幽霊屋敷の調査、ですか……?
えぇ、あのすっかり廃れたお屋敷の調査ですね。それはいいんですが……
え? 幽霊? 幽霊が出るって噂なんですか?
それはまぁ……へぇ。
一体どのような幽霊が?
貴族の娘?
家族に虐待を受けて……?
まぁ、それはそれは。
大丈夫ですよ。幽霊が怖いと思った事はないので。
えぇ、はい。
「――リア、お前本当に悲鳴一つ上げないんだなぁ」
「悲鳴を上げるような事がそもそもなかったじゃありませんか、所長」
「それでもすっかり寂れた屋敷だ。中だって随分とボロボロだったし、夜じゃなかったとはいえ、昼間でも充分すぎるくらい不気味だっただろうが」
「足元をネズミが駆けて行った時の所長の悲鳴が可憐な乙女みたいでしたね」
「それは忘れろ」
「ふふ。でも、あの屋敷に幽霊なんていないの、わかってましたからね。
仮にそれっぽいのが出るとして、精々幽霊に偽装した浮浪者だとか、そういう……住む家を無くしてああいった廃墟で凌いでるホームレスかなと思っておりましたので」
「なぁんで、幽霊がいないなんて言えるんだよ。わかんないだろうが」
「あの屋敷に関してはわかりますよ。だって――」
――リアという女と知り合って結構な年数が経過している。
出会った当初はどこか薄汚れた少年みたいだったが、しかし実は女だと知って驚いたのは今でも忘れられない記憶だ。
出会ったばかりの頃はガリガリに痩せていて、髪もボロボロ、ボサボサで本当に少年にしか見えなかったが、いざ身だしなみを整えてマトモな食生活を続けていけば、見違えるような美少女へ変身を遂げた。
栄養を摂れるようになってからは、凹凸も出てきて最早少年なんて間違えようがないくらいになっていって、周囲の男たちがちょっかいをかけるようになっていったものだ。
もっとも、リア本人は誰にも見向きもしなかったが。
探偵まがいの仕事をしていたウチで面倒を見ていたとはいえ、それでもどっかで頃合いを見て出て行く事だってできたのに、拾われた事に恩を感じているのか出て行く様子はない。
こいつの過去をハッキリと聞いた事はない。親のいない餓鬼の過去など聞いたところで……という話だし、同じように自分の過去を聞かれても俺も答えられないからだ。
記憶喪失。
恐らく以前の俺は傭兵みたいな事をして金を稼いでいたようだが、しかし記憶をなくしてからというもの、面と向かっての荒事はあまり得意ではなくなってしまった。
ただ、探し物や調査といった事は得意だったから、そういうのを生業としてこうして今も生活ができている。
リアは俺にとって優秀な助手といったところだ。
出会った当初から感情の起伏が少ないリア。
好きな物や嫌いな物を聞いても特にないと言ってのけるリアの、本人も気付いていないような好みなどを探るチャンスではないかと思って色々とチャレンジしているが、結果は惨敗。
逆に苦手な物や事の方が見つかるのではないか、と思ったが、別に嫌がらせをしたいわけじゃないのでそういうのを探るつもりはあまりなかったが、たまたま依頼された今回の件で、もしかしたらそういうのが苦手である可能性もあるかもなぁ……と思ったのだ。
随分昔に没落した貴族の屋敷。
家の主は何らかの罪に問われたとかで行方をくらました……という噂が主に広まっている。
まぁ、お貴族様相手だと、それが本当に言葉通りの意味かはわからんが。
ひっそりと始末されたかもしれないし、平民になった上でどっかで生きてる可能性もある。
まぁ、貴族が平民として暮らしていけるか、という部分を考えると難しいとは思うけれど。
家の主がいなくなり、働いていた使用人も出ていくしかなくなって、その時に目ぼしい金目の物は使用人たちが持ち去った、とは聞いている。
そうして残されたのは、持ち運ぶには大きすぎる家具だとか、金にならないような物。それらが放置されたままの屋敷は、しかし他の誰かが手を入れる事もないまま長い事放置され続けてきた。
だが、いよいよその屋敷を取り壊す事を王家が決めたらしく、何があるでもないけれど、念のため中を調べてきてほしい、という調査依頼が下ったのだ。
王家が取り壊しを決めたのなら、王家おかかえの兵士が調査に出てもおかしくはないけれど、そこまですると目立つし無用な騒ぎが起きるかもしれないから……と宰相閣下から民間に依頼が下されたわけである。
