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19.挑発


 有那が世話になっている手前無下にすることもできず、ユンカースはしぶしぶローレルと同席することになった。ローレルは自ら皿やグラスをテーブルに移動させ、海渡とユンカースが座る場所を作ってくれる。


「女将さん、適当に持ってきてくれ」


「はいよ。……ユンカース、飲み物は自分で持っていきな」


「……はい」


 水を持って席に着くと、ローレルが片眉を上げる。


「なんだ水かよ。兄ちゃん下戸か?」


「いえ、そういうわけでは――」


「じゃあ問題ないな。財布の心配しなくたって俺のおごりだ。ボウズ、もう一個グラス持ってきてくれ」


「うん」


 別に懐が心配で水にしたわけではないのだが――海渡が持ってきてくれたグラスに、ローレルはドバドバと酒を注ぐ。


「ほい乾杯。兄ちゃんもこのアパートに住んでたんだな。こないだ来たときはただの付き添いかと思ったぜ」


「それは間違っていませんが――。っ……」


 ローレルに促されてグラスに口をつけたユンカースは、思わずむせそうになった。

 ……かなり濃い。美味い酒ではあるが、これをパカパカ飲むなんてこの男、どんな肝臓をしているのか。


「あ、無理すんなよ。違うやつでもいいからな」


「いえ、大丈夫です……」


 なんとなく途中で諦めるのが悔しくて、ユンカースは2杯目をあおった。鼻を突き抜けるアルコールの芳香に思考が一瞬揺れる。


「そのヒラヒラした制服、城の文官だろ? 兄ちゃん高給取りなのに結構庶民的な家に住んでんだな」


「別にそれほど高給では――。ここ、交通も便利ですし食事も出るから気に入ってるんです」


「そっか。たしかにメシは美味いな」


 にっと太く笑ったローレルが機嫌良く次の酒を頼む。ユンカースは横目でその快活な男を観察した。

 外で仕事をする者特有の浅黒い肌に、たくましい体つき。背が高いのはユンカースも一緒だが、体の幅がまるで違う。加えて、少し垂れた目に浮かぶ人懐っこい笑みが、男女問わず多くの人間を惹きつけるタイプだと思った。アステール王ほどの強烈さはないが、魅力と自信にあふれた人間だ。


(すごいな……。僕とは正反対だ)


「お馬のおじさん、ご飯来たよ」


「おじさんかよ。まあたしかにボウズから見りゃおじさんには違いねえな。ははっ!」


 海渡の言葉も、気にした風もなく笑って受け流す。そんなローレルにユンカースはふと問いかけた。


「ローレルさんは……おいくつなんですか?」


「33だ。そういう兄ちゃんは?」


「23です」


「わっけえな! その歳で城勤めとは、さては相当デキがいいな?」


「そんなことはないですが――」


(33――僕と10歳も違う……)


