軋む音と共に、変わっていく
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます!
神と仏と悪霊と物の怪が肩を寄せ合い住む国──日本。そのハロウィンはもちろん……?
「トリーック オア トリート♪ お菓子をくれーなきゃいたずらーしちゃうぞ……♪」
先程の商店街で流れていた歌を口遊む。たったそれだけで、あの頃に少しだけ戻ったような気がするのは、さすがに甘いだろうか。
口遊んだのは10年以上も前に出た歌だったが、未だにこの辺りの子どもたちのハロウィンを彩っているらしい。そういう変わらなさが、今の俺にはなんとなく心地よかった。
様々なことが変わった。
通う学校、住む場所、服の趣味、音楽の趣味、食事習慣、人間関係だって。5年の間にいろんなことが変わった。
数だけで見てしまえば、それかもっと年を重ねていけば『たった5年』と言えてしまうような期間なのかも知れない。だが、俺にとってはとても『たった』とは言えない、大きな時間だった。
5年という期間は、あらゆるものを変えるのに十分な時間のようにさえ思えた。普段は意識しなくても、5年前にタイムスリップしたかのような駅前通りを抜けているうちに、否応なしに突きつけられる変化というものに、足が竦むようで。
だから、ふと接することのできた『変わっていないもの』に思わず縋らずにはいられなかった。
商店街を抜けたあとの町並みも記憶にあるものと大差なくて、だから俺もあの頃のまま、ずっとここにいたみたいな顔をして歩くことができた。少しの間でも、経過した時間から目を逸らせるならそれでよかったのかも知れない──これから、否応なしに突きつけられるのだから。
──お兄ちゃん
聞こえてきた声は、悲しげに濡れていた。
失望の色も混じっていた。
何かを諦めた風でもあった。
そんな声にまともに答えることすらしないでそそくさと大学近くに引っ越した俺は、たぶんひどく恨まれているかも知れない。
それでも、向き合わなくてはいけないんだ。
俺は、清算しなくてはいけない。
未来に向かって進んでいくために、未来との間に残ったことを、解消していかなきゃいけない。俺は、もう逃げてちゃいけないんだ。
躊躇う足をどうにか踏み出して、俺はようやく実家に帰ってきた。
「未来……」
名前を呼ぶと、どうしても足が竦む。
あの日、俺の前で露になった素肌の艶かしさを思い返す。押し付けられた唇の、少し乾いたカサつきを思い返す。抱きついてきた肌の温かさ、口では拒絶しておきながら明らかに“何か”を期待して早まった俺自身の鼓動。
思い出すのも厭わしい──それでも逃げてはいられない過去を胸の奥から呼び起こしながら、俺はスマホの待受画面を見る。そこに映し出されているのはどこか曖昧な照れ笑いを浮かべている俺と、そんな俺と頬をくっ付けて無邪気に笑っている恋人の萌恵の写真。
オカピーランド……テーマパークで遊んでいるときに撮ったからだろう、普段なら絶対つけないだろうオカピの耳を模したカチューシャを揃いで着けて、……ったく、ほんとに楽しそうな顔してるな。普段から俺の心を救ってくれている萌恵に、今もまた心を奮い立たせてもらう。
そう、俺は彼女との未来へ進むんだ。
だから、過去の過ちを清算して、すっきりした状態で前に進む。それが俺にとって──そしてたぶん、未来にとっても、必要なことに違いないから。
インターホンを鳴らす前に、ひとつ小さな呼吸をしていると。
「Trick or Treat?」
耳元で、静かな声が囁きかけてきた。
「ぅわ!」
振り返った先には、5年経っても面影がたくさん残った未来の姿。……しかし。
「未来……だよな?」
俺は、そう問いかけずにはいられなかった。
「そうだけど~、そっかごめんね? コスプレしちゃってたからわかんなかったかな。ほら、今日ハロウィンだからさ……」
えへへ、と照れたように笑う未来の格好は、コスプレというよりただの露出に近いもので。
「わたしね、ずっとお兄ちゃんに言いたかったことがあるんだ。あのね……?」
なんだか疲れた様子で、そしてどこか艶っぽい笑みと共に俺を見つめる未来に圧倒されていると、玄関のガラス戸がガラリと音を立てて開いて。
「浩平、早く入りな」
言うが早いか、怖いくらい静かな表情で出てきた母は俺の手を引いて玄関に入り、笑いながら何か言いかけている未来の声を遮るように思い切りガラス戸を閉めたのだ。
「え、母さん。未来は?」
「遠かったから疲れたでしょう。お母さんもひとりだけだから毎日つまんなくて。さぁさぁゆっくりして?」
「母さん、」
「すぐ何か出すから。ゆっくり。しててくれる?」
返ってきたのは幼い頃から覚えのある、有無を言わさないような苛立ちの声。それだけ残して、母はさっさと廊下からいなくなってしまった。
何だよ、これ。
母と未来は、俺が引っ越す前はめちゃくちゃ仲良かったはずだ。そんなふたりを父がどこか窘めるように見守っているのがうちの日常だったはずなのに……どうしちまったんだ?
戸惑いながら振り返ったガラス戸には、もう誰も立ってはいなかった。
前書きに引き続き、遊月です。この国に新しく、ハロウィンの歌が生まれましたね。MVから伝わるカオスぶり、そして今日はそんなカオスを受け入れて楽しむ日なんだぜという何かがね……えぇ。私も非常に好きでございました。
さて、手軽に摂取できるカオスであるところのSNSで私も日々たくさんの方々の投稿を見て楽しんでいるわけですが、何やら本日(2024年10月31日)は不穏な風が吹いていたんですね。いや、もちろんいつでも火薬庫のようにドンパチしている方はいるのですが(笑)
何やら地雷ジャンルを語る流れが私の観測できるタイムラインで形成されていて、最初は私も考えなしに『スカト□は駄目かもなぁ』などと便乗してしまったのですが、そのときに、好きなジャンルがわりと親しい人の地雷だったことを知ってからというもの創作の方向性に迷い、結局筆を折ってしまった知り合いがいたことを思い出してしまったんですね。その知人は自分のなかに溜まった澱を吐き出すように創作する人物で、「やっと自分を吐き出せるような気がする」と嬉しそうに言っていたのを知っている身としては『大丈夫だよ、君ので地雷なら俺の創作なんて放射能汚染だよ』とよくわからない喩えで励まそうとしたものでしたが、結局その御仁が創作趣味に戻ってくることはなかったんですよね。
ふと思い出してしまうと、当時のやるせなさや彼が見たという誰かの無神経さに対する憤り、そして思い返すと作者の好きなジャンルのSNS上で公開された漫画とかも辛辣なお気持ちコメントで公開停止したりしていたなぁという悲しい記憶など、いろいろなものが蘇ってしまい、まぁまぁ情緒乱るる汗も溢るるといった有り様になってしまったのですよね。
もちろん私も、「主人公が無条件に肯定されて、相対する敵役?が必要以上に懲らしめられる」ような話だったり「明らかに別の相手に好意を寄せていたはずの相手がプレイアブル化したら主人公堕ちしている」展開だったりという苦手……というよりまさしく地雷と呼ぶべきものはあるわけですが、やはり衆目に触れる場での発信には気を付けねばなと改めて思い直したものでした。
人の振り見て我が振り直せではないですが、憤ることに終始していては何にもなりませんからね。気を付けたいものです。
閑話休題。
いよいよ未来との再開を果たした浩平。しかし、事態は浩平の思いもしなかった方向に進んで……?
※ ホラーではありませんよ!
また次回、お会いしましょう!
ではではっ!!