まぁ確かに武装した兵士は王都の中でも見かけるけれど、基本は少人数。街では二人一組で行動しているのを見かけるが、屋敷の中を調査するなら二人では少なすぎる。
かといって、もう少し数を集めると確かに目立つ。そうなると一体何があったのかと心配する者たちが現れるだろうし、他の場所に兵士がいないと決め打って悪事を行う者も出てくるわけで……
そうでなくとも結構ボロボロになった屋敷だ。武装した兵士が大勢で入った事で、建物が余計傷んで床が抜けたり壁が壊れたり……なんて事もあるかもしれない。
階段が途中で壊れたりしてそこから落ちて怪我でもしたら大惨事だろう。
だったら最初から武装など特にする必要のない俺たちみたいなのに依頼を出した方が……という考えになったというわけだ。
で、そこの屋敷。どうやらかつてそこで暮らしていた娘の霊が出るという噂があった。
ただ、娘がいたとは聞いているが、どうして幽霊が出るのか、という部分の噂はいくつかあってどれが真実なのかはわからない。
家族に虐げられていて、屋敷の中で死んでそれを隠蔽されたとか、はたまた婚約者に裏切られ失意のうちに自殺をしたのだとか。
ギリギリ嘘ではなさそうな、実際にありそうな感じの噂が複数。
その噂を全て真実とすると矛盾が生じるものもあるので全部が全部本当ではないはずだが、どれかは正しいのかもしれない……とまぁ、そういった感じではあるものの真偽は不明。
ちなみにその屋敷の中を調べた結果、別に今のところ誰かが忍び込んでそこでひそかに暮らしていたなんて事はなさそうだったし、誰かの死体があったとか、そういう事もなかった。
仮にここにかつて住んでた令嬢の死体があったとしてもとっくに白骨化してる程度には月日は流れている。
依頼内容を聞いた時に、危険性はそこまで高くないと判断したからこそ、リアも誘った。
俺一人で充分だったけど、まぁなんだ。リアの苦手な物が発覚する可能性もあったから。
ところが実際は何もなかった。
屋敷はどこまでも古びてボロボロになっただけの屋敷だったし、リアは終始無表情でなんの変化もなかったし。
俺とは違う目線で変わった事を見つける可能性もあった、という理由もあるが、そちらも結果は何もなし。
何事もなく終わった、という点では良い事だが、それでもなんとなく。
自分がうっかりネズミに驚いて悲鳴を上げたのにリアが平然としていたからもしかしたらやっぱり幽霊がいたかもしれないだろ、なんて脅すような感じでつい、言ってしまったのだ。
けれどそんな俺の些細な悪戯心はリアの次の言葉であっさりと消し飛んでしまった。
「――だってあの屋敷で暮らしていた令嬢は、私だもの」
――さて、少しだけ昔の話をいたしましょう。
私はあの屋敷で産まれた、所謂貴族の娘でした。
父と母は政略結婚で愛なんてものは存在していなくて、幼い私の目から見ても随分と冷め切ったものでしたよ。
そんな中、母が死んで、その後すぐに父は再婚しました。
今にして思えば、既に愛人がいたのでしょうね。そしてそれが再婚相手となった。
そうしてその後、彼女は子を産んだ。妹でした。
父からすればその時点で私の存在はないものとなったのでしょう。
与えられていた部屋から追い出され、今までよりも狭くて汚れた部屋に押し込められて、そうして私は放置され続けました。
一応食事を運んだりはされていたけれど、でも、旦那様と奥様にとって疎ましい娘、となれば使用人もそれに倣います。えぇ、貴族の娘とは思えないほど粗末な食事を与えられ、身の回りの世話をする使用人すらいませんでした。
だからあの時はいつだってお腹を空かせていたし、身だしなみもボロボロで。きっと使用人たちの方が良い物を食べていたと言えますよ。だって私に与えられたパンは、時々カビだって生えてましたから。スープに虫が浮いている事もありましたね。
まだ幼かった私はそれでも親の愛を求めていました。でも父は見向きもしません。
使用人たちは私を下に見ていいものと見なしました。
部屋の外で、こちらに聞こえるような声で嘲るのです。
部屋に鍵は掛けられていなかったけれど、それでも部屋を出ると叱られました。
生まれたばかりの妹に危害を加えられると思ったのかもしれません。でも完全に閉じ込めるのはもしそれが知られたら外聞が悪いと思ったのかしら?