 職場では年上の部下もいるし、有那に対しても歳なんて関係ないと言い放ったユンカースだが、今はなぜかローレルとの年齢差が気になった。

 うつむいたユンカースのグラスにローレルが酒を注ぎ足す。


「城勤めってのは、『恵みの者』の面倒も見なきゃいけないのか?」


「いえ、それは自分から言い出したことで――。アリナさん、困ってる様子でしたし」


「へー。格好いいな、兄ちゃん」


 褒められても、逆に居心地が悪い。きっと自分でなくても、彼女の助けになる人はいただろうから。それこそアステール王とか、目の前の彼とか――


「アリナさんは……あとどのぐらいで、卒業できそうですか?」


「ん? あー……あと一回で済むんじゃないか?」


 ――やった。ユンカースはそう思った。有那が彼のもとに通うのはあと一回。

 その思考の(いびつ)さに自身が気付くよりも早く、続いた言葉にユンカースは肩を落とした。


「ま、馬の貸し出しもうちですることになったから、毎日通うことには変わりないけどな」


「……っ。そう……ですか」


「お待たせー。なになに、あたしの話ー?」


 ひょこっと有那が顔を出し、ユンカースは肩を波立たせた。料理を運んできた有那は不思議そうな顔でユンカースを見る。


「あんたの指導がもうすぐ終わるって話をしてたんだよ。……ああ、あとで食品入れる予定の容器見せてみろよ。積み方のコツ教えるから」


「りょー。はいこれ、なんとかって芋の煮っころがし」


「セーヴォ芋だろ。……ん、甘じょっぱくて美味いな」


「お、好感触! 体使う仕事の人には味付け濃いめの方がやっぱウケるよね〜」


 有那がウインクしながら親指を立てる。親しげな二人のやり取りに、ユンカースは黙って酒を流し込んだ。ハイペースなそのさまを有那が咎める。


「ユンユン大丈夫ー? ちょっとペース早くない?」


「大丈夫です。アリナさん、忙しいでしょう? 気にせず戻ってください」


「うん……。カイト、ご飯終わったならちょっと手伝ってー」


「うん」


 有那が海渡を連れて去っていくのをユンカースはローレルと見送った。ユンカースだけに聞こえる声でローレルがぼそっとつぶやく。


「……いい女だよなあ」


「っ!?」


「明るいし、気の強そうなあの派手な顔もいいし、何よりあの(ほせ)ぇ腰と脚がいいな。もっと色っぽい感じの酒場にいたらモテるぞ、ありゃあ」


 信じがたい発言をした男をユンカースは凝視し、ついで眉をひそめた。


「……結局見た目ですか?」


「いーや? 見た目だけ良くても合わない女はいくらでもいるからな。あいつは見てくれほど軽くないし、意外と飲み込みも頭の回転も早い。面白い奴だよ」


「…………」


 ――あいつ、だなんて。付き合いで言えば自分の方が多少なりとも長いのに、親しげなその呼び方に胸がチリッとした。

 それに、有那の頭が悪くないことは自分も知っている。飲み込みが早いことも。


「でも……子持ちですよ」


「だから? 前の男に未練があるようにも見えんし、あったとしても違う空の下だろ。まだ小せえんだし、子供がいて何か問題あるか? 利口そうで可愛いじゃねーか」


「……っ」


 しれっと返されて、ユンカースは言葉を失った。

 ……勝てない。年齢も経験も上回る相手に、自分の方が有那を知っていると言い返すことができない。

 今まで何度も言われてきた。言葉と表情が足りない自分。それが今、ユンカースの劣等感を刺激する。


「あんたはボウズの父親のこと、何か聞いてんのか?」


「いえ……知りません」


「そっか。ま、気にすることでもないけどな」


 ローレルは大きな口で料理を次々に平らげると、ゆっくりと酒を飲み始めた。ユンカースは立ち上がると軽く頭を下げる。


「すみません。僕、持ち帰った仕事があるのでこれで失礼します。お代はミネルヴァさんに言っておきますから」


「いいよ、おごりだって。気にすんな。城勤めってのは大変なんだな。また飲もうな、兄ちゃん」



 手を振ったローレルに見送られ、ユンカースは食堂をあとにした。部屋へと続く階段を上ると次第に足音が荒くなる。


 あの馬場で、そして今夜、ローレルと有那の二人が並んでいて思ったこと。

 よく笑い、よくしゃべり、知らず人を惹きつける。――似ている二人だと思った。


(だったらなんだって言うんだ。くそっ……!)


 そんなことで自分が不快になる理由なんてないはずだ。ないはずなのに――


「くそ……」


 つぶやいた声は、酒にかすれてひどく弱々しく。世界で一番、みっともない男だと思った。






 一方、ユンカースが去った食堂ではローレルが長時間まったりと酒を楽しんでいた。ドスドスという足音と共に、テーブルの上につまみの皿が置かれる。


「まったく……。お前さん、あまりウチの子をからかうんじゃないよ」


「女将。いやー、あんまり分かりやすいから面白くって。城勤めってのは初心(ウブ)なのかねえ。王様はあんなに女好きなのに」


 腕組みをして諌めに来たミネルヴァに、ローレルが笑いながら返す。ローレルの指摘にミネルヴァは白髪頭を搔いた。


「あれは特殊だ。基準にするな。……慣れてないんだよ。知らないと言ったほうがいいかもしれないけどね」


「へーえ。純情だな」


 ふっと笑ったローレルにミネルヴァが顔をしかめる。テーブルをトントンと叩くとしっしと手を払った。


「そろそろ店じまいだ。それ食ったらとっとと帰んな。面倒事はごめんだよ」


「りょーかい。ここ、気に入ったからまた来るよ」


 淑女に贈るような取っておきの笑みを老女に向けると、ミネルヴァは鼻で笑った。


「アタシに色目使うなんざ50年早いよ。ケツ洗って出直してきな」




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