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第9話 理由③

(やれやれ、この王女様は読心術でも心得ているのか?)


 ジュノーンはリーシャ王女の問いに対して、苦笑を洩らした。

 そう……彼女の予想通り、彼が今回の行動に走ったのは、何もハイランドの為政者が素晴らしく、ローランドが腐敗しているから、といった単純なものが理由ではない。

 根本的には、彼の個人的な理由が主な動機となっていた。


「セシリーに何か聞いたか?」

「いえ、何も……何となくですが、それだけが理由でここまでしてくれるとは、ちょっと考え難くて」


 どうやら、この王女は相当に洞察力が優れているらしい。

 ジュノーンは小さく息を吐いて、理由について話す事にした。


「俺は先程バーンシュタインと名乗ったけれど、生まれは別の家系だったんだ。ほんとはもっと大きな領土を持っていて、名門で……王に意見ができるくらいの力もあって、親父は遠くない未来に宰相になる予定の男でもあったんだ」

「……どういう事ですか?」


 リーシャは首を傾げた。

 彼女からすれば、とてもではないが理解が追い付かない事だろう。


「俺の七つの誕生日の時だった。館は俺の生誕を祝い、幸せ一色だった」


 ジュノーンは説明を続けた。

 彼がこの時の事件について話すのは、義父であるバーナード以外では初めてだった。腹心であるセシリーにすらこの事は濁して伝えてある。

 だが、どうしてかジュノーンはリーシャに話したくなったのだ。


「でも、その時、()()()野盗の集団が館に攻めいってきた。そこで、俺の両親も、従者や侍女、護衛も……全て俺の目の前で殺された。父も剣術に自信があったが、数が多かったのと虚を突かれた事もあって、あっさり殺された。母さんも……いつも遊んでくれていたメイドも、皆殺されたんだ」


 母やメイド達がどういった様子で殺されたかは説明しなかった。

 それは思い返すだけでも彼にとっては胸糞が悪くなる事であるし、純粋で穢れを知らぬ王女に話す内容ではないと考えたからだ。

 あの時の光景は今でも彼にとっては夢に出てくる光景だった。泣き叫ぶ声と許しを請う悲鳴……それを嘲りながら斬り捨てる悪漢達。それはまさしく地獄絵図だった。あの時の光景に比べれば、まだ兵士と兵士の戦いである戦場の方が随分人間味があるとさえ彼は感じていた。


「そ、そんな……そんなのって……」


 リーシャは片手で口元を押さえた。

 敢えて言葉は濁したが、彼がどんな光景を見たのか、彼女も想像したのだろう。


「政敵ってやつさ。野盗を装っていたけど、現宰相のマフバルが差し向けた刺客ってところだったんだろうな。親父が死んで、最も利得を得て出世したのは奴だったからな……ガキでもあいつが犯人だと言うのは分かったさ」


 それに、彼の屋敷を襲った刺客達が、マフバル=ホフマンが依頼主だと言っていた。マフバル宰相が犯人で間違いはないだろう。

 ジュノーンは何度も何度もマフバル宰相を暗殺しようか考えた。しかし、仮にマフバル宰相を殺せたところで、自分も死ぬ未来しか残っていない。

 彼がただの無法者だあったならばそういった選択肢もあっただろうが、彼は自分を養子にしてまで守ってくれたバーナード=バーンシュタインには恩がある。彼の養子として生きている限り、バーナードには迷惑を掛ける事ができなかったのだ。


「どうしてジュノーン様はその状況から……生き残る事ができたのですか?」


 王女は当然に持つであろう疑問を口に出した。

 政略戦争で親が殺され、子が生かされるはずがない。しかも相手は暗殺のプロである。その絶望的状況から七歳の子が逃げるのは不可能だ。


「皆殺しにした」

「えっ?」


 思いもよらない言葉に、彼女は困惑した表情を浮かべた。


「リーシャ王女も見ただろう? 牢を抜ける時に」

「黒い……炎?」

「そう、あの黒い炎だ。怒りに我を忘れた七歳の俺は、突如よくわからない力に目覚め、全てを燃やし尽くした」


 ジュノーンは手綱を持っていない方の手のひらに黒い炎を出した。黒い炎により、うっすらと道が明るくなる。

 

「この炎がどういう原理なのか、今でもわからない。魔法についても調べてみたけど、詳細はわからなかった」


 ジュノーンは手のひらから炎を消して手綱を持ち直すと、続けた。


「黒い炎なんて、火の精霊魔法にも、闇の精霊魔法にもなかったからな。ただ、これは神がくれた力なのだと……復讐する為に神が俺に与えてくれた力なのだ思う事にしたよ」


 この力のせいで異端だと恐れ罵られた事は少なくない。

 ただ、それ以上にジュノーンは武功を重ねた。父から学んだ剣技に磨きを掛け、若い頃から少年兵として戦場に出て、その剣技と黒炎で何度も無謀とも言える戦いを乗り越えてきた。

 そうして戦果を重ねるうちに、民はジュノーンを救世主と崇めた。そして、ローランド人は敬意を込めて、ハイランド人は畏怖を込めて、彼を〝黒き炎使い〟と呼んだ。


「だから……私を助けたんですね」


 リーシャは悲しそうに呟いた。


「ああ。残念ながら、ただ正義の申し子みたいな理由だけでリーシャ王女を助けたわけじゃない。俺はローランド帝国に、いや、マフバル=ホフマンに復讐する切っ掛けが欲しかったんだ」


 ジュノーンにとって、ローランド帝国には何ら愛着もない。ただ、彼がこれまでこの国に従っていたのは、彼を救ってくれた義父・バーナード=バーンシュタインに対する恩義の為だけだ。

 その彼が亡くなったのであれば、彼はもうこの国に従う理由がないのである。


「それに……リーシャ王女。君にはそんなひどい世界を、見て欲しくなかったんだ」


 予想もしていなかった言葉に「えっ」とリーシャは驚いて振り返っていたが、青年は何も応えなかった。

 あのままあの牢獄にいれば、彼女の心は確実に壊れていただろう。母親の病気の為に薬草を採りに行きたいというその純粋な行動を、心から悔やんでいたはずだ。

 だが、親を想う気持ちや行動が過ちであった良いはずがない。親を亡くした彼だからこそ、自分は親に対して何も返せなかったからこそ、余計にそう思うのだった。


「ところで、リーシャ王女。ペルジャ草というのはどこにあるんだ?」


 ジュノーンは慌てて話題を変えた。

 リーシャが不思議そうに彼を見上げていたからだ。


「リマ草原、というところにあると聞きました……近いでしょうか?」


 リーシャも、敢えてそれ以上の事は何も突っ込まなかった。

 ただ嬉しそうに、そして愛おしそうな笑みをうっすらと浮かべて、彼に信頼の眼差しを送っていただけだった。

 

「リマ草原か……ハイランドに行くには多少遠回りになるが、行けない事もない。急ごう」


 ジュノーンはそんな彼女の表情に気付かないふりをして馬の腹を蹴り、馬速を上げた。

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