第6話 東郷 巧
コンビニの駐車場にバイクを停めた東郷 巧は、缶コーヒーを開けた。
「あそこの映画館……なんでキャラメルポップコーン置いてないんだろうな……。」
誰に言うでもなく呟きながら、一口飲む。冷えたコーヒーが喉を滑り落ちると同時に、彼の頭の中に今日見た映画『チョーカー2』の内容が浮かび上がってきた。
「そもそも要らないんだよ、こんな続編。」
一作で終わっていたから名作だったものを、わざわざ掘り返して悪化させるなんて、どういう神経をしているのか。
それでも東郷は期待していた。
一作で完成していたものの、その先を見せてくれるんじゃないかと。期待していたからこそ、こうしてフツフツと怒りが収まらないのだろう。
監督が「あれはチョーカーじゃなくて、ダニエルだ」とか言ったらしいが、それなら最初から『ダニエル』ってタイトルで出せばいい。
そもそも悪のカリスマなんて感じない人物を引っ張り出しておいて、その結果がこれだ。
確かに主演のアキトンの演技は素晴らしかった。しかし、それだけだ。脚本は酷すぎるし、無駄なミュージカルシーンばかりで、見ていて苛立つほど無意味だった。
深いとか、考察が面白いとか言っている人もいるらしいが、それじゃ嘘だろう。ただ面白いかどうかだけで話せばいいのに、妙なプライドをこじらせている者が多すぎる。
東郷は小さくため息をつき、缶コーヒーを握り潰した。その時、胸ポケットのスマートフォンが振動した。ディスプレイには「特管名古屋本部」の文字が表示されている。
「嫌な予感しかしないな……。」
眉をひそめ、スマホを耳に当てた。
電話越しに、焦った様子のオペレーターの声が飛び込んできた。
「東郷さん!? 今話せますか!?」
「……なんだ。今日はオフの申請も出しているはずだが。」
東郷の声には不機嫌さが滲んでいた。それはオペレーターへの怒りではなく、映画への苛立ちが尾を引いていたせいだった。
「輸送車護衛メンバーの生命バイタルに異常が見られて―――。」
この言葉に、東郷は握りつぶした空き缶をゴミ箱に投げ入れると、立ち上がった。
「死んだのか?」
「……わかりません。ただ、全員が戦闘不能だと思われます。」
オペレーターの声が一瞬途切れる。東郷の表情が引き締まった。護衛メンバーの顔が頭をよぎる。
「たしか、瀬川さんたちだろう?」
瀬川の顔を思い浮かべる。40代のベテランであり、特管内でも一目置かれる存在だ。合同訓練で一緒に汗を流した記憶が蘇る。言葉少なに的確な指示を出し、状況を一瞬で把握するその姿は、若い適合者たちの目標でもあった。
そんな瀬川が無力化されるほどの敵とは、一体何者なのか。
「……で、輸送車は?」
「岐阜郊外南部で停止しています! 詳しい位置情報を今送ります!」
スマートフォンの画面に地図が表示される。東郷はすぐに現在地との距離を確認すると、短く頷いた。
「プリニウス―――」
東郷は、自分のバイクに語り掛ける。
その声に応え、ブゥンとバイクのディスプレイの電源が入る。
その画面には、『XXXⅦ』と表示されている。
「こんにちは。3rd Stone。―――映画は好みの問題ですからね。一方的な意見はよろしくないかと」
ディスプレイから、反応がある。
Artificial Intelligence。
特殊能力資源管理機構が独自開発したAI『プリニウス』だ。
「―――うるさい。データは見たか?」
「はい。確認しました。ここからであれば、近隣のドローンのほうが先に現場につけるかと」
「じゃあ、そうしてくれ」
「かしこまりました」
「ドローンが到着したら、オペレーターに状況確認させろ」
「3rd Stone。彼女は『オペレーター』ではありません。田崎さんです。いい加減名前を覚えないと、嫌われますよ」
「………もう行くぞ」
「お気をつけて―――」
東郷はヘルメットを手に取り、バイクに跨った。
エンジンをかけると、低い唸り音が響く。彼はアクセルを捻り、沈みかけた日差しが残る道へと飛び出した。