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10.新たな出会い


「ここが侯爵邸……? でっか……」


 ユンカースとローレルの店に行ったその翌日。有那は海渡を連れてヴォルク侯爵邸を訪れていた。しかしその門前に立つと、柵で囲まれた敷地の大きさと市中の他の建物とは比べ物にならない立派さに圧倒される。

 ここまで来るのは意外に簡単だった。アパートの前から出ている馬車に乗って一本だ。ミネルヴァのアパートは通勤に最高の立地だった。


(あんなとこに土地持ってるミネルヴァさんって何者? 実はお金持ち?)


 覚悟を決めて、海渡の手を引き敷地内に入ると正面ではなく横へと進む。

 今日の有那が用事があるのは当主であるヴォルク侯爵でも、「恵みの者」の侯爵夫人でもなかった。そもそも今は不在だとユンカースから聞いて知っている。

 門からほど近いところにひっそりと建つ建物――侯爵邸別邸の前に立つと、有那はドアノッカーを鳴らした。


「はーい。……ああ、こんにちは。アリナさん……ですよね?」


「あ、はい。あのっ、保育室の説明を聞きに来ました。こっちが息子のカイトです」


「はーい。どうぞー」


 出迎えてくれたのはふくよかなアラフォー手前ぐらいの女性だった。お昼寝中の子供たちを起こさないようにそっと奥の部屋へと有那たちを案内する。

 ちらりと見えた保育室内は明るい雰囲気の装飾で彩られていて、ベッドの上で子供たちが寝息を立てている。


(すご……本当に保育園みたい。これも侯爵夫人のアイデアって聞いたけど――)


 昨日ユンカースに言われて、有那は海渡の預け先についてまだ考えていなかったことに気付かされた。自分自身の身の振りでいっぱいいっぱいだったし、海渡が大人しいものだからすっかり頭から抜けていた。


(ううう……ごめんよカイト~。かーちゃん、自分のことばっかで……)


 幸い、ユンカースが侯爵邸に設置されている保育室のことを知っていたので、そこを紹介してもらうことになった。ユンカースが大急ぎで取り寄せてくれた城からの紹介状を持って、さっそく話を聞きに来たのだった。



「それじゃあ改めまして、室長代理のマウラと申します。ごめんなさい、今日は室長が不在で。城から連絡は頂いてますけど、カイト君を預かってほしいと」


「あ、はい。近々仕事を始めるつもりなんですけど、その準備があって。仕事が始まった後も、ずっと連れ歩くわけにはいかないのでお願いできればと――」


「なるほどなるほど。……『恵みの者』の方たちって、働き者なんですねー」


「え……?」


 紹介状に目を通したマウラが感心したように言い、有那は顔を上げた。マウラは海渡に視線を向けるとニコニコと笑いかける。


「カイト君は何歳かな? なんの遊びが好き?」


「5歳……になった。サッカー好き……。あと、昨日お馬さんに乗ったの楽しかった」


「さっかー?」


「あ、ボール蹴り……えーと、球蹴りです。敵の陣地にいくつ球が入るかを競う競技で」


「へー、面白そう。そっか、お馬さんも好きなのね。ここの敷地にもお馬さんがいるから会えるよ。先生の息子と娘も馬が好きなの」


「あ、先生もお子さんいるんですね」


「ええ。娘は今4歳で、ここに一緒に通っています。今は遠出されてますけど、侯爵様のお坊ちゃまも通われてるんですよ。えーと、たしか3歳かな」


「息子さんが!?」


 自力で保育所を作って、さらに自分の子供を通わせるとは侯爵夫人は相当やり手のようだ。行動力がすごい。


(さてはバリキャリだな……!? 超玉の輿だし、めっちゃ美人のしごでき女なんだろうなー)


 有那が想像を膨らませているうちにマウラは海渡への簡単な質問を終え、さらさらと何かを書きつけた。有那に持ち物などの説明をすると、これで終わりですとばかりに立ち上がる。


