第33話 条件
要望を飲まぬなら自決する──リーシャのとんでもない宣告に、再び謁見の間にてざわめきが生じていた。
ヴェーダなどは、音を出さず口笛を鳴らす様な仕草を見せている。まさかリーシャがこれほどまでの覚悟でジュノーンを守るとは、さしもの美しいエルフも予期していなかったのだろう。
そして、宰相イエガーは、国王フリードリヒの一瞬娘に気圧された表情──王女の覚悟に気圧され、優れた為政者の表情から、愛娘に嫌われた事を危惧するかのような焦燥した表情──へと移った事を見逃さなかった。
(おやおや、これはどうやら父親の負けですかな?)
イエガーは喉の奥で小さく笑った。
いつぞやの時、彼にも娘がいた。女というのは惚れた男と自らの子の為ならば時として命すら捨てる事ができる強い生き物であることを、彼はよく知っていた。
結果として、イエガーも娘との論争に負け、辺境に領地を持つ下級な貴族との結婚を許した。その娘は今では二人も子を作り、辺境の館で幸せに暮らしている。
(リーシャ王女も知らぬ間に大人になられたものだ。それとも、この数日間の間に大人になられたのか……あまりこういった事を話すと、陛下は不機嫌になられてしまうのだがな)
宰相イエガーはパンパンと手を数度叩いた。
「ほっほっほ……陛下も王女殿下もそう熱くならず、落ち着いてお話しようではありませんか。どうやら、ジュノーン卿についての判断も、殿下の話を伺ってからでないとどうしようもないみたいですしの」
イエガー宰相はにこやかに言葉を伝える。
それまての張り詰めた空気が、一気に和やかになった。
謁見の間にいた臣下達が、ほっと安堵の息を吐いた瞬間でもあった。
「わ、私とて今すぐ斬ろう等とは思ってなどいないぞ。あくまでも、どのような面でノコノコとここまで来たのかをだな……!」
ぶちぶちと小言を言いながら、フリードリヒ王は玉座へと戻る。
ここでリーシャもようやく安堵の溜め息を吐いていた。
「それではリーシャよ……ここ数日何があったのか、何故ローランドに行ったのか、経緯を聞かせてくれないか」
国王は落ち着きを取り戻すように咳払いしてから説明を促した。
リーシャは時系列順に、正確に説明を行った。だが、説明を終えると、案の定その軽率さについては咎められていた。王女が単身で敵国に乗り込む等、軽率を通り越して無謀である。
とは言え、その王女の軽率な行動について、リーシャからペルジャ草についての話を聞かされていながら、門前払いしてしまったのはフリードリヒ王本人である。彼にも責任があった事もあり、あまり強くも言えなかったようだ。
詰まるところ、この父王はとことんな親バカなのである。ジュノーンは親子のやり取りを見ていてそう結論付けた。それは、宰相イエガーが絶賛したくなるほど正しい見解だった。
「して……リーシャよ。お前はそのジュノーンの処遇についてはどう考えているのだ?」
本題だ、とリーシャは表情を引き締めた。
「ジュノーンを武将として登用して下さらないでしょうか? もし無理と申すのでしたら、私が私兵として彼を雇います」
彼女は自らの要望を言った。
フリードリヒ王は何も答えなかったが、周りの家臣や貴族からは罵詈雑言が飛んだ。
ローランドの犬を登用するなど有り得ない、処刑は行き過ぎにせよ投獄すべきだ、もし未だローランドと内通していればどうするのだ、彼に今まで殺された者の遺族の気持ちはどうなるのか、と言っている事は至ってまともだった。
それらの意見は全て正しかった。渦中の人であるジュノーンでさえも聞いていて納得を覚えてしまうものだった。
「沈まらぬか!」
だが、フリードリヒ王は、一括して周囲を黙らせる。
そして、深呼吸してから結論を続けた。
「ジュノーンよ……まず先程の非礼を許してほしい。そして我が娘・リーシャを助けてくれた事を心から感謝する」
「はっ。身に過ぎる光栄でございます」
