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2.堅物メガネの提案


「ウケる。秒で断られたし。もうちょっと考えるフリぐらいしてくれてもいいじゃーん」


「考えなくとも同じです。お断りします」


 有那のお願いを、イケメン眼鏡改め眼鏡くんは瞬殺で断った。駄目元とは思っていたが取り付く島もなかった。

 まあ無理もない。いきなり現れた怪しい親子連れを泊めてと言われても、自分だって断るだろう。有那は眼鏡くんにひらひらと手を振るとその場から離れる。


「ごめんごめん、忘れて。ありがと、お兄さん」


 アデリカルナアドルカのところに戻ってくると、有那はぺこっと頭を下げた。


「すみません、じゃーしばらくお世話になります」


「分かりました。それでは、別の者に引き継ぎます。人民庁と書記官の方々もご苦労様でした。取り急ぎアステール王へお伝えください」


 アデリカルナアドルカの一言を皮切りに、その場にいた人々がぞろぞろと動き出す。冷たい大理石の広間全体を覆っていた張り詰めた空気が緩み、有那がほっと肩を撫でおろすと海渡がぎゅうう…と強く有那の手を握った。


「……カイト?」


「うっ……。うっ、うぇえええん……! ごっ、ごめ……っ、かーちゃん、ごめん~!!」


「おお!? ちょっ……どした? 急に怖くなっちゃった!?」


 突然海渡が泣き出した。広間に残っていた人々がぎょっと振り返る。有那が慌ててしゃがみ込むと、海渡は腕を目に当てて大声でしゃくり上げた。

 ……珍しい。最近はめったなことでは泣かなくなって、ずいぶん我慢強い性格になったものだと思っていたのに。


「ちっ、ちが……。オ、オレがボール、追いかけたから……っ。か、かーちゃんこんなとこに連れてきちゃって……」


「あー……。いやカイトのせいじゃないでしょ。あたしもよく分かんないけどさ、たまたまだって。生きてりゃたまには不思議なこともあるんだよ」


「でもっ……! かーちゃん困ってる……。オレのせいで……っ」


「だから違うってー。気にすんなし。それよか、カイトと一緒で良かったよ。離れ離れになんなくて」


「うー……」


 ぽんぽんと優しく頭を叩くと、カイトはますます涙ぐむ。吊り気味な目からボロボロとこぼれ落ちる涙をぬぐい、有那は細い体をぎゅっと抱きしめた。


「もー可愛いんだから、カイトは!」


 こんな世界に飛ばされてしまって、正直どうしたものかと途方に暮れかけたがカイトがいるなら話は別だ。最愛の息子を路頭に迷わせないよう、何がなんでも頑張らなくては。

 覚悟を決めて立ち上がった有那に、背後から声がかけられた。


「……あの」


「んー? ……あれ、さっきのお兄さん。なに?」


 話しかけてきたのは先ほどの眼鏡くんだった。警戒してささっと背後に隠れてしまったカイトをなだめつつ見上げると、背の高いイケメン眼鏡は眉を寄せてぼそっとつぶやく。


「やっぱり……うち来ますか」


「え?」


「その……空室あるのは本当ですし……。大家さんも次に入る人探してたんで……」


「…………」


 突然手のひらを返した眼鏡くんを有那はぽかんと見つめると、海渡の頭と彼を見比べる。


「それは……助かるけど。え、いいの?」


「はぁ……。まあ、大家さんの了承が得られたらですけど、たぶん大丈夫だと思います。前の住人が置いてったんで、家具とかも揃ってますし」


「マ? 家具付きとかサイコーじゃん。行く行く、そっちのが落ち着けそうだし」


(棚からまんじゅうだっけ? あれ、ぼたもち? なんにせよラッキー!)


 急に事態が好転してきた。アデリカルナアドルカに了承を得ると、眼鏡くんは「こっちです」と有那たちを手招く。帰り支度をしながら彼は早口で説明した。


「今日は直帰しますから、このまま向かいます。僕についてきてください」


「あ、うん。オケ。……ねえ、なんで急に連れてってくれる気になったの?」


 有那のもっともな質問に眼鏡くんが少し眉を寄せる。ちらっと海渡に視線をやると、眼鏡くんは銀のフレームをクイと押し上げた。


「子供が泣いてるの、嫌いなんですよ。……それだけです」


「…………」


 不愛想にそう言うと、スタスタと出口に向かって歩き出す。素っ気ないその背中を海渡と慌てて追うと、有那はその襟足を見上げてわずかに唇を緩ませた。

 ……悪い人ではない。もしかしたら――優しい人かもしれない。


「ねーねーお兄さん。お兄さんの名前なんてゆーの? 教えてよ」


「……ユンカースです。あなたと違って、姓はありません」


「へー。ユンカース……野球チームみたい」


「?」


 眼鏡くん改めユンカースが怪訝に振り向く。その金色の目に向かって有那はニカッと笑いかけた。


「じゃーこれからよろしく、ユンユン!」


「!」


 そのときのユンカースの心底嫌そうな顔を、有那は一生忘れないだろうなと思った。






 ユンカースの住むアパートは、星読みの館から徒歩圏内にあるとのことだった。黄昏の街を進みながら、有那はきょろきょろと辺りを見回す。


「わー。ガチで転移しちゃってる。ねーここってなんて国だっけ?」


「オケアノスです。ここは王都の城下町。先ほど我々がいたのは『星読みの館』で、アデリカルナアドルカ様が大神官として星読みをされています」


「ふんふん。じゃあユンユンも星読みの館の職員なの?」


「いえ、僕は普段は王宮付きの書記官で、国に関わる記録を後世に書き残す仕事をしています。今日は星の動きが尋常ではないと、館から急に要請があったので僕が記録係として出向いて――。……あの」