そんな中、私の部屋にわざわざ来ては嫌味を言う使用人がいました。
いずれは成長した妹の専属侍女になるために、と新たに雇われたらしい娘。
細身で、まだ入ったばかりだから不手際も目立つのか時折叱られていたのは知っています。
なるべく人のいない場所で叱るようにされていたからか、私の部屋の近くでいつもそれは聞こえていました。
そうして叱られた後、彼女はわざわざ私の部屋に来て、愛されない子供がどうだとか、いらない存在とか、色々と私に言葉を投げつけていきました。
叱られた事への腹いせ、八つ当たりだったんでしょうね。
そうして言いたい事を言ってスッキリして仕事へ戻っていく。
なんで私こんな目に遭ってるんだろう?
そう思うのは当然でした。
生まれた時からそういうものならまだしも、母が生きていた時までは私は普通の貴族令嬢として育っていましたから。母が死んだ後からの生活に納得などできませんでした。
でも、だからって現状を訴えるにしても、父は私の事などどうでもよくて、継母だってそれはそうです。自分が産んだ子が一番で、私の事などむしろ邪魔だと思っている。
使用人だってそれに倣っているのだから、周囲の大人に助けを求めるにしても、誰も助けてくれないのは私にだってわかっていました。
だから、自分でどうにかするしかないと考えたのです。
考えて、じっくりと考えて。
ここにいてもお先真っ暗。だったら、ここを出ていくしかないだろう、という結論に至るまでそう時間はかからなかったと思います。
でも、軽率に部屋の外に出て屋敷から出ていこうにも、恐らくそれも使用人たちに阻止されるだろうなと思いました。
だから私は。
いつものように失敗を叱られて、私の部屋へやってきた彼女が来るのを待つことにしたのです。
周囲に誰の目もないから、彼女は私への八つ当たりもどんどんエスカレートしていきました。
自分より身分がある貴族なのに、ロクに抵抗もしてこなかった私はさぞいいマトだったのでしょう。
ですが、それも終わりを迎える日がやってきました。
私は彼女が部屋にやって来て、ドアを閉めたところで椅子を振りかぶって彼女の頭に振り下ろしました。
さぁ今日もお前に八つ当たりしてやるぞ、とばかりだった彼女はまさか私がいきなりそんな事をするなんて思ってもいなかったみたいで、ぎゃっと小さな叫びをあげて蹲りました。一体何が起きたのかを確認しようとこちらを振り返ろうとしたところに、もう一度椅子を振り下ろして、ガッ、とか、ゴッ、とかそんな音をたてながら、私は何度も椅子を叩きつけました。
その間に何か言ってたと思いますが、大方やめてとかそういう感じの事でしょう。
何回目かは数えていませんが、ともあれ彼女が動かなくなったので私は一度蹴ってみて、反応が無い事を確認した上で彼女の服を剝ぎ取りました。
背格好は似ていたんですよ。髪の色も……まぁ、似てない事はないかな、と。光の加減で違って見えるとでも言えばいいでしょう。その時の私はそんな風に考えていました。
彼女が着ていた服に着替えてどうにか彼女に見えるよう髪も纏めて、私は部屋を出ました。久々に屋敷の中を移動したので、どこに何があったか忘れていた部分もありましたが、普段から彼女を叱りつける使用人が私を見つけて、すぐさま指示を飛ばしたのです。
あれをしろこれをしろ、と次から次に。
私が彼女でないと気付いていないのか、それともそんな事すらどうでも良かったのか。
仕事さえすれば誰でも良かったのかもしれません。
慣れない事で手間取って、また叱られはしたけれど私は神妙な顔をして謝罪を繰り返しました。
そうして、そのままこれはどうすればいいのか、なんて教えを請えば一頻り叱った事で満足した使用人はその後色々と教えてくれるようになりました。
なんでも、私が成り代わった彼女は貴族の愛人が産んだ子で、いつか貴族として迎え入れられるのだと思っていたらしく、それ故にプライドが無駄に高かったようで今までの仕事ぶりはあまりよくなかったのだとか。
どうしてそんなのを雇い入れたのでしょうね?
