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誰も悪くない話

作者: 黒猫リン

三行でわかる概要

・王家の祝賀会で婚約者候補のお披露目

・王太子と令嬢は幼馴染で仲は悪くない

・ダンス中に個人的な話をする

 きらびやかなパーティー会場は、社交の場である。

 今回は王家主催の祝賀会だ。王太子の生誕を派手に祝う…という名目の婚約者候補たちのお披露目会なのである。

 慣例上、現在王太子の婚約候補者でなくとも未婚の令嬢は参加する。候補者の中から正式な婚約者が選ばれないことも往々にしてあり得るからだ。その際に「パーティーには参加していた」という題目を立てておけば、後からトラブルが起きづらい。慣例とは面倒もつきまとうが、従っておいて損は少ない。

 女性を強く好んでいない王太子にとっては不幸なことに、このパーティーでは婚約候補者たちと一曲ずつ踊った後、王太子と同年代で未婚の令嬢とも踊る必要がある。

 実際に剣を持って戦場に立つこともある王太子であっても、さすがに疲れが見て取れた。

 婚約候補者でもない自分からすれば、気の毒だの一言だが。

 疲れがあるせいか、あるいはよく顔を合わせる仲だからなのか口が軽くなっているらしい。私用の話を振ってくる。

「なぜ君はこの婚約候補の話を断ったんだい?」

「……『血が濃くなり過ぎるのを防ぐため』と、父が断り状に書いたと思っていましたが書き損じておりましたか?」

「いいや。きちんとさきほど君が言った内容が書かれていたとも。侯爵らしい、やや右上がりの字でね」

父は事故で右手を負傷した後、細やかな作業を不得手とするようになったために字は左手で書くようにしている。他の書類ならば代筆させるだろうが、まさか国王陛下へと奏上する書類を代筆だけで済ませる訳にはいかない。そのため、どうしても右上がりになってしまう。

「では何故このような質問を?」

「単純に気になった、というだけだよ。他の候補者からは受け入れる旨の返事しかなかったものだからね」

殿下はどこか面白がる様な表情を浮かべた。昔から自分のわからないことには積極的に質問をしていく方だ。今回もそうだろう。

「それに王太子との婚約話の、しかも候補者止まりの話であるにも関わらず『否』と即答したということは少なからず君の意思も含まれているだろう?君の父親が君に甘いのは有名な話だ」

「そこまでわかっていて、何故わざわざ……いえ、わかっています。こういった場でないと個人的な意見は聞けませんからね」

「わかってるじゃないか」

 これでもこの王太子とは同じ年に生まれた身だ。度重なる社交の場で顔を合わせるだけあって、殿下の性格や考え方はなんとなく理解できている。

「人として信頼ができないからですね」

 かなり無礼な発言でも、こういったダンス中の軽口程度であれば気にもしないことも知っていた。自分が意見を求めたのだからなおさらだ。とはいえさすがに予想外だったらしく、きょとりとした表情でこちらの顔を見やった。

「おや、私はそこまでの醜態を晒した覚えがないのだが」

「ええ。治世については国王陛下の采配の賜物ではございますが、殿下のご活躍もあってこそだと思っております」

「なのに人として信頼がないのか」

「はい」

「うーん、実に不思議だ。何故そう思ったのかを聞きたい」

 曲はまだ終盤に差し掛かっていない。まだ時間があると踏んだのか、遠慮なく理由を聞いてくる。ここまではっきり言っている以上、特に言わない理由もないので続ける。

「殿下は王太子でいらっしゃいますよね」

「そうだ。生まれてこの方、王族の一員であり続けている。だからこそ、異母兄がいながら王太子なぞという地位を得たのだが。いや、そこは関係ないのだな」

 慣れた様子で表情から察してくる。こちらが身分うんぬんで信頼がないと言っている訳ではないとすぐに理解できる辺り、本当に優秀だ。自分と人の感性がすべて一致するとは限らないことを理解できている。

「王太子殿下ならびに、国王陛下は国をまとめる立場であらせられる。ならば一個人のことを軽く扱う機会もお有りですよね」

「聞こえは大変悪いがそうだな。大勢の国民と一人の命を天秤に掛ければ、前者を取るのが王族であり貴族だ」

「私は両親からこう言われて育ちました。『婚姻は信頼できるものとしなさい』と」

「ふむ、至言だな。貴族の婚姻は家同士のものであり、信頼できぬものとの婚姻は廻り廻って領民の損失となる」

「はい。殿下はいずれ国王となられるだろうお方。ならば、個人的な約束…例えば『共に食事を取ろう』などの簡単なものであっても、国のためになる用ができてしまえば、例え直前であっても断られてしまいますよね?」

「当然そうなるだろうな。会議が長引き会食となった場合、妃には断りの連絡を入れるだろう。政治に女は入れないからな」

「一度や二度で済むなら良いですが、そうもいきません。何せ情勢は一つの行動で大きく変動することも珍しくありませんから。ならば、次第に約束などの個人的な会話もなくなっていくでしょう。私用での共通話題がなくなるのですから」

「王妃となればそういうものだ。王族になるのであれば、妃の方とてそういういった行動を取ることもあるだろう」

「だからこそ、です。私は義務的に子を産めないでしょう。愛情深く育てられ、そういった風習の中で生きてきたのですから。…批判する形となってしまいましたが、王族の方々のお考えや方針は素晴らしいものです。ですが、私には耐えられそうにない。それだけのことなのです」

「ふむ、よくわかった。気質の合わぬ環境に身を置く花はすぐに萎れてしまう。それは非常にもったいないな」

 曲がゆったりと終了し、余韻が残っているうちに互いに一礼する。

 少なからず緊張していたせいか、口が妙に乾いていた。ジュースでも飲もうかと壁際のテーブルへと向かった。


「…残念。せっかく楽しい相手を伴侶に選べるかと思ったのに」

 ひどく残念そうに、王太子は笑った。

誰かが悪いわけではないです。

ただひたすら相性が悪いというだけ。


侯爵令嬢は結婚して子を産む気はあるけれど、できれば人として信頼を育める相手が良い。王太子は幼馴染としてや仕事相手として接する分には良いけど、結婚相手としては選びたくない。王族命令なら従いますよ、あくまでも貴族の娘だから。

王太子は、自分が国のために生きて国のために死ぬことをわかっている。なので結婚相手は自分が面白いと思える人が良いなぁとは思いつつも、国のためになる人と婚姻を結ぶ。無理強いしても意味がないのはわかってるから深く追わない。

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