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38.帰るべき場所


 城から派遣された軍人――オルニスからの簡単な事情聴取を終えると、二人は帰宅して良いことになった。すでに夜なので、詳細は後日聞かれるらしい。

 小屋からの帰路は、有那と共に連れてこられた馬に乗って帰ることにした。……なぜか二人乗りで。


 有那はユンカースも馬に乗ってきたのだから一人ずつ乗ればいいと言ったのだが、ユンカースが許さなかった。

 もう一頭を後ろに繋いで、有那はユンカースの腕の中で馬の背に揺られる。そして道中、休む間もなくみっちりとお説教された。


 ユンカースには多大なる心労を掛けたため、有那もはじめはしおらしく聞いていたが、馬の背に揺られ、しかも背後にはユンカースの体温があり次第にうとうとと舟をこぎ始めた。

 そうして有那が完全に脱力してユンカースにもたれかかると、ユンカースは深いため息を吐いた。




「――さん、アリナさん。そろそろ着きますよ」


「……へ。ほえっ?」


 背後から肩を揺さぶられ、有那はゆっくりと覚醒した。しばらくぼんやりするとはっと状況を理解する。


(やばっ……! 説教の最中に寝ちゃった!)


「あなたって人は……。あんなことがあった後に、よく馬上で寝られますね」


「いや、安心しちゃって……。どっと疲れてたし」


 時刻はすでに22時過ぎになっていた。ユンカースはローレルの店の前で馬を止める。馬から降りて二頭を繋ぐと、中からローレルが飛び出してきた。

 ユンカースの知らせを受け、ローレルはローレルで仕事仲間に声をかけて王都内を探してくれていたらしい。有那とユンカースが丁重に礼を言うと、頼りになる色男は笑って手を振った。



「オルニスさんが、陛下とミネルヴァさん宛てに早馬を飛ばしてくれたはずですが……早く帰りましょう」


「うん。――あっ。ユンユン、肩の後ろ切れてる! やだ、血が出てるじゃん」


「え。……気付きませんでした。出血したと言ってももう止まってますね」


 馬を返してアパートへと歩いていると、有那はユンカースの後ろ肩あたりに切り傷ができているのに気付いた。せっかくの制服もところどころ穴が開き、これはもうさよならだろう。