まぁ、どうでもいいです。
ともあれ私は何故か周囲に何も言われないまま、彼女となって使用人の仕事をするようになりました。
あの部屋には彼女の死体がありますが、食事を運ぶ時の役目を名乗り上げれば皆すんなりとその役目を私に譲ってくれました。いえ、押し付けた、が正しいのかもしれません。
だって旦那様や奥様が疎んでいる前妻の娘なんて、関わったところで良い事なんてありませんから。下手に関わって情を持って、彼女のために何かした事で解雇、なんて事になったら。
使用人にも生活があるのだから、そんな危険な事回避したいに決まっています。
だから、その後は何を言わなくても食事を運ぶのは私専用の仕事になりました。
食事を持っていって、そうして死体をさてどうしようかと考えて。
私もその時から細かったけど、彼女も細かったのでとりあえず夜中に彼女を運ぶ事にしました。
庭の裏に古井戸があって、そこが使われていないのは知っていましたから。
椅子で叩きつけたから頭からは血が出ていましたが、それを拭いて、念のためシーツを切り裂いてそれで更に包み込んで、真夜中に彼女を引きずって。
蓋をされていたからそれを外して、水もなく枯れ果てた井戸に彼女を捨てました。そうして蓋を元に戻して、彼女の部屋へと戻って。
次の日は眠くて仕方がなかったけれど、それでもどうにか仕事を始めました。誰もいない私の部屋に食事を運んで、前日の物も纏めて処分して。
そのまま彼女として居座り続ける事も考えたのですが、それは得策ではない、と思ったので。
できればお金になりそうな物を持っていきたかったけれど、私の部屋以外だと他の使用人たちの目があります。だから下手な事はできなかった。
使用人として窃盗の罰を受ける事になるのも、私が彼女ではなく前妻の疎まれた娘であるというのが発覚する事になるのも、どちらにしても厄介です。
むしろあの子ってあんなだったっけ……? と既に訝しんでいる者がいたので、あまり時間をかけるのは悪手である、と思いました。
なので私の部屋に夕飯を届けて、その後私は使用人として食事を済ませ、明日の準備に取り掛かる振りをしてこっそり屋敷を抜け出したのです。
その際に、いくらなんでも女性用の使用人の服では目立つだろうと考えたので、男性用の使用人の服を失敬しました。夜に女が一人でいるとなると、一体どんな厄介ごとに巻き込まれるかわかったものじゃありませんから。
そうはいっても、お金も何も持たずに出てきたので。
食べる物に困ったし、どこかで働くにしたって身元も確かではない相手を雇ってもらえるところなど、そう見つかりません。
すぐにふらふらになって、見た目もボロボロになって。
あぁ、やっぱ出てきたのは軽率だったかな……とそろそろ死を覚悟し始めたあたりで。
私は所長に拾われたのです。
「ですので、まぁ、あの屋敷に幽霊が出るとしても。
令嬢の幽霊というよりは、私が殺した使用人の少女の霊か、はたまた私の母の霊あたりなら出るかもしれませんが……別にいませんでしたからね。そんなもの。
ましてや、私は生きているから、令嬢の幽霊なんて出るはずがない」
そう言えば所長はぐっ、と強く目を閉じて、それからゆっくりと開いた。
「そういう事か……」
「はい。それで、どうしますか?」
「どう、とは?」
「今聞いたでしょう? 私は人を一人殺しています」
「あぁ、どうもしないさ」
「あら、そうなんですか?」
「正確にはどうにもできない、だな」
そう言えばリアは何を言われたのか理解できないとばかりにきょとんとした表情を浮かべていて。
「あの屋敷、というかあの家のその後については?」
そう聞けば、いいえ、と短い否定の言葉が返ってくる。
だろうなと頷いて、自分が知っている情報を教える事にした。
――あの家の貴族は確かに政略結婚だった。妻が死に、夫が後妻を迎え入れる。
ただ問題はあの家の当主は妻の方で、夫は入り婿に過ぎなかった。
つまりは、再婚相手との間に子供が産まれたところで、そいつが家の跡取りには絶対になれない。
正式な後継者は姉の方で、リアの言葉が事実であるのなら閉じ込められていたご令嬢こそがそうだ。
