことも気にかけ、日々防衛に気を揉むリカールの土地と民たちを、何かにつけては支援と視察を送っていた。
国の頂とその頂に近い家を背負った女性が二人、会場の片隅で語らう様子を、ほかの招待客たちはちらちらと目線でうかがう。しかし、この二人の会話に割って入れる立場の人間など、それこそ同じ王族くらいしかいないだろう。輝きを放つ二輪の花を、ある者はうっとりと、またある者は物珍し気に眺めるだけだ。
ふう、と小さくため息を吐いたリュシアンは、心配そうに顔を覗き込んだアンナ王女に気が付き、しまった、と苦笑した。王女はどうしたのかとは言葉で尋ねずとも、どこか気もそぞろなリュシアンが、口を開くのを待っている。ここで誤魔化し、何でもないと首を振るのも違うかと、リュシアンは曖昧に笑みを浮かべた。
「実はですね。父が、私にもよき縁を結んでくることを望んでいるようで」
この場でいい婿候補を見繕ってこいとプレッシャーを掛けてきたのですよ。怖い怖い。身震いするように肩をすくめておどけると、王女は吹き出した。実際、こうして笑えるほどに可笑しい出来事ではなく、家を背負った重大事項ではあるが、今はここで笑いのためにするのがベストな選択だろう。
「私に仰っていただければ、殿方を紹介いたしますわよ」
「では、最終手段として一つお願いいたします」
王族が、準王族へ婿候補を紹介する。それはもはや絶対命令に他ならない。だからこそ王女もまた、冗談としてその場を収めるために言葉を選んだに過ぎない。
事実、リカールは婿や嫁を迎えるのが一際難しい一族である。華やかな商業都市で一生を過ごすでも、文官として仕え、安全地帯で政に携わる機会を得ることもないのだから。
二人が話に花を咲かせていると、中央のあたりが騒がしくなった。ようやく本日の主役であるアンナの姉君のご登場らしい。王族としての気品を身に着けたアンナとは違い、主役であるマリアは派手で、少々おいたがすぎる、というのがリカールとしての評価であった。側室の子であるマリアは勉学も疎かに、有力子爵たちとの交流にお盛んだと言う。なのに陛下からお目こぼしをされているのは、彼女と彼女の母が特別寵愛を受けているから……と、自身で言いふらしまわっているとのこと。それを正す者は、もはや彼女の取り巻きには存在しないのだろう。
夕暮れから夜にかけて、闇夜に落ちる前の紫色の髪の毛は、ボリュームを持たせるように巻かれている。豊満な体を露骨にアピールする、王族主催の催しにはふさわしくないイブニングドレス。スリットから色白な太ももが、歩くたびに垣間見える。
彼女が腕を回し、体をもたれさせているのが件の婚約者だろう。彼女と同様に見ていられない衣服だ。胸元が大きく見える程開いた襟元に、清潔さより粗忽な顎髭。長い髪の毛は後ろで結っているが、後れ毛が乱れている。これが王族の婚約者か、と驚いたのもつかの間、アンナ王女は息を飲んだ。
「殿下、どうされましたか」
「いえ……あの方、姉様の婚約者ではありませんわ」
瞠目する。なにかよからぬことが起きようとしている。ならず者のような男は、背後に居た青年の背中をどすん、と押した。崩れ落ちる様に、青年は床に伏せる。
「お集まりの皆さま! 本日はわたくしの婚約者披露宴にお越しいただき、ありがとうございます。紹介いたしますわ。彼こそがわたくしの婚約者、ルーイよ」
マリア殿下を支援している貴族たちは事情を知っているのだろうか。大きな拍手で彼女をたたえている。見たところ、新興貴族や、最近陛下の覚えがめでたくない者たちだ。反対に、リュシアンやその他貴族たちは、なにが起きているのか分からず、困惑していた。
「そして、そこのみすぼらしく床に這いつくばっているのが、私の元婚約者ですわ」
ふわふわとした癖のある髪の毛を、必死に撫でつけたであろうことが見てわかる、気弱そうな青年だ。だが、彼の衣服は最先端の流行ではないものの、伝統的な色使いと、南の領地で古くから伝わる刺繍模様が目を惹く。美しい衣服に身を包んだ、大柄な男性だ。彼は目に見えて狼狽え、図体に似合わず体を縮こまらせていた。