 小屋から脱出するときに髭男が振り回したナイフが原因か。有那が心配そうな目を向けるとユンカースはその傷を襟で隠す。


「あとで手当てしますから、ミネルヴァさんには内密に。これ以上心労をかけたくないので」


「うん……。じゃあ、あたしが手当てしに行くね」



 しばらく歩いてアパートへと帰り着くと、食堂にはまだ灯りがともっていた。静かに扉をくぐると、タックルするように塊が飛び込んできた。


「……かっ、かーちゃんー!!」


「――カイト! 良かった、無事で……! ごめんね、怖い思いさせちゃって! 本当にごめん……!」


「かーちゃん、かーちゃん……ッ!! うあぁあああん!」


 腰にしがみ付いてきた海渡を有那は固く抱きしめた。海渡は震えながら鼻水まで垂らしてボロ泣きしている。

 それを見た有那もまた目から涙があふれた。


「カイト……っ。カイト! ごめん~! うあーん、帰ってこれて良かったぁ~!」


「……やれやれ。なんだい、大きな声出して」


 海渡の背後からミネルヴァが現れた。その姿を見て有那はまた涙を流す。


「ミネルヴァさぁあああん! ごめんなさい~!」


「この不良娘が。年寄りを心配させるんじゃない。……無事で良かった。危ないことには首突っ込むんじゃないよ!」


「はいぃ……」


「今夜は臨時休業だ。稼ぐはずだった分は、お前さんに出世払いしてもらうからね」


「はい……。すびばせん……」


 子供のように泣きじゃくる有那と、その胸に抱かれた海渡をミネルヴァがまとめて抱きしめる。母の胸のようなぬくもりに心が解け、有那は大きくしゃくり上げた。

 有那の腕の中から海渡が顔を出し、扉の前で無言で見守るユンカースを呼ぶ。


「ユンユン……。ユンユンッ! ありがとう……! かーちゃんをたすけてくれて、ありがとう!」


「いえ、僕は別に――。当たり前のことをしただけで」


「……ユンユンもきて。みんなでギュッてしたい」


「ええ……?」


 海渡に手招かれ、ユンカースが渋々3人の塊に寄ってくる。有那の後ろからぎこちなく2人を抱きしめると、ミネルヴァとユンカースに挟まれた有那は涙を流しながら笑った。

 そんな中、扉を勢いよく開く音が響き渡る。


「――ちょっと! 仕事終わりに聞いたけど、アリナが行方不明って――。あら? いるわね……」


 ドカドカと足音を立ててレーゲンが帰ってきた。抱き合う4人を見て彼は長いまつ毛でバサバサ瞬きをする。

 ユンカースはこの妙な雰囲気を断ち切る救世主が現れたと視線で助けを求めたが、レーゲンはどこ吹く風でニコッと笑った。


「よく分からないけど、無事なら何でもいいわ! 私も混ぜてちょうだい!」


「――ゔっ!」


 レーゲンがユンカースに体当たりし、4人ごと太い腕で抱きしめた。潰れたカエルのような声を上げたユンカースに、有那は泣きながら声を出して笑った。



 ――帰ってきた。この大好きな家に。

 海渡がいて、ユンカースがいて、ミネルヴァに小言をもらい、レーゲンとガールズトークに興じるこの場所が、有那の帰るべき世界だ。望まぬ命を抱えて橋の上で一人さまよっていた孤独な女はもういない。


 血の繋がらない4人と幼子1人は、就寝時間をとっくに過ぎて泣き疲れた海渡が寝落ちするまで抱き合い続けた。






「……ミネルヴァさん。大神官様からの書状――ミネルヴァさんの働きかけですよね?」


「え?」


 レーゲンが自室に戻り、眠ってしまった海渡を抱えて有那もまた自室に引き上げようとすると、ふいにユンカースがミネルヴァに問いかけた。ミネルヴァは真顔でユンカースを見つめ返す。


「陛下への書状も――先代大神官からと。……どういうことですか?」


「どうもこうも、そういうことだよ」


「えっ! ミネルヴァさん、あの美魔女の先輩なの!?」


 ユンカースの困惑した視線と有那の驚愕の視線を受けてミネルヴァがため息をつく。ユンカースは戸惑いもあらわに続けた。


「先代の大神官は、稀代の能力持ちだったが早くに引退したと聞いています。でも記録では『ミネルヴァ』とは――」


「引退して名を変えただけさ。……名前ばかり一人歩きしちまって、市井で暮らしにくかったんでね。ちょいと王権を使わせてもらったんだよ」


「では、あなたがアリナさんの居場所を占ってくださったんですか?」


「いや。アタシにはもう何の能力もないからね。昔のよしみで、弟子に星見をしてもらったのさ。……カイトもまた『恵みの者』だ。その血縁者の行方ぐらいならぼんやりとでも分かると思ってね」


 有那はユンカースから、ミネルヴァが先代の大神官として王に嘆願書を書いてくれたこと、そしてアデリカルナアドルカに頼んで有那の居場所を星見してもらったことを聞いた。

 ミネルヴァの機転のおかげで、潜伏先がすぐに割れて攫われた当日のうちに救出してもらえたのだ。有那は感激でまた目が潤む。


「ミネルヴァさん……ありがとう。マジのマジでありがとう……! もう大好き〜! 老後の面倒はあたしたちが見るから!」


「お前さんに礼を言われる覚えはないね。ついでに、アタシにゃ別れた亭主との間に子も孫もいるんだ。人を勝手に身寄りなしにするんじゃないよ!」


「あ、結婚してたんだ……」


「なんだい?」


 次々出てくる新情報に驚く有那に、ミネルヴァがじろっと視線を向ける。その隣で、ユンカースもまた頭を下げた。


「あの……僕からも礼を言わせてください。ミネルヴァさんの動きがなければこれほど迅速に解決することはできませんでした。本当に……ありがとうございました」


「なんだいお前さんまで。礼ならあの女好きに言いな。実際に兵を動かして救出に向かったのはあの子の指示なんだからね」


「陛下に――。はい、お伝えします」


 一国の王を「あの子」呼ばわりとは。親しげな呼び名にユンカースは思わず苦笑してしまった。

 ミネルヴァは皺の刻まれた目をすがめるとユンカースの耳元を指差す。彼が常時身に着けている、星が刻まれた銀の耳飾りを。


「……その耳飾り。もとはアタシが、あの子が産まれたときに護身のまじないで授けたものさ。片耳だけにはなっちまったが、まさかお前さんに受け継がれるとはね」


「えっ……。これ、大神官様からの贈り物だったんですか」


「そうだよ。……星は巡るものだね。お前さんがそれを受け取ってきたとき、驚いたものさ。また見るとは思わなかった」


 ミネルヴァがふっと笑い、背中を向けた。有那とユンカースは目を合わせると肩をすくめた。


「大神官様のおまじない入りなんて、超最強じゃん。大事にしなよ」


「そうですね。……この(えにし)に、感謝します」


「ほら、さっさとカイトをちゃんと寝かせてやりな。お前さんたちも早く寝るんだよ」


「はぁい」


「ユンカース。花束はそこに生けといたからちゃんと渡してやりな。……黄色のヘリアンサスの花言葉は『愛情』だったか……。朴念仁の割には頑張ったじゃないか」


「っ!」


 ミネルヴァに鼻で笑われ、ユンカースがさっと赤くなる。彼はその花瓶を手に取ると、おずおずと有那に差し出した。




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