「え、あのっ! 料金は……?」


「数か月分は城の方で持つと書いてありましたが……。お仕事が軌道に乗ったら担当の方とお話しされてください」


「マジかー。助かるー……。あの、空き状況とか大丈夫なんですか?」


「ちょうど坊ちゃまがお休みされている分、欠員になっていたので大丈夫ですよ。戻られるときには職員の増員を侯爵夫人にお願いします」


「あ、ありがとうございます。しごでき夫人、マジ感謝……」


 トントン拍子で話が進み、馬の練習が入る明後日から海渡を預かってもらえることになった。マウラに見送られて侯爵邸を後にすると、有那は安堵で息を吐き出した。






 ミネルヴァのアパートへと帰ってくると、開店前の手伝いをすべく有那は厨房に入った。宅配に使えそうなメニューを考えながらテーブルを拭いていると、カラン…とドアベルが鳴る。


「あ、すみません。まだ開店前――」


「んん? ……ミネルヴァさーん、この子だーれぇ?」


(……でっか)


 ぬん、と店に入ってきた筋骨隆々とした大男に有那はあんぐりと口を開けた。


「ああ、レーゲン、お帰り。今日は早かったじゃないか」


「最近時間が不規則だったから、上がらせてもらったのよ〜。久々にミネルヴァさんのご飯食べられるわー」


 厨房からミネルヴァが顔を出し、大男に声を掛ける。店の奥では海渡が驚いた猫のように固まっており、有那もまたぎくしゃくとミネルヴァを振り返った。


「あの、ミネルヴァさん。この方は――」


「で、誰? この子。面白い服着てるわねー」


「あ、有那です。ここの住人になったばかりで。あの、お兄さん――いや、お姉さん?」


「どっちでもいいわ、ただのレーゲンよ。私もこのアパートの住人なの」


「ああ! はい、レーゲンさん」


 なかなか会えないと思っていたら、彼が最後の一人だったのか。有那はやっと会えたその人にぺこっと頭を下げる。

 大男――レーゲンはムキムキマッチョではあるが、見ると顔は女性的でユンカースとはまた別の方向性で整っていた。もしかしたら少年時代は儚げな美少年だったのかもしれない。


 男でも女でもなさそうなそのマッチョなレーゲンは、有那を頭のてっぺんからつま先までじっくりと見下ろす。性的とか嫌な感じはなく、むしろファッションチェックでも受けるような緊張感に有那はドキドキした。


「あんた、『恵みの者』なんだってね。その上着どうしたの? お腹出しちゃって……。元の世界の服?」


「あ、これはミネルヴァさんにお下がりもらったのを自分でリメイクしてー。ちょっとやりすぎちゃったかなー、みたいな」


「ふぅん……。悪くないじゃない。そのヘソの飾りは?」


「あ、これはヘソピって言って、穴を開けてもらってー。痛かったからもう二度とやりたくないけど」


「へー。いいわね、それ。私もやろうかしら」


 くねっとしなを作ってレーゲンが興味を示す。

 ……あ、いい人だ。有那は少し緊張していた肩をほっと撫でおろす。


「それで、あの子は?」


「あー、あれはあたしの子で……。カイト、こっちおいで」


「う、うん……」


 厨房に引っ込んでミネルヴァのそばで小さくなっていた海渡がおずおずと顔を出す。その肩を掴んでレーゲンの前に立たせると、レーゲンはしゃがみ込んでまじまじと海渡を見つめた。


「あらカワイイ子。食べちゃいたい! それにしてもあんた、そんなナリで子供がいるの? 変な子!」


「うわード直球ー。……はい、まあ……。あ、旦那はいないです」


「聞いてないわよ。……ふぅん、ワケありか。このアパート、ワケありばっか集まるわね」


(たしかに。住人みんなクセつよっ)