(マリア殿下の婚約者。確か南方のアディシャル家だっただろうか)
建国当初から存在する貴族のひとつで、爵位は低く目立った功績もないが、着実な領地経営を続ける持久の力がある。一説によると、アディシャル家の爵位を何度か上げようと言う話もあったが、余計な争いが生まれるよりも、領民のことを思いやるその心から断ったという話も聞く。そのため、陛下からの信頼も一際厚い。だからこそ、一般的には不釣り合いに見える此度の婚姻についても王家からの打診によって結びついたはずなのだ。
「ひどいですわ。父上は私を嫌っておいでなの。華やかなわたくしに相応しい、煌びやかな世界に身を置きたいと言うのは我儘なのでしょうか。誰よりもみすぼらしいドレスに身を包み、身を落とす王女だなんて許されざることだと思いませんこと?」
「ああ、そうだね。可愛いマリア。俺ならそんなことはさせないよ」
「ええ。ですから、王都で商いを営むルーイと婚姻を結ぶことにしましたわ。身分不相応、そんな声関係ありません。配偶者として王族に引き入れましょう。古臭い風習なんて取っ払うべきですわ」
マリアは大げさに、観衆に向けて両手を広げて見せた。
「金と商いこそ国を豊かにするのです。そうでしょう、みなさま」
マリアの声に続き、ルーイも前へ進み出る。彼は、マリアを支援するように、三流の舞台俳優のように鼻にかかった声を上げた。
「血筋よりも才覚を選ぶ。それがこの国の未来です」
大層なスピーチに、取り巻きは更に拍手の音を大きくした。割れんばかりの、力任せの品のない拍手である。一方、リュシアンのような、黙って様子を見ていた面々は、絶句し、開いた口が塞がらないといったところだろう。
(第二王女の奔放な振舞は聞いていたが、まさかここまでとは)
アンナは顔を真っ赤にして俯いている。それはそうだろう。有力貴族が集まる、国の宴にて、王族の恥晒しともいえる催しが開かれたのだ。弁明しようにも、主催者である姉の手前、前に出ることはできない。ここで二人が言い争えば、よからぬ火種を生むに違いない。振舞を間違えれば、内紛が巻き起こる。それほどまでに、王の子たちは人目での争いを避けねばならない。本当であれば皆の前では無関係であるだとか、姉の振舞を叱責したい衝動に駆られているに違いないのに、逃げることも許されず、羞恥心を煽られるだけ煽られる。あまりにもお可哀そうである。爪が手のひらに食い込むほど、強くこぶしを握り締めた彼女の手を開いてあげたいと、リュシアンは悲しみに苛まれた。
(――金があれど、魔獣は消え失せてくれるものか。我がリカールが代々流してきた血を愚弄して、聞こえのいい声を上げる。金で国境は守れぬというのに……その程度の理も持たぬか)
ふと、騒ぎの中にひときわ冷ややかな空気を見つけた。大階段の横、陛下の側近がすました顔で佇んでいる。あれは陛下の目、そのものだ。実の娘とはいえ、過ぎたることをして見逃すような国王ではない。ある一線を越えれば、容赦なく国民を選ぶ王だ。そして王女は今、一線を軽々超えてしまったのだ。いや、もしやこれが最後の挽回の機会であったのかもしれないが、マリア殿下はそれに気づかず高笑いしているのだろう。
さて、悪夢のような大広間の真ん中で、投げ出された元婚約者の男は一人硬直して動かない。誰も近寄らないものだから、不自然に空間が生まれている。
元婚約者の青年の肩幅は広く、背筋は鍛えられた者の張りを残している。押し倒された衝撃で呼吸は乱れているはずなのに、息を整え、荒い呼吸を漏らさぬよう喉を締めていた。事情を知らぬ者が見れば、怯え周囲を拒絶する小動物のように映るかもしれない。
絶対悪たるマリアとその商人の男は近いうちに裁かれるだろう。だが、屈辱を受けた婚約者である彼は、救われることは無いかもしれない。彼が王女に捨てられたという汚名は一生ついて回るだろう。それこそ、同情はされようとも不名誉は肩にのしかかったままだ。
国王は恐らく、まさかここまで突飛な行動をするとは思っていなかったのではないだろうか。だとすれば、アディシャル家の愛息子を生贄のように扱うわけがない。即日、国王自ら頭を下げることを選ぶだろう。
