【005】傲慢な王子と、裏切りの貴族
愛の契約を交わした後、アベルは探偵としての活動に一層の情熱を注いでいた。レティシアを救い、彼女が望む国を作る。それが、彼の公私の契約だった。
数日後、護衛団の隊長が秘密裏にアベルの研究棟を訪れた。隊長の顔は青ざめている。
「アベル殿、調査が完了しました。ティーカップに毒を仕込むことが可能だった人物、そして毒物の成分を入手できた可能性が高い人物が判明しました」
隊長の報告は、アベルが論理的に導き出した結論と完全に一致していた。
「実行犯は、宮廷薬師の補助を務めていた、バルトス公爵の息のかかった者です。そして、最大の黒幕は……」
「わかっています。この毒の作用は、レティシア殿下を『自然な病死』に見せかけ、国に混乱を招くことが目的だ。最も利益を得るのは、公爵派と結託した、隣国のフレデリック王子でしょう」
フレデリック王子は、レティシアの婚約者候補として王都に滞在している。彼は傲慢で、自国の権威を鼻にかける男だった。
「王子は、レティシア殿下が病で倒れた後、すぐに自国との合併を進め傀儡政権を築くつもりでした。公爵は、その手引きと王位継承権の操作を担う予定だったのです」
「愚かな企みだ。私の化学は、その愚行を許しません」
アベルは冷たく言い放った。
黒幕を特定した直後、アベルは早速、王宮内でフレデリック王子と遭遇した。
王子は、アベルがレティシアの傍にいる『異端研究官』であることを知っていた。アベルの貧しい身なりを見るなり、王子は露骨に鼻で笑った。
「見慣れない顔だと思えば、噂の"貧民の実験屋"か。王女殿下も落ちぶれたものだ。こんな汚らわしい男を王宮に入れるとは」
フレデリックはアベルの肩を突き飛ばし、高圧的に言った。
「身の程を知れ、庶民。お前のような者に、この尊き王宮の空気を吸う資格はない。お前のいるべき場所は、地面の下だ」
アベルは倒れなかった。彼は冷静に、しかし深く感情を込めて王子を見据えた。
「私はこの国の王女殿下と契約している。私の知識は、貴方方の腐敗した魔術よりも、遥かに尊い真実を導き出します」
「生意気な!貴様の言う『真実』など、この王宮では何の価値もない!」
王子は激怒し、立ち去った。
アベルは怒りに震えたが、その怒りはすべて、クライマックスでの完全な論破というエネルギーに変えられた。彼が王女の傍にいるのは、こうした身分差の毒を完全に打ち破るためなのだから。
その夜、レティシアは離宮でアベルを待っていた。彼女は、王宮内でアベルが屈辱を受けたことを報告で知っていた。
「アベル!貴方が侮辱されたと聞いたわ。私のためにも、もうあのような危険な場所には……」
レティシアの心配そうな顔を見て、アベルは優しく彼女の手を握った。
「心配しないで、レティシア。あの屈辱は、すべて最後の成功のための布石です。私は、彼らの傲慢さに、最高の対価を支払わせるつもりです」
アベルは、レティシアに最終作戦を提示した。
「彼らを完全に断罪するには、公の場で、動かしがたい証拠を叩きつける必要があります。そのためには、彼らが最も油断する、最高の舞台を利用する」
レティシアは、アベルの意図を察した。
「……婚約披露の祝賀会、ですわね」
「ええ。その日、貴方は毒が再発したかのように振る舞ってください。弱りきった貴方を前に、フレデリック王子と公爵派は必ず勝ち誇り、油断します。その瞬間、私が開発した証拠検出の試薬で、彼らの悪事をすべて明るみに出す」
レティシアは、決意に満ちた瞳でアベルを見つめた。
「わかりました。貴方のロジック、貴方の愛を信じます。私は、あの場で最高の病人を演じましょう」
アベルは、レティシアを抱きしめた。
「怖がることはありません。貴方は私が守る。私の知識は、決して貴方を裏切らない。そして、あの場で貴方が見せる素の笑顔が、私の最高の報酬です」
王女の命と国の未来、そして二人の愛を賭けた最後の舞台、婚約披露の夜会の日が迫っていた。




