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5.ギャル母、異世界に順応する


「アリナー。これ、窓際に持ってっとくれ」


「はいはーい。ミネルヴァさん、エールのおかわりだってー。あとごめん、会計分からないからやってー」


「はいよ。カイト、ゆっくりでいいから落とすんじゃないよ」


「うん」


 ミネルヴァがアパートの1階で経営する食堂で、有那は慌ただしく手伝いをしていた。

 昼間は近所の探検を兼ねて職探しをしていたが、そう上手くはいかず食堂で沈没していたところをミネルヴァに声を掛けられたのだ。

 海渡と共になかば強引に夕食時の手伝いに引っ張り出され、今に至る。



「ユンユン? どしたん」


「いや……馴染みすぎじゃないですか!?」


「そ? まー飲食のバイトなら高校のとき結構やったからね。それよかお疲れー。夕飯でしょ?」


「いやいやいや……。ちょっと整理させてください」


 仕事からユンカースが帰ってきた。話がしたかったから、こっちの食堂に寄ってくれて良かった。

 額を押さえたユンカースを奥の席に手招くと、彼は首を振って拒む。厨房からミネルヴァの声が飛んだ。


「アリナ。ユンカースはうるさいのが嫌いだからね。いつも住人用の食堂の方で食べるんだ。そっちに出してやるからあとでお前さんも行ってきな。話があるんだろ」


「え、でもカイト――」


「アタシが見てるからいいよ。カイト、お手伝いできるよな?」


「うん。ばーちゃん」


「アタシはババアじゃないよ! まったく大人しい顔して失礼な子だね」



 ミネルヴァの提案に甘え、有那はユンカースの食事が終わった頃合いを狙って隣の小さな食堂へと移った。厨房で繋がっているそこに果実水を2つ運ぶとユンカースの前に置き、席に着く。


「ありがとうございます。あの……どういうことですか?」


「あー。一宿一飯の恩? みたいな? ほら今あたしまだ仕事ないし、ボーッとしてるよりは何かしてた方がいいかなーって。ミネルヴァさん、結構忙しそうだったし」


食堂(ここ)で働くつもりなんですか?」


「いやずっとは無理じゃない? やってんの夜だけだし、ミネルヴァさんにもそんな余裕はないから給金は出せないって言われたよ。あ、でも働いた分は家賃と食費を引いてくれるんだって!」


「はあ……。なんとなく分かりましたが」


 ユンカースが果実水を飲み、息を吐く。青い制服に身を包んだ彼は少し疲れ顔で、仕事帰りのサラリーマンみたいだと思った。


「夕食はもう食べたんですか?」


「うん。店が始まる前にね。昨日の夜もだけど、めっちゃくちゃ美味しかった! ミネルヴァさんの料理すごいわー。繁盛してるのも分かる」


「そうですね……。結構遠くから来る客もいるみたいです」


「ユンユンもミネルヴァさんのご飯好きなんでしょ。全部残さず食べてるもんね」


「……僕のことはいいですから」


 ユンカースの前に置かれた空の食器を指すと、彼はそそくさとそれを下げた。席に戻ってくると、厨房の方に目を向ける。


「カイト……置いてきて大丈夫ですか?」


「あー。うん、大丈夫そ。なんかあったら呼んでくれるって。もともと結構手伝いとかやってくれてたからさあ。あの子、結構お役立ちなんだ。ミネルヴァさんもああ見えて可愛がってくれて、カイトも懐いたみたい」


「そうですか……」


 昨日は緊張した様子だったが、今日になって海渡も少しずつ表情がほぐれてきたように思う。そんな海渡のことを多少なりとも気にかけてくれたユンカースに、有那はふふっと笑いかける。


「やー。異世界転生じゃなくて良かったよー。カイトと離れ離れになっちゃうとこだった。それに、あたし自分の顔とか結構気に入ってっから変わるのやだし」


「……? すみません、よく分からないので詳しく」


 ユンカースが眉をしかめ、鞄から手帳のようなものを取り出す。そこに鉛筆で何かを書きつけた。

 有那が詳しく異世界転生について話すと、彼はまだよく分からないという顔をしながらも細かくメモを取る。


「めっちゃメモるじゃん。さてはあたしのこと好き?」


「いえ、職業柄です。あなたの奇っ怪な言葉を書き記しているだけです。あとで何かの役に立つかもしれませんし」


「ウケる。照れるフリぐらいしてよ」


 だんだんユンカースと話すのが楽しくなってきた。反応は薄いしたまに辛辣だが、裏表はなさそうな人間だと分かるから。

 あとは単純に顔がいい。好みの顔面を眺めながらおしゃべりするのは楽しいものだ。


(コンカフェってこんな感じ? 文官喫茶、みたいな。……行ったことないけど)