 美形率は無駄に高いが、一筋縄ではいかない人間ばかり集まっている気がする。まず大家であるミネルヴァの背景からして謎だ。

 レーゲンは立ち上がると海渡の頭を優しく撫で、バチンとウインクをした。


「ま、仲良くしましょ。ミネルヴァさーん、お茶ちょうだーい」


「自分で淹れるんだね。デカい図体して、しな作るんじゃないよ!」


「やだっ、ひどーい」




 その後、レーゲンが体の大きさに見合わぬ繊細な動きでコーヒーを淹れてくれて、ミネルヴァも交えて一服ということになった。

 皆でテーブルを囲み、開店前の静かなひと時を堪能する。


「えっと、レーゲンさんはなんの仕事をしてるんですか?」


「レーゲンでいいわよ。敬語もナシ。ユンカースみたいな堅っ苦しいのは二人もいらないわ」


「あー、たしかに……」


「私は城の門番をしているの。といっても派遣されてる身だから本職の軍人とは違って気楽なものだけどね。たまに副業もするし」


 レーゲンがたくましい二の腕を叩き、ニコッと笑う。ミネルヴァがコーヒーを飲みながら渋くつぶやいた。


「たまにウチの補修なんかもやってくれてるよ。お前さんの部屋の上にアリナたちが入ったが、レーゲン、足音なんかは大丈夫かい?」


「えー、全然よぅ。子供がいるんだから、足音ぐらい聞こえたっていいわよ。カイト君、気にせず過ごしてね」


「う、うん……」


 レーゲンの風体にまだ緊張しているのか、海渡は有那の横でピッと固まっている。その頭をどーどーと撫でながら、有那はレーゲンに問いかける。


「レーゲンはここに住んでもう長いの?」


「そうね……5年ぐらいかしら? 私より先にユンカースが入ってたわよね、ミネルヴァさん」


「そうだね……あの子が大学に入った歳だから、もう8年前か? たしか15歳だった……生意気なガキだったよ」


「へー。ユンユンってそんな昔から一人暮らしだったんだ」


「ああ。ウチに来る前は高等学院の寮に入ってたんだけどね。そこの寮母がアタシの知り合いで、『ちょっと気になる子がいるから引き取って見てほしい』って言ってきたんだよ。それで大学の寮じゃなくてここに住まわせることにして――。飛び級での入学だったからね。やっかみも多そうだったし心配してるんだろうと思ったけど」


「へえ……」


 当時のユンカースの姿がなんとなく目に浮かぶようだ。たしかにあの見た目にあの性格では、年上の同級生から色々言われることもありそうだ。


「でも『気になる』ってのは性格の方じゃなくてね。あの子、生活能力が全っ然なかったんだよ! まあお坊ちゃん育ちだったから仕方ないけど、洗濯も掃除も何一つできなくてね。アタシが一から仕込んでようやくまともな暮らしが送れるようになったんだよ。それまではシャツもクシャクシャで寝癖がついたまま学校に行ってて、そりゃもうひどかった」


「ぷっ……! 何それウケる。ポンコツでめっカワじゃん」


 今は「一部の隙もありません」みたいな顔をしてるくせに、ちょっと前まではそんな感じだったのか。有那が噴き出すと、隣のレーゲンもうんうんとうなずく。


「私が入った頃にはもうお城勤めをしてたけど、この5年で少しは丸くなったと思うわ。私なんか最初の頃ゴミ虫でも見るような目で見られてねー……。今は親しみを感じてくれてるって分かるようになったけど」


「分かる~。あたしも似たような感じだったー。ユンユン、悪い奴じゃないのに言葉が足りんのよな……」


「いい子なんだけどねえ……」


 しみじみとうなずき合うと、カランとドアベルが鳴った。姿を現した、早番で帰ってきた噂の主に4対の瞳が向けられ、ユンカースがじりっとたじろいだ。


「な、なんですか……」




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