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保留オルゴール

スマホで「電電公社」を変換しようとしたら、変換候補に出なくて驚いた。電電公社はすでに過去の言葉になっていた。

電電公社は今のNTTの前身で、正式名称は日本電信電話公社という。昭和60年に民営化され、日本電信電話株式会社、通称NTTとなった。そのNTTも令和7年に称号変更され、正式名称から「電信電話」という言葉が消えてしまった。


電電公社が民営化された当時、私は小学校3年生だった。はっきり覚えている。理由は社会科の授業だ。当時の地図には「電報電話局」という地図記号があり、それが電電公社の公社章だった。担任の先生が「これはNTTになりました」と説明したのが、強く印象に残っている。翌年の昭和61年、その「電報電話局」の地図記号は廃止された。民営化されたため、地図で特定の企業の支店・営業所を示すのはおかしいとなったのだろうか。


電電公社の時代の電話といえば、黒電話である。なぜ黒電話ばかりだったのか。当時は、電話回線には電電公社の機器しか接続できなかったからだ。自己所有の電話機をつなぐ方法も一応存在したが、手続きは非常に煩雑で、現実的ではなかった。そのため電話機は電電公社からのレンタル品となり、結果としてどこの家にも同じような黒電話が置かれていた。短縮ダイヤルや留守番電話といった機能は存在しない。電話番号は覚えるか、書いたものを見るしかなかった。

よくかける相手――祖父母の家の番号は暗記していたし、近所や職場の番号は、テレホンインデックスと呼ばれる、あかさたな順のメモ帳のようなものに書き込んでいた。電話機の横には、それが必需品だった。知らない相手にかけるときは、ハローページやタウンページという、辞書のように分厚い電話帳をめくって探していた。


電話機はレンタル品なので、当然ながら本体に手を加えることはできない。そこで生まれたのが、今では不思議に思えるアイテムだ。その一つが「保留オルゴール」である。

ぜんまい仕掛けのオルゴールで、受話器を載せると重みでスイッチが入り、音楽が流れる仕組みになっている。今なら電話機本体から保留音が流れるが、当時はこうやって工夫するしかなかった。当然、大声を出せば相手に聞こえてしまう。多くの家や会社に、これが置かれていた。

私は実物を見たことがないが、当時パソコン通信をするためには「音響カプラ」という機器も使われていた。マイクとスピーカーが付いており、そこに受話器をはめ込んで、デジタルデータを音声に変換して送受信する。使っていた人の話によると、雑音に非常に弱く、押し入れに入って布団をかぶせて使っていたという。通信速度は300bps。今、スマートフォンで低速制限がかかったときの速度が128kbpsだ。その約430分の1である。


昭和60年、電電公社が民営化され、自己所有の電話機が使えるようになった。「民営化で今までの電話機が使えなくなる」などと不安を煽り、電話機を売りつける詐欺もあったらしい。

我が家でも、これを機に電話機を買うことになった。家族4人で相談し、全員一致で選んだ電話機が「NTTモダン」だった。モジュラージャックに差し込むだけで使え、本体だけで保留音も流せる。オートダイヤルは3件登録でき、父方と母方の祖父母の家、そして父の会社を登録した。100ボルト電源も不要で、これだけの機能を備えていたのだから、今思えばかなり優秀な電話機だった。調べてみると、製造は松下通信工業。当時はNationalブランドで販売されていた。

その松下通信工業も、今ではパナソニックに吸収され、「松下」という名前は消えてしまった。Nationalブランドも今や「謎のメーカー」などと言われるようになってしまった。

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