(だが、家としては救われたとしても、彼個人としてはどうなる)
いま、この場で誰も彼に手を伸ばすことは無い。アディシャル家を助けようとも、家にメリットはないから。そして、今はまだ、王家である王女に逆らうことはできない。薄情な貴族たちは、彼から焦点をずらすしかない。
(そうだな。私以外は)
自然と、リュシアンの足は動いていた。かつん、かつん、とホールに響き渡る音は気高く。姿勢は天から垂らされた糸に従うかのように美しく。円を描いて様子を伺う人々の間に割って入る。誰もリュシアンを止める者はいない。ただ一人、目ざとく王女がリュシアンを睨みつけた。
「ちょっと、貴方、なんですの」
ずい、と前に出たマリア王女を、リュシアンは手で制する。それだけで、ぴたりと彼女の足は止まった。威圧されたのだ。ひと睨み利かせただけで足がすくむほどの眼光。だが、伊達に王族ではない。わなわなと足を震わせ、金切り声を上げた。
「王女たる私になんたる態度! 衛兵! 捕まえて頂戴!」
ところが控えの近衛兵はぴくりとも動かない。リュシアンは鼻で笑った。
「なるほど。さすがは王国騎士団。きちんと弁えているようで何より」
「なによ……! なんで動かないの、この役立たずの土臭い男どもが! 誰のおかげで生活できてると思っているの」
体を張って王族を守る騎士団に口汚くののしる王女が、王家の人間だとは。呆れてものも言えないが、リュシアンはやれやれと首を横に振った。
「王の命により殿下をお守りすることが、騎士団に課せられた使命だとするなら、私を排除することは、その命令に含まれていないだけですよ。もっとも――リカールを排除すれば、国が終わることを意味しますがね」
「リカール? あの北の領地を治める、名ばかりの準王族でしょう」
リュシアンは彼女の言葉を耳に入れるのをやめた。目の前の、倒れ込むように身をかがめている青年の前に跪いた。
「ミック・アディシャル殿」
のろり、とミックの頭が上を向く。リュシアンは右手を差し出した。
「突然の申し出で申し訳ないが――ぜひ、私の家に婿に来てくれないだろうか。恵まれぬ土地ではあるが、精一杯貴方の幸せに尽くそう」
どよめきが起こった。俯き、床だけを見つめていた彼は、びくりと全身を震わせた。おずおずと、野生の草食動物のように周囲を警戒し、顔を上げる。思わず、リュシアンは彼の前髪を掻き分けた。中からは色白の肌と、蒼玉のような美しい瞳が垣間見えた。大型犬のような愛らしい容姿だこと、とリュシアンは微笑む。
リュシアンの心を動かしたのは、彼が愛嬌のある顔立ちだったから、だけではない。前髪の奥、伏せられた瞳は折れてはいない。ミックは怯えているのではない。腸を駆け巡る感情を寸で呑み込み、状況を見極めようとする光が宿っていた。リュシアンは気高き武人である。故に心の内を理解することができた。ミックの目は、屈服の目ではない。選択の目である、と。
「家名だけではなく、私の名前を、知っておいでなのですか。リカール郷」
驚きを隠さず、ミックはリュシアンの手を見つめている。リュシアン愛用の白い手袋は、染み一つない、上等なものだ。手触りは抜群、心地の良いその手を取ることは、ミックにとってまさに天からの恵みのようなものだろう。
「もちろん」間髪入れずにリュシアンは答えた。「ミック、いい名前だ。建国時の宰相の名だな」
両肩を震わせるミックは、しかしリュシアンの手を取りかけたものの、指先に触れる直前で手を引っ込めてしまった。
「簡単に、この手を取ってよいものか、迷っているか」
「……はい。本来であれば、選ぶ立場などにないのは分かっています。リカールとアディシャルの差も、理解しております。ですが、私は貴方の利点になりはしないのでは、と」
リュシアンは驚き、目を丸くした。
「なるほど。婚約者に捨てられ、面倒な制約が絡む自分より身分の高い貴族に求婚されたのに、自身の将来を憂うより、目の前の女性の未来を心配するのか」