「……?」


 愛想はないしこちらを振り返りもせずスタスタと進んでいくが、有那の質問には丁寧に答えてくれる。海渡の手を引いて後を追っていた有那は、ふいに足を止めて振り返ったユンカースに首を傾げた。


「その『ユンユン』っていうの、なんなんですか」


「え、あだ名。これから仲良くしたいなーって親しみを込めて」


「…………。馴れ馴れしいですよ」


 また嫌そうに端正な顔が歪んだ。イケメンは嫌な顔をしてもイケメンだなあ。鋭いその瞳を見つめながら有那はのんきにそんなことを考える。


「いや本気で嫌ならやめるけど。呼びやすいし可愛くていいと思うんだけどなー、ユンユン」


「はぁ……。別にどうでもいいですけど、公の場で呼ぶのはやめて下さいね。僕の評判が落ちますから」


「はーい」




 街を眺めながら歩くこと約10分。ユンカースはどっしりとした建物の前で足を止めた。

 住宅街の一角にあるそれはレンガ造りの3階建てで、見上げると木でできた雨戸が均等に並んでいる。


(思ってたアパートと違った! 超絶オシャレな海外アパルトマンじゃん)


「ここです。1階は半分が外の人も利用できる食堂で、もう半分には住人専用の食堂や水浴び場があります」


「あれ、もしかして食事つきなの?」


「夕食なら大家さんに食費を払えば余りを分けてくれますよ。僕もだいたいそうしています。この時間なら……こっちかな」


 建物の真ん中に設けられた短い階段を上ると、左右に二つあるドアのうちユンカースは看板の下げられた方を開いた。有那と海渡が続いて入ると、薄暗い室内に小さな人影が見える。



「……おやまあ。お前さんがこんなに早いなんて珍しいじゃないか」


「今日は直帰だったので。……アリナさん、大家のミネルヴァさんです」


 カウンターで食器拭きをしていたのは小柄な老婆だ。白髪を頭の上で小さなお団子にまとめ、ちょこんと腰掛ける姿は可愛いキャラクターに見えなくもない。

 しかしこちらを見つめる眼光は鋭く、ただ者の雰囲気ではない。有那は珍しく少し緊張しながら口を開いた。


「こ、こんばんわー。あたし、有那っていいます」


「……ユンカース。お前さんが女連れ帰るなんて初めてだね。こういうのが好みだったのかい。思ってたのと違うな」


「ミネルヴァさん、誤解です」


 しゃがれ声のミネルヴァにユンカースがぴしゃりと返す。また秒で否定するじゃーん、と有那が内心でツッコむと、背後から海渡がちらっと首を出す。


「……で、そのガキは? お前さんが仕込んだにしちゃ歳がいってるね。それともコブ付きが好みとは、なかなか変わってる」


「だから違います。……アリナさん」


「あ、うん。この子はあたしの子でカイトっていいます。……カイト、ご挨拶は?」


「……こんにちは」


 有那に促され、海渡が小さな声で挨拶する。それにミネルヴァが無愛想にうなずくと、ユンカースが状況を説明した。



「――で、ひとまず空き部屋に入居してもらおうと思って連れ帰りました」


「…………」


 ユンカースの説明が一通り終わると、ミネルヴァが額を押さえて沈黙した。大きくため息をつくと、小柄な老女は背の高いユンカースをぐっと見上げる。


「あのねえ、『連れ帰りました』じゃないんだよ! いきなりすぎんだよお前さんは! 犬猫じゃないんだから確認ぐらいしてから連れてきな!」


「え、でも」


「これで駄目だったらどうするうもりだったんだい!? ガキ連れてまた来た道戻らせるつもりだったのか? 館に待機させておいてお前さんだけ聞きに来ることだってできただろう!」


「それはそうですが……。駄目、なんですか?」


 手を腰に当てて怒るミネルヴァに、ユンカースがしゅんと問いかける。


(……あ、これだめぽかも。てかユンユン、しおれたヒマワリみたいだな)


 雲行きが怪しくなってきた。有那が落胆の予感を胸に見守っていると、ミネルヴァはカウンターをバンと叩く。


「んなこた言ってないだろ。いいよ別に! でもこっちだって準備があるんだよ。家具だけあっても布団も何もありゃしないんだからね!」


 やれやれと手を振ると、ミネルヴァが厨房に引っ込む。次に出てくると彼女はずいと有那の前に立った。


「ちょいと、お嬢ちゃん」


「はっ、はい!」


「この子の言葉が足りないせいで心配かけたね。ちょっと準備してくるから待ってな。……ほらボウズ、これでもお食べ。そんな怯えた顔しなくたって取って食いやしないよ」


 そう言うと、有那の前にティーカップを、そして海渡の前にパウンドケーキのような焼き菓子を置いてくれた。有那が見上げると「ふん」と踵を返す。


「……あのっ! ありがとうございます! よろしくお願いします」


「そういうのはそこの堅物に言うんだね。ユンカース、飲み終えたら皿は洗っときな!」


 ミネルヴァは無言で厨房へと下がっていく。おまけのようにユンカースの前にもカップが置かれ、有那はミネルヴァの後ろ姿とユンカースを見比べた。


「良かったー。めっちゃいい人じゃん。なんか、ユンユンのお母さんみたい」


「アタシにゃそんな目つきの悪い息子はいないよ!」


 厨房から即座にミネルヴァの怒声が飛んできて、有那は肩をすくめた。




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