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7.馬の教習所


「はぁ……なんで僕が……」


「いーじゃんいーじゃん。ユンユン、休日も引きこもりっぽいし、たまには外出た方がいいよ!」


「出てますよ、ちゃんと! 余計なお世話です」



 有那がユンカースに「馬の教習所」の情報を求めてから数日後。ユンカースの休日に合わせて、二人と海渡を合わせた三人は朝の道をそぞろ歩いていた。


 ユンカースいわく、「馬の教習所」なるものは聞いたことがなく、「乗馬クラブ」らしきものも少なくとも王都には存在しないらしい。

 普通の住民は乗合馬車に乗る程度で自分で馬を操ることは少ないし、馬を所有している人はもともとそういった職業に縁がある人か、もしくは貴族や大商人などのお金持ちに限られるため、自前で乗り方を教えてもらうからそういった施設は不要なのだろうということだった。


「ゆうて、めちゃくちゃ下手な人はどうすんの? あとぺーパードライバーみたいな……昔乗れたけど今は無理、みたいな人とか」


「まあ……郊外に行けばあなたの言う『乗馬くらぶ』のようなものもあるかもしれませんが、敷地が必要ですからね……王都にはないです」


「ふーん。ちな、ユンユンは乗れんの? 馬」


「当たり前でしょう。下級とはいえ一応貴族出身ですよ。実家で教わりました」


 石畳の道をてくてく歩きながら訪ねると、「何を当たり前のことを」と言わんばかりの顔でため息をつかれた。こっちの常識なんて知らないのだから仕方ないじゃないか。


(でもあんま上手くなさそう。運動とかするんかな? 体たるんでる感じはしないけど)


「何をじろじろ見てるんですか」


「んー? 今日も顔がいいなあと思って」


「そういうの、結構です。なんの得にもならないんで」


 呆れたように言うユンカースは今日は休日ということで私服だった。膝丈の白い上着にベージュのパンツをさらりとまとった彼は普段よりだいぶラフで、私服もかっちりしてるんだろうなーという予想は裏切られた。

 ギャップ狙いか。なにそれずるい。


「いーじゃん、受け取っとけば。褒められたらありがとーって言っときゃいいんだよ。ねーカイト」


「うん。……かーちゃん、知らないおじさんに脚がキレイだねってよく褒められるよね」


「それ、絶対純粋な気持ちで褒めてないですよね……」


 嫌そうに顔をしかめるユンカースに有那は肩をすくめて応えた。ユンカースは再び前を向くと無言で歩みを進める。


 今日三人は、馬の教習所ではなく馬を扱っている業者のところに話を聞きに行くところだった。もしかしたら有料で乗り方を教えてくれるかもしれないとユンカースが言ったので、確かめに来たのだ。ネットも電話もないと調べるすべがないから不便だ。

 ユンカースは情報を与えてそれで終わりだと思ったようだが、有那が「一緒に行ってよぉ~」としつこく泣きついたので、彼が折れて同行してくれることになった。


「やー。一緒についてきてくれるなんて、ユンユンってやっさしー」


「あなたが泣き落とししたからでしょうが……! まったく、なんで僕が……。まあどうせ城に報告するから別にいいですけど」


 プリプリするユンカースに有那は苦笑したが、本気で怒ってないのは分かる。なんだかんだ、面倒見のいい眼鏡くんだ。


「運よく馬の乗り方を習えたとしても、そのあとはどうするんです? 言っときますけど馬は高価ですよ。(うまや)が必要ですし飼育には金がかかります。あなたの手持ちの資金では全然足りませんよ」


「まーそれはおいおい考えるよ。ワンチャン、習えたらラッキーぐらいに思ってるから。駄目なら台車かリヤカーで回るかなあ……」


「…………。なんでそんなに配達の仕事にこだわるんですか? ミネルヴァさんのところは無理でも、あなたなら普通に接客業で雇ってくれるところがありそうですが。カイトも手がかかりませんし」


 ユンカースが振り返り、問いかける。ここ数日の有那の給仕の様子を見て、その働きぶりが認められたことに有那は嬉しくなった。ユンカースの金の目を見返すと有那は口を開く。


「接客もいいんだけどね。てかこれが駄目だったらそっち探すけど。……配達、なんか好きなんだよねえ。地図見て効率いいルート考えんの結構得意だし、自分のペースでできるし。あとやっぱミネルヴァさんの料理に感動したからかなー。あれ、たくさんの人に食べてほしいよ。あたしももちろん作る方だって手伝うし」


「儲けになりますかね……」


「それなー。やってみないと分からんけど。でも、わざわざ出かけなくても職場や家にご飯が届くってほんと助かるんだから! 絶対求めてる人はいるよ。ねーカイト。大きいリュック背負った人いっぱいいたもんね」


「うん。おとなりのお兄ちゃんもやってたね。うち、高くて頼まなかったけど」


「言うなって。いーじゃん、かーちゃん料理嫌いじゃないし」


 力説する有那にユンカースが視線を向ける。有那はその薄い色の目を見つめ返し、問いかけた。


「ユンユンにもない? 仕事が忙しい時、ご飯がすぐ出てきて助かったこと。誰かが持ってきてくれたこととかない?」


「それは……まあ、ありますが……。助かり…ましたね、たしかに」


「でっしょー?」


 それ見たことかと有那がニマニマと微笑む。ユンカースはぐっと詰まると、気を取り直すようにチャッと眼鏡のフレームを直して前を向いた。


「……あなたも変な人ですね。最初からわざわざ面倒な道を行くなんて」


「ウケる、またディスられたし。……ま、何事もやってみなきゃ分かんないからね」


 脚が長いのに、有那と海渡に合わせたスピードで歩いてくれるユンカースの後を追いながら有那は機嫌よく鼻歌を歌った。






 アパートから20分ほど歩くとユンカースは木造の店舗の前で足を止めた。少々古びているが頑丈そうな建物だ。すんと息を吸うと牧場のような匂いがする。

 木でできた扉を開くとユンカースは薄暗い室内を見渡した。


「誰もいませんね……。裏に回ってみますか」


「オッケー。こっちかな?」


 建物の裏手に回り込むと、そこは車庫のようになっていた。幌馬車や屋根のない馬車や荷車が数台並び、その奥の厩舎で馬が2頭、干し草を()んでいた。

 後ろ向きで馬に餌をあげていた大柄な男が振り返る。


「んあ? あー客? 馬車なら今、御者が出払ってんだ。だいぶ待つことになるが」


「いえ、自分たちはそうではなく……」


 低く答え、こちらにのしのしとやってきた男は浅黒い肌に無精ひげをたくわえていた。顔は案外若く、垂れ目も相まってワイルドなマッチョという感じだ。


(これはこれで人気が出そうな……。ちょい歳のいったオラオラ系?)


「親子か? あんま似てねえな……。おっ、ボウズ。ちっこいのにいい面構えしてんな」


 マッチョがニカッと笑い、海渡の頭をガシガシと撫でた。海渡は片目をつぶってなすがままになっている。


「それとも荷馬車の予約か? ちょっと待ってな、空き状況見てくるから」


「いえ、そうではなく――」


「あのー。ここって、馬の乗り方、教えてもらえたり……します?」


「あ?」


 ユンカースの影からひょこっと顔を出した有那の一言に、マッチョは下がり気味の目を見開いた。




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