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第12話 離別

 青髪の王女と銀髪の青年の二人を乗せた馬は、朝日が昇りつつある夜空の中を駆け抜けていた。


(思ったより時間を食ってしまったな……)


 ジュノーンは朝日を見て、内心で舌打ちをする。

 結局、ペルジャ草を見つけるのに一時間程かかってしまった。ただでさえ遠回りしているのに、この時間の浪費は痛かった。まだ脱獄に気付かれていなければ関所を越えられるだろうが、その希望的観測に縋るのはあまりに危険だ。

 リマ草原に通ずる道から関所に続く街道に戻った時、ジュノーンは一瞬少しの違和感を覚えて、一端馬を止めて地面へと降り立った。


(……まあ、そんなに上手くいくわけないよな、やっぱり)


 ジュノーンは地面を手で触ると、軽く舌打ちをした。地面から小さな振動を感じたのだ。ただ人や馬が数人歩いただけでは到底この様な振動は感じない。

 おそらく、騎兵隊三十ほどが街道を走っている。移動力の高い騎兵を先行隊として派遣したと考えて間違いなさそうだった。

 騎兵隊を相手にしつつリーシャを守るのは、さしものジュノーンと言えども難しい。かといって、駿足の騎兵隊から二人乗った状態の馬で逃げ切れるかというと、それも難しかった。


(どうしようか……無計画に思いつきで脱獄させたのがここにきて仇になってるな)


 銀髪の青年は顎に手を当てて悩ましげに一人で唸っていた。


「……ジュノーン様?」


 青髪の王女は、そんな青年を見て不安そうに首を傾げた。


「いや、なんでもないよ。先を急ごう」


 ジュノーンは彼女に何も伝える事なく、再び馬に跨った。

 だが、リーシャも『何もなかった』わけではないという事には気付いているのだろう。先程柔らかかった銀髪の青年の表情は、緊張により固まっていた。

 ジュノーンの力を以てすれば、騎兵隊数十程度であれば、難なく倒せる。しかし、先行部隊を相手にすれば、その後の部隊にも追いつかれる危険性があるのだ。後方の部隊は先行部隊よりも戦力が高い事が想像でき、おそらく単騎で立ち向かえる兵力ではないはずだ。先行部隊の相手をしてしまえばこちらの負けなのである。

 ジュノーンは何通りか思いついた事を想定してしみたが、どこでも途中で追いつかれるか、関所への道のりを外さないといけなくなる。今のままでは、この少女か自分のどちらかが捕まる事になる未来しか思い浮かばなかった。

 そして、このリーシャ王女が捕まる事だけはあってはならない。それは、ジュノーンが全てを捨ててまでした選択の敗北を意味する。

 

(やはり、そう都合よく進まないか)


 ジュノーンは自嘲の笑みを洩らした。

 国を裏切り看守との約束を破ってまでして、自分に都合の良い未来がまだ訪れると考えていたのだ。ほんの出来心と己の復讐心を満たす為──それが、彼がリーシャを救った主な理由である。そんな彼に、何もかも都合の良い世界など訪れるはずがなかった。


(ならば……せめて、リーシャ王女だけでも救おう。それが通すべき筋だ)


 そう決意したジュノーンは、愛馬の耳元まで身を乗り出し、少ない言葉を語った。無論、リーシャには聞き取れない程度の小さな声だ。

 しかし、この愛馬であれば、それだけで十分だ。それだけの関係が、ジュノーンと愛馬にはあった。


「リーシャ王女、一人で馬に乗った事はあるか?」

「はい、乗馬はできますが……」

「なら、手綱を持ってくれ」


 銀髪の美青年は、王女の手元に手綱を持っていき、彼女に握らせた。


「あの、どうしたのですか?」


 不安気にリーシャはジュノーンを見上げると、彼は優しくリーシャに笑いかけ、そして彼女の青髪をクシャクシャと撫でた。


「えっ、あの……っ」


 リーシャは顔を赤らめながらも、困惑した様子だった。

 おそらく、王族として暮らしてきた彼女は、この様に無造作に頭を撫でられた経験がないのだろう。そんな彼女の表情をジュノーンはしっかりと脳裏に刻み込んで、大きく息を吸ってから、吐いた。

 そして、彼女の耳元にも別れの言葉を囁いた。


「リーシャ王女、すまない。約束は守れそうにないが……せっかく採ったペルジャ草だ。しっかり母上に届けるんだぞ」

「それってどういう──って、ジュノーン様⁉」


 リーシャが質問する前に、ジュノーンは高速で走る馬から飛び降り、華麗に着地した。

 呆気に取られて言葉を失うリーシャの姿が、どんどんと小さくなっていく。困惑から絶望へと移る若き姫君の表情を目にし、ジュノーンも胸が痛まないわけではなかった。

 だが、他に方法がなかった。ジュノーンは片手だけ上げ、リーシャに別れの挨拶をした。


「ジュノーン様、どうしてですかぁッ!!」


 馬上から叫ぶ姫君の声が、彼の耳にもしっかりと聞こえてくる。しかし、彼は何も応えなかった。


「すまない、リーシャ王女……こうするしかなかったんだ」


 ジュノーンはそう呟いて、彼女に背を向け───そして、〝黒き炎使い〟として、敵を迎え入れるのであった。

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