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ハハキトクスグカエレ

令和7年7月1日、日本電信電話株式会社がNTT株式会社に名称変更した。昭和27年の日本電信電話公社(電電公社)設立以降続いてきた「電信」の名が、ついに消えたのである。

「電信」とは、情報を電気信号に変換して送受信するしくみのことで、明治2年に始まった「電報」は、その電信を利用した代表的なサービスだった。電話が普及する以前、電報は緊急連絡手段の主役だったが、現在では利用はほとんどなく、令和6年にはNTT社長がサービス終了を示唆するなど、先行きも明るくない。今回は、そんな「電報」の想い出話である。


20世紀も終わろうとしていた大学院時代のことだ。友人の齋藤(仮名)の部屋を訪ねたところ留守だった。そんなことは日常茶飯事なので特に気にもしなかったが、一週間経ってもずっと留守が続く。PHSに電話をかけても、「お客様のご都合(要は滞納)によりお繋ぎできません」というアナウンスが流れるばかりだった。

さすがに心配になって共通の友人に聞いてみたが、誰も齋藤を見かけていないという。

さらに一週間ほど経って、ようやく齋藤の姿を見かけた。

「しばらく見なかったけど、どうした?」

と聞くと、

「実家から、母親が死にそうだという連絡が来て、帰っていた」

と、やや憔悴した表情で言った。

「それは大変だったなぁ」などと話をしながら、ふと疑問が浮かんだ。齋藤の部屋には固定電話がない。PHSも止められていたはずだ。その「母親が死にそうだ」という連絡は、いったいどうやって届いたのだろうか。

「お前、PHS止められてたよな? その連絡、どうやって来たんだ?」

と聞くと、齋藤はぽつりと、

「電報」

と答えた。

電話が使えないとなると、すぐに電報という手段を思いつくあたり、さすがは我々の親世代である。同時に、昭和生まれの人間にとって、わざわざ電報まで使って帰って来いと言われる事態が、ただ事ではないことも分かる。

「それで……大丈夫だったのか?」

と聞くと、

「いや、間に合わんかった」

と、齋藤は静かに答えた。

齋藤の実家がどこにあるのか、私は知らない。PHSが繋がっていれば――そんなことを考えたのは、私だけではなく、齋藤本人も同じだっただろう。私はそれ以上、言葉を発することができなかった。


そんなこともあって、私は「電報」という言葉を聞くと、どうしても

「ハハキトクスグカエレ」

という文句を思い浮かべてしまう。実際に齋藤の家に届いた電報がそうだったのかは分からないが、当時の電報は1文字ごとに課金されていたため、

「ハハキトクスグカエレ」

「カネヲクレタノム」

「ヒカリ1ゴデイク」

といった、独特の言い回しが定着していた。


その電報独特の文体は、実は一度だけ、思いがけない形で復活している。平成10年、PHSのショートメッセージ(Pメールなど)の仕様が共通化され、他社のPHSにもメッセージが送れるようになった。しかし送信できる文字数はわずか20文字。

その結果、

「2105エキニツク。ムカエヨロ。」

のような、まるで電報そのもののやり取りが生まれたのである。


時は流れ、平成半ば。当時、私は某所で教員をしていた。ある日の授業で、生徒(私より11歳年下)に、

「お前ら、『電報』なんて知らないだろ?」

と聞いてみた。すると返ってきた答えは、意外なものだった。

「知ってるよ~」

「キティちゃん!」

「ドラえもん!」

この反応を祖母に話したところ、「キティちゃん」「ドラえもん」の意味がまったく通じなかった。説明しておくと、低迷する電報サービスの生き残りをかけて、平成10年に登場したのが「ぬいぐるみ電報」である。メッセージをぬいぐるみに入れて届けるサービスで、キティちゃんは手に持った筒の中、ドラえもんはタケコプターを外すと中にメッセージが入っていた。

そういえば当時、卒業式にはこのぬいぐるみ電報がいくつか届いていた。祝電としてメッセージは掲示するからいいとして、問題はぬいぐるみの方である。先生同士で「これ、どうする?」となり、とりあえず飾りとして体育館の周辺に置いておいた記憶がある。

わずか11年の差で、電報は「ハハキトクスグカエレ」から「キティちゃん」「ドラえもん」へと姿を変えてしまった。その頃には、すでに高校生でも携帯電話を持つのが当たり前になっていた。


そんな私自身が、電報を送った経験は一度しかない。奇しくもその一度は、この11歳年下の生徒たちの卒業式への祝電だった。

電報開始から150年。今や電報は祝電・弔電にしか使われない存在となり、そのわずかな用途すら、レタックス(電子郵便)によって置き換えられつつある。

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