 果実水を飲みながら、有那は窓から見える通りに目を向ける。


「ユンユン、残業とかないの? 職場ホワイト?」


「ほわいと、とは。……基本的には定時で上がるようにしていますね。残業なんて、仕事ができない人がするものじゃないですか?」


「辛辣~。まあユンユン、しごできっぽいもんね」


「? ……ああ、そういえば仕事で思い出しました。今日陛下に――王宮にいるアステール王に、『恵みの者』であるあなたに会いたいと言われたのですが……どうしますか?」


「は?」


 突然振られた話題に有那は目が点になった。聞き返すと、ユンカースは詳しく説明してくれる。


「どうしますかって……いやフツーにやだけど。却下却下。あたし職探しとミネルヴァさんの手伝いで忙しいし、んなヒマないって」


「ですよね。じゃあお断りしておきます」


「ちょ。引き下がんの早すぎん!? 大丈夫なの?」


 あっさりと引かれて有那の方が焦ってしまった。仮にも臣下が王様の誘いを断っていいのだろうか。

 ユンカースは首を振ると面倒くさそうにため息をつく。


「大丈夫です。……良かった。連れていくとなったら僕が面倒なことになりそうだったので」


「って自分のためかーい。……ユンユン、仕事熱心そうで意外とそうでもないよね……」


「熱心ですよ。本来の業務以外で無駄な時間を使うのが嫌なだけです」


 クソ真面目なワーカホリックかと思いきや、実際はタイパの鬼なワークライフバランス重視型だったらしい。有那が意外な思いで見つめるとユンカースは眼鏡の奥の目を細める。


「あの、さっきから気になってたんですが……その服、どうしたんですか? 昨日と違いますよね」


「ん? ……あー。ミネルヴァさんに若い頃の服もらったんだ。ねえ可愛くない? 可愛くない?」


「丈が……短いです……。ヘソ出てるじゃないですか……」


 ユンカースに指摘され、有那はくるりと回ってみせた。今日の有那は昨日着ていた元の世界の服ではなく、ミネルヴァに譲ってもらったこちらの世界の服を着ていた。


 薄紅のコットンに花の刺繍が施されたトップスと、同じくゆったりとしたパンツ。それを本来ならウエストで締めるのだが、小柄なミネルヴァと有那とでは着丈がまるで違っていた。

 そこで有那は中途半端な長さになってしまったトップスの裾を即席でカットして縫い、短めのトップスとパンツという馴染みのあるシルエットに仕立て直したのだった。


「えーそうかなー? 普通じゃん? それよか見てよこの刺繍! すごくない!? こんなに綺麗なのクッションカバーでしか見たことないよ。しかもクッソ高いから買えんし!」


「はあ……」


 チラチラとヘソが覗いて、ユンカースは目のやり場に困っているようだった。うっかり勢いよく切ってしまったが、こちらの人にはちょっと刺激的すぎただろうか。


「まあ服はリュックにもう一着持ってたんだけどさ。やっぱ普段着ないような可愛い服着るとアガる~。あたしこういうデザイン好き!」


「そうですか……。あの、あまり露出は多くしない方がいいですよ。王都は治安がいい方ですが、何もないわけではないので」


「そっか。……うん、ありがと。まーあたしも子持ちだしさ! これでもだいぶ落ち着いたんだよ」


「これでも……」


 この世界的にはちっとも落ち着いていない服で笑う有那に、ユンカースが呆れた視線を向ける。彼は渋い顔のまま有那の顔に目をやった。


「化粧も……濃いですね」


「えー? 濃くないよー。いつもの半分量だから! 次いつコスメ手に入れられるか分かんないから、節約してめっちゃ薄塗りだし。てか昨日のスッピンはマジ忘れて。マジのマジで忘れて」


「無理ですね。僕、記憶力いいので。……ついでだから聞きますけど、その前髪はなんなんですか? 染めてるんですか」


「ん? これ? ハイライト…だったんだけど、ブリーチばっかしてたら、毛根が死んだ!」


「……死んだ」


 金色の前髪を指して問いかけたユンカースに有那がケラケラと返すと、ユンカースは死んだ魚のような目で復唱した。有那は自身の前髪をつまんでランプに透かす。


「色素なくなっちゃったみたいでさー。これほっといてもずっとキンパでプリンになんないの! 死ぬまでずっとここだけ金髪とかウケる」


「…………」


 あっけらかんと告げた有那に、ユンカースは再度死んだ魚の目を向けた。




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