ちょっと、私を外して話を進めないで! 喉から高音で騒ぎだしたマリア王女は、ヒステリックにドレスの裾を振り回し、こちらへ向かって来ようとしたが、近衛兵に立ちふさがれた。なにするのよ! そうだ、失礼だぞ! 二人の男女が怒りで顔を真っ赤にしているのが、兵の肩越しに見える。
ざわめきなど、だが、リュシアンの耳には声ではなく音でしかなかった。
「……単にこの場を治めるために、貴方に求婚したわけではない」
リュシアンは地団駄を踏み、いまにも飛びかかりそうな王女が騎士団に抑えられているのを興味なさげに見やった。商人の男は、話が違うと吠えている。
「南方と北。両端を担う我らが手を結ぶことで、より国土の防衛は強固なものになるだろう。家としての繋がりを作るのであれば、貴殿は申し分ない男性である。が、これはリカールの者としての意見だな」
ミックの上衣は煌びやかな光に照らされて、布が艶やかに、オーロラのように色の波を浮かべている。「気恥ずかしいが、私個人の話をさせてもらうと」リュシアンは、柄にもなく照れたように目尻を下げた。
「着込んでいる服を見ても分かる。貴方は鍛えているだろう? 王女はともかく、あの平民男相手になら拳を振るうこともできた。それに、大声で異議を唱えることもできただろう。けれど、自らが犠牲になることが、この場を治めるに一番平和だと、選び地面に這うことを選んだ。なんと強くたくましい男だろうか。貴族の中の貴族だ。手を伸ばせる位置に居るにも関わらず、なにもしないちんけな周囲の貴族たちよりも、よほどな」
皮肉はきっと、周囲の貴族たちを硬直させるに値する。だが、ミックの真っ白な顔に、段々と血色が戻っていくのが、何よりリュシアンの喜びとなった。温かい民と、厳しい領土。その二つに囲まれて過ごすなら、彼のような人がいい。つまらない催しと、くだらない争いに巻き込まれたかと落胆したが、彼のような宝石を見つけられたのは、リュシアンにとってなによりの幸運である。
夢を見るなど、現実主義者のリュシアンには似合わない。だが、ミックの隣で指揮を振るい、民のために帳簿を捲ることを思い描くと、彼女らしくもなく胸が弾むのだ。
「一目ぼれなど、浮ついた言葉で貴方を慰めることはしない。それでも、私は貴方と協力し、生きてみたいと思ったのは事実。ジェントルマン、どうかこの手を取ってはくれないだろうか」
言い訳を付け加えてしまったが、リュシアンは高鳴る胸に戸惑い、いつもの冷静さを忘れて声を上ずらせてしまった。そんな自分に情けなさと、恥じらいを浮かべて思わず表情をやわらげたリュシアンの、武人らしさの剥がれた顔を受け止めたミックは、ゆっくりと瞬く。そしておずおずと、一度は引いた手を伸ばした。
リュシアンの手に自分の手を重ねたミックは、ようやく、強張った顔をくしゃくしゃにして笑ったのだった。
その後の話としては。
大騒ぎを起こした後始末は、半ば強制的に同じ王族、且つその場で一番位の高いアンナ王女がつける羽目となったため、リュシアンとミックは二人自ら進んで手伝いを申し出た。強固に断りを入れるアンナ王女を押し切って、徹夜で会場を駆け巡り、傍観ばかりの陛下には、付き人を経由して、少々皮肉交じりの一報を送らせていただいた。
全身くたくたになった二人は、それでも親愛なる王女のために奔走した。一晩経ち、何度もアンナ王女に頭を下げられた二人は、そろってリカールの地へと戻る馬車へ乗り込んだ。恐らくマリアは後始末のため、王族から外れることで責任を負うことになるだろう。それよりも、新たな婚約者として現れた平民男は、なんと一夜にして姿を消したと聞く。世間知らずの王女は、内部崩壊をもくろむ組織に傀儡にされたのだと噂が立つことになるが、それは王の情けのための嘘なのか、それとも事実なのかは知らぬところである。
せめてものお詫びにと、王族のみが使用を許された、乗り心地最上級の馬車の中。リカール領へと向かう二人の男女は、「そろそろきちんと自己紹介をしませんか」と、ホールでのおとぎ話のようなドラマチックな出会いが嘘のように、年頃の若者らしく、はにかみあうのであった。
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