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13.突撃! 臣下の晩御飯


「ミネルヴァさーん。この味どう思う?」


「どれ……。まずくはないが、慣れない味だね。お前さんの言う『ベントー』に入れるならお試しで少量からにした方がいいね」


「だよねぇ~。カイトは好きって言ってくれたけど、ザ・和食の味だもんなぁ……。よっし、ユンユンに食べさせてみよっと」



 その日有那は、日中の乗馬練習を終えてミネルヴァの食堂の開店準備を手伝っていた。

 外国からの商品が入る市場で醤油とみりんに激似の調味料が手に入ったので、手始めにきんぴらもどきを作ってみたのだがミネルヴァの反応はいま一つだった。渋い和食が好きな海渡は喜んで食べてくれたが。

 常連さんとユンカースに出してみようと皿にきんぴらをよそうと、ちょうど開店時刻になった。扉の看板をひっくり返そうと有那は外に出る。


「開店か?」


「あ、はい。いらっしゃいませー。どうぞ」


 ちょうど外階段を上ってきた男性客と鉢合わせた。有那が中へと招くと、彼はゆったりと微笑む。

 40歳過ぎぐらいだろうか。ゴージャスなロングの赤毛が男らしい顔にやたら似合う、派手ななりだが不思議と落ち着いた雰囲気の人だ。


(わーイケオジだー。初めて見る顔だな。シンプルだけど高そうな服着てる……貴族かな?)


 イケオジを席に案内すると、彼はにっこり笑って有那を見つめる。その視線に不思議と絡め取られて思わず見つめ返すと、よく響くいい声で問いかけられた。


「そなた、名は何という?」


「へ? ……あ、有那です」


「アリナ……。そうか、良い名だな」


「はぁ。ありがとうございます」


 初対面で名前を聞いてくるなんてロクな男ではないはずだが、なぜだか有無を言わせぬ力を感じて答えてしまった。ニコニコとうなずいた彼はゆったりと店内に目をやる。


「この店のおすすめはなんだ?」


「なんでも美味しいですけど、今日は子羊の包み焼きがおすすめですよ。あとあたしが作った『きんぴら』っていうちょっと変わった味のお惣菜があるんですけど……いかがです?」


「良いな。頂こう」


 イケオジは慣れた様子で注文を済ませると、この店の中では一番値が張るアルコールのグラスをゆっくりと傾ける。そんな何気ない仕草ですら堂に入っていて、有那は準備をしながらホウ…と見とれてしまった。


「お待たせしましたー。それじゃきんぴらと、フィッカ(うお)のたたきと、紫ツッカの冷製スープです。包み焼きはもーちょっと待っててください」


「分かった」


 先に用意できた料理をまとめて運ぶと、イケオジは真っ先に有那のきんぴらに手を付けた。ゆっくりと咀嚼するその顔を有那は思わずじっと見つめてしまう。


「あの……きんぴら、味どうです? この国の人にはちょっと馴染みがない味かもしれないんですけど……」


「うん? 美味いぞ。香ばしくて――面白い油を使っているな」


「ほんとですか!? 良かったー、口に合って。それ、ヴァスっていうなんかよく分からん種子から取れる油を使っててー、あたしの国ではゴマ油って呼んでた油に激似の香りなんですよね」


 思いのほか高評価をもらい、有那はほっと胸を撫でおろした。破顔してぺらぺらとしゃべる有那にイケオジは目を細める。


「ほう。そなたは面白い料理を作るのだな。アリナよ、余の専属料理人になる気はないか?」


「あ、ないっすねー。あたし今、新しい事業始める準備で忙しいんで!」


「そうか、それは残念だ」


 軽い調子でいきなりスカウトされ、有那もまた軽い調子ですっぱり断った。このイケオジ、どうやら相当な金持ちらしい。初対面の女をいきなり雇おうとするなんてどうかしている。

 男はダメージを受けた様子もなく軽く肩をすくめると、おもむろに立ち上がる。


「あ、トイレなら奥に――」


「いや。『恵みの者』に誘いを断られたのは二度目だと思ってな。まったくそなたたちは面白い」


「?」


 イケオジが興味深そうな笑みを浮かべ、ずいと顔を近付けてくる。自分にめちゃくちゃ自信のある人にしかできないであろうその行動に、有那は少し顔を引いた。

 距離感バグってんなー。そんなことを考えていると、カランと玄関のベルが鳴った。


「――あ、ユンユン。おかえりー」


「ただいま戻りまし――、……っ!?」


 いつものように不愛想に帰ってきたユンカースが、有那を見た瞬間ぎょっと目を見開いた。有那はイケオジの射程範囲から抜け出す口実ができたことに安堵して、ことさら笑顔でユンカースを出迎える。


「……ユンユン」


「はい。ここの住人で――ねえねえユンユン。あたし今日ね、元の世界のきんぴらって料理作ったの! この人が美味しいって言ってくれたから、あとでユンユンにも出すね」


「……ほう」


 イケオジの興味深そうなつぶやきに応えつつユンカースに笑みを送ると、ユンカースは珍しく唇を引きつらせた。厨房にいるミネルヴァの背中と有那の横の男の顔を見比べ、ものすごく困惑している。


「あ、ちょっと。ユンユン、ボタン取れかかってんじゃん! 後で直したげるから部屋持ってきてー。ほんと、完璧そうに見えて意外に生活能力低いよね」


「……ほーう。なかなか、甲斐甲斐しく世話を焼かれているではないか? ユンカースよ」


「…っ!!」


 イケオジの一言にユンカースの頬がさっと赤く染まった。初めて見るその表情に有那は目を見開いて二人を見比べる。


「あ、もしかして知り合いな感じ? いきなりお金持ってそうなイケオジが来たから何かと思ったよー。なんだぁ、ユンユンに用があったのかあ」


 入り口に突っ立っているユンカースの背を押すと、有那はイケオジの待つ席へと導いた。ユンカースは振り返ると有那に小声で問いかける。


『アリナさん! この方が誰か聞いたんですか!?』


『え、知らんけど。ユンユンの知り合いじゃないの?』


『この方は――!』


 ユンカースがちらっと厨房を窺い、ミネルヴァが不在なことを確認してから観念したように男のもとへと歩み寄った。その足元に膝をつくと、うやうやしく手のひらで男を指し示す。


「このお方は、当代のオケアノス国王――アステール3世です」


「……ん? なんて?」


「ですから……! 国王様です。陛下です。この国の最高権力者で、僕があなたの動向を報告している方ですよ!」




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