第30話 帰国
ジュノーン達がエルフの里を去って、三日が過ぎた頃──ハイランド王国の王宮に激震が走っていた。
一週間程行方不明となっていたリーシャ王女が、国境付近のリベルの砦に〝帰らずの森〟の方面から現れ、現在王都に向かっているとの報告がなされたのだ。
ローランドに捕まったのでは、との憶測も立てられていた事から、この報告が急報として謁見の間に響いた時、国王や側近は安堵でぐったりと倒れ込んだと言う。
ローランド帝国も、リーシャ捕縛の件については内密に事を運んでいた事もあり、まだハイランド陣営に知られていなかったのだ。これは、あらゆる策を決めてからハイランド側に通達する予定であったローランド側のミスである。
「それで、リーシャは今どこにいるのだ!」
ハイランド国王・フリードリヒ三世は謁見などそっちのけで報告兵に訊いた。
「はっ。リーシャ王女は連れの者と共に、今はこの王宮に向かっているとの事です!」
「連れの者、だと? 何者だ」
〝帰らずの森〟から出てきたというだけでなく、連れがいると聞いて、フリードリヒの眉間に皺が寄る。
リーシャの交友関係については把握しているつもりだったが、そちらの方面には彼女と仲が良かった貴族などもいなかったはずなのである。
「それが……」
兵から出た名前に、フリードリヒ王はらしからぬ吃驚の声を上げた。
一人はエルフの族の長イザルダの孫であるヴェーダ。こちらには覚えのある名であるし、エルフ族とは母方の家系であるマルファ=ミルファリア家と関係が深く、リーシャも昔に里を訪れた事があるので驚く程でもない。〝帰らずの森〟から出てきたというのであれば、ある意味納得の同行者であった。
問題はもう一人の人物である。
リーシャが連れている男──それは、ローランド帝国の武将であり、ハイランド王国では悪名高い〝黒き炎使い〟ジュノーン=バーンシュタインなのだという。何故ローランドの武将、それもあの〝黒き炎使い〟とリーシャが共に行動をしているのか、さしものフリードリヒ大王と言えども読めなかった。
リーシャがこの一週間何をしていたのか、どこにいっていたのか、その全てが彼の理解を越えていたのだ。
「とりあえず迎えを出せ。客人にも迷惑のないようにせよ」
「はっ!」
報告兵は敬礼し、謁見の間を去った。
「それにしても、あの〝黒き炎使い〟と一緒だったとは……イエガーよ、どう考える?」
国王フリードリヒは側近でありハイランド王国の宰相・イエガーに訊いた。
「全く予想の範疇を越えております。おそらくリーシャ様が単独でローランド帝国と接触をした事は間違いありますまい」
イエガーは白くなった長い髭をさすり、今考え得る事を言った。長年先代フリードリヒ二世の代からハイランド王国に仕える身であり、国王の良き相談相手だったのだ。
何分情報が少なすぎて、イエガーと言えども伝えられる事は少なった。
「おのれ、リーシャめ。一体何をやっていたというのだ。それに、あのジュノーン=バーンシュタインだと? あの色男め、もしリーシャに手を出していたのならばこの場で叩き斬ってくれるぞ……!」
フリードリヒ大王は玉座の横に置かれた二本の大剣をちらりと見る。額からは血管が浮き出ており、竜でさえもひれ伏しそうな程、恐ろしい目つきをしていた。
フリードリヒ王の娘の溺愛っぷりはもはや全ハイランド国民の知るところである。今まで縁談の話を全てその場で断っており、王の目を盗んでリーシャに近付こう男がいようものなら、その場で睨み殺す勢いで眼光を飛ばすのであった。そのあまりの恐ろしい眼光に、貴族の男が小便を漏らして逃げ帰った、という程の逸話もある程である。
フリードリヒ王は優れた為政者であり、今ある国力で最善の策で国を活かす手腕を持っているが、ことリーシャ王女が絡むと冷静さを無くす。それこそがハイランド国王の弱点であり、イエガーも頭を抱えさせられているのだった。
(やれやれ、今日は荒れそうですな……)
宰相イエガーは心中溜め息を吐いて、イライラとする国王を盗み見た。
(相手が〝黒き炎使い〟であるところがまた皮肉と言えましょうか……陛下を苛立たせる原因でもありますな)
ハイランド宰相はもう一度溜め息を吐いた。
リーシャ王女が何を考えているのか、かの宰相にはさっぱりわからなかったのだ。