そしてそんな令嬢に対して八つ当たりをしていたという使用人の少女は、貴族の愛人が産んだ子で自分も貴族の血を引いていると言ってたんだったか……
だが、つまりそれはその時点で庶子でしかなかったという事になる。
いずれ貴族として迎え入れるつもりだ、と言われたらしきそれを少女は信じていたようだが、だとすればその家で使用人として働くのはどうにもおかしい。
いや、確かに貴族の子女が行儀見習いとして他家で使用人として働く事がないわけではないが、それでもその時点で最低限の礼儀作法は学んでいないといけない。そうじゃないと、どんな失礼を働くかわかったものじゃないからな。
だが少女はその最低限の礼儀すらなっていないようだった。いくら軽んじられているとはいえ、その家の令嬢相手にそこまで失礼な事をするのがそもそも有り得ない。
恐らくはいずれ自分は貴族として迎えられると信じているだけで、実際はそんな事はなかったんだろう。
人間夢を見ている間は現実に盲目になりがちだからな。
貴族が平民を殺した場合、余程の事がない限りは罪には問われない。
あまりにも理不尽な事をすれば勿論民からの反発もあるから裁かれないわけではないが、さっきの話を聞く限りいくら存在を軽んじられているとはいえ貴族令嬢が躾のなっていない使用人を排しただけと言えなくもない。
庶子であったならそれは貴族ではなく平民として扱われるものだからな。
今のお前が平民であるとしても、当時貴族令嬢だったのなら罪に問うのは難しいだろうさ。
そもそも勝手に仕事でもなく八つ当たりのためだけに貴族の部屋に入るとか、その時点で殺してくれと言ってるようなもんだ。
まぁ、ともあれ。
あの家の正式な後継者はその令嬢だった。だが、その令嬢が忽然と姿を消した。使用人の一人と共に。
令嬢が成人するまでの間の中継ぎであった父は邪魔者がいなくなったとばかりに大手を振って自らがその家の当主であると振る舞った。そして発覚するお家乗っ取り。
本人にそのつもりがなくてもそうなってしまった以上、令嬢の父は捕まる事となったし後妻もそれに便乗したようなものなので罪からは逃れられない。
生まれたばかりの子供にまで咎を与えるのは……となったのでその子は確か孤児院へ預けられたと思うが、父と後妻は身分を奴隷に落とされて罪を償う事となった。
使用人たちのほとんどもその家の正当な後継者を軽んじていたというのもあって、そこで働く事はできなくなった。
それ以前に、後継者である令嬢の姿がどこにも見えないのだから、屋敷で働くにしたって誰が給金を支払うのかという話になる。
邪魔になった娘を殺したのではないかと父に嫌疑が向けられたものの、それを否定したところででは娘はどこに? となれば答えられるはずもない。
部屋に閉じ込めていた、と答えても、その部屋に既に娘はいなかったのだから、邪魔になって殺したんだろうという疑いはますます増した。
令嬢の姿が確認できない以上、殺したと断定もできないが、殺していないとも限らない。
姿を消した使用人の少女が連れ去ったとしても、目撃情報はどこにもない。
使用人たちも屋敷を出ていくしかなくなって、その家の親類が家を継ぐにしても流石にそんな醜聞がついて回る家を継いだところで……と拒絶され、結果として貴族名鑑から一つの名が消えた。
念のため令嬢が生きている事を考慮して捜索願を出しているようではあったけれど……
それも数年がたてば発見は絶望的となって先日正式にその令嬢も亡くなった、と記録された。
そうなれば、一応で残されていた屋敷もこれ以上残すわけにもいかない。
故に取り壊しが決まったのだ。
そして取り壊す際にもう一度、念のため調査をしてほしいとなったのが今回の一件というわけだ。
「リアって名前は本名か? それとも名前の一部をとっただけか?」
「いえ、どちらでもありません。屋敷から出て、適当にふらふら彷徨ってる時に聞こえてきた名前だったので……」
「全然関係のない名前だったのか」
「なんとなく耳に馴染んで丁度いいやと思いまして」
「あぁ、だから余計に捜索したところで見つからなかったって事か……」
「行方不明になった令嬢を探している、として、きっと私の特徴は探されている令嬢の特徴とかすりもしなかったんでしょうね」
「あー……まぁ、な」