ジュノーンは今一度頭を下げ、国王からの謝辞を受け取る。
「だが、リーシャからの情報、そして要望を鵜呑みにしては、ハイランドとしては竜を飼うようなもの……それも、貴公ならば十分に理解できるな?」
「承知しております」
ジュノーンはきっぱりと答えた。まさに、その通りだと思ったからだ。
処刑は免れても投獄は免れないと思っていた。しかし、国王は予想外の事を言った。
「ところで、だ……竜と言えば、ハイランドがまだローランドと一つだった頃……この国が如何にしてルメリア大陸に威光を放っていたか、ジュノーンは知っておるか?」
「はあ……いえ、存じ上げません。勉強不足で申し訳ありません」
話の流れが変わったな、とジュノーンは思った。
リーシャですら父君が何を言いたいのか分からなかったようだ。フリードリヒは気にせず続ける。
「それは、竜騎士部隊が存在したからだ」
ハッとジュノーンは顔を上げる。
聡明な彼は、そこで国王が言わんとしている事がわかったのだ。
「この国の紋章が何故竜を象っているのか……それは、ハイランド王国が過去はルメリア大陸で唯一の竜騎士部隊を持っており、竜が生存する山の麓にあった国だからだ」
フリードリヒが室内に飾られた旗を指差す。ハイランド王国の王旗だ。そこには確かに竜が象られた紋章があった。
「これは知らぬ者もいるが、このハイランド王国の裏にある山頂付近の一帯は、未だ竜の巣となっている……そこで、だ」
そこまで話せば、リーシャにも父王が意図している事が読めた。
だが、それはあまりにも無茶な提案だった。
「かの山に一人で登り、野生の竜を従え竜騎士として舞い戻れ。さすれば、ハイランド王国の騎士として汝を認めよう!」
再び、謁見の間が揺れる。
ハイランドに竜騎士がいたのは事実であるが、もう何十年も前に竜を扱える者がいなくなり、騎竜として飼われていた竜も山に返したとハイランドの歴史書には記されていた。
それにも関わらず、ジュノーンに竜を捕まえて来いというのだ。誰が聞いても無茶というのは間違いない。
「そ、そんな……お父様! 無茶を言わないで下さい! そんなの出来っこありません……! それでは処刑するというのと変わらないではありませんか!」
リーシャが〝賢王〟の出した条件に反対するのも尤もだった。
王家では、リーシャの祖父が若かりし頃に一度竜を捕らえようとして山に登った。しかし、竜は狂暴で、とても使役できるものでなく、先代の王は大火傷を負って命からがら逃げかえったと記録されている。自分が殺さない代わりに竜に殺させようという意図が丸見えだからである。
行けば竜に殺され、拒めばこの場で処刑、或いは投獄される──今、ジュノーンに残された選択肢は、どちらも大差がない様に思えた。
「私はジュノーンに訊いている。ジュノーンよ、そなたはどうする? 無理せず投獄という選択肢も勿論あるぞ。リーシャを助けてもらった礼として、死罪は免除してやろう」
リーシャは強く拳を握りしめ、憤怒を堪えた。この様な振る舞いは、彼女が憧れた父のやり方ではないと思ったからだ。
ジュノーンは父王を真っ直ぐ見ていた。視線が交わり、そこに国王の意図を読み取った彼は、口角を上げた。
「承知致しました。陛下のご意向にお応え出来るよう、尽力致します」
「ほう……それは本当か? 彼ら竜は我らから手を出さねば襲って来ない温厚な種族であるが、こちらから手を出せば容赦なく火炎の吐息を放ち、殺しにかかってくるぞ。それでも挑むというのか?」
「はい。私はリーシャ王女と約束をしております。彼女の為にも、その任務をこなさなければなりません。必ずや竜を従え、舞い戻りましょう」
ジュノーンがはっきりと断言すると、〝賢王〟もにやりと笑みを浮かべた。
そこで、今回の謁見は終わった。
その後、ジュノーンについてああだこうだ言う家臣や貴族達を横目に、リーシャは彼の横顔に悲しい眼差しを送るのであった。