存在を軽んじられたと言えども、流石に浮浪児並みにボロボロな令嬢などいるとは思われていなかった。
故に行方を捜しています、なんて感じで出されていたものに書かれていた特徴も目や髪の色くらいしか正確なものは記されていなかっただろう。
「あの家の令嬢は正式に亡くなった、とされたわけですか。であれば、もう私は完全に単なる平民という事ですね」
「そうだな……」
それでいいのか? と聞けばリアは今更戻ったところで珍獣を見るような目を向けられるだけでしょうと返す。
確かにそうかもな……と納得したので、それ以上は言えなかった。
帰るべき場所があるのなら帰るべきだ、とは思うけれど。
その場所もすっかりと廃墟同然になって今更帰ったところで誰も待ってはくれていないのだ。
むしろ正式に余計なしがらみが断ち切られた、とリアにとっては丁度良いのかもしれない。
そういえば、とふと思い出す。
先程リアは使用人の少女を庭にあった古井戸に捨てたと言っていた。
確かに庭に古びてすっかり使われていないだろう井戸らしきものはあったが、しかしそこには蓋もされておらず、埋め立てようとしたのかそこにはびっしりと土が詰まっていた。
彼女がそれをしたわけではないのなら。
彼女が出て行ったあとでそれをやった誰かがいたという事に他ならない。
その時に井戸の底に捨てられた死体が見えたりしなかったのだろうか?
見えたからこそ埋めたのではないか。
もしそうであったなら。
父親が埋めた?
娘が井戸に落ちて死んだと思って?
いや、だとすれば、自分が殺したわけではなく事故で転落したなどと証言するはずだ。だがそういった話はなかったはずだ。屋敷の調査を依頼された時に、あの屋敷に関する情報を渡されている。少なくともそこにはそんな事記されてはいなかった。
では使用人が埋めた?
令嬢が落ちたと勘違いしたにしても、流石に軽んじているとはいえ貴族令嬢が死んだ以上放置はないだろうし、そうでなくとも行方不明という話が出た時点でそれを言わないのはおかしい。
では、令嬢が落ちたと思ったのではなく使用人の少女が落ちたと思われた?
であれば、粗忽な娘が勝手に落ちたのだと思われた?
そちらの方が考えられない事もない。
何度も叱られていたという話だし、であれば物覚えの悪い娘に他の使用人が辟易していた可能性は高い。
そんな娘が少し改心したように見えてもすぐさま姿を消したのであれば、やはり嫌気がさして逃げ出したのだと思うだろう。
屋敷の中で死んでいた、となれば外聞が悪いがしかし相手が嫌気がさして逃げ出したとなったのなら、他の使用人に迷惑がかかるでもない。
人が死んだ屋敷で働いていた、なんて後から他の屋敷で働く事ができたとしても、あまりにも外聞が悪く紹介状があったとしてもその噂一つで簡単に印象は悪い方に傾いた事だろう。
仮にそうだったとしても、どちらにしても令嬢の行方がわからなくなって事態が大きくなった以上、使用人が一人死んだ以上に醜聞が広まったとも言える。
誰かがやったであろう証拠隠滅は、結局なんの意味もなさなかった。
「調査結果としては、幽霊なんかいなかった。とりあえずそれは確かだったな」
これ以上この話をしたところで、どうなるものでもない。
今更実はあの屋敷で暮らしていた正当な後継者です、とリアが名乗り出たところで、既に貴族としての存在は消された後だ。どのみちリアも出ていくつもりはないらしい。
であれば、この一件はこれで終わりだ。
調査報告書に『異常なし』と記せば、リアは何事もなかったかのようにその書類を封筒に入れた。
井戸が埋められてる件に関しては、お嬢様が使用人と入れ替わった事を知った「味方はしたいけどそれやると自分の身が危険になるし……」で見て見ぬ振りをするしかなかった使用人がこっそりやったのかもしれないし、お母様の霊が証拠隠滅した可能性もあるかもしれない。お好みのフレーバーでどうぞ。
次回短編予告
父と母、そして妹。
姉である彼女の存在は、軽んじられていた。愛されるのは妹だけ。
やがて全てを奪われると察した娘は、最後に嫌がらせを仕掛ける事にした。
そう、悪魔召喚である。
次回 奪われる前に譲ります。ただし罠も仕掛けておきますが。
精々現世を楽しみなさいませ。




