・6―13 第98話:「苦難の道:1」
・6―13 第98話:「苦難の道:1」
六月十九日、午後四時。
帝国軍は、まだ持ちこたえていた。
しかしその劣勢はもはや明らかで、くつがえすことはできそうにない。
ノルトハーフェン公国軍の第一師団は、さすがに歴戦の部隊だった。
共和国軍の集中攻撃に直面し、これ以上の突撃は実行不可能となるほどの打撃を受けて撃退されてしまったものの、総崩れは起こさなかったからだ。
一度倒れた軍旗が無事だった兵士に拾い上げられ、再びかかげられる。
兵士たちは師団長であるペーターの判断で後退を開始しつつも、必死に隊列を保ち、迫って来る共和国軍に応戦した。
その勇戦は称賛されるべきものであったが、もはや勝敗には寄与しない。
全力で攻勢を開始した共和国軍を押し返すだけの余力、つまり予備兵力が帝国側に残されていないためだ。
敵軍の進撃を遅らせることはできても、撃退する力は残っていない。
———もはや、一刻の猶予も残されてはいない。
ヴィルヘルムからの再三の勧めもあって、エドゥアルドはこの戦場から離脱することを決め、各部隊に対して撤退を開始せよと命令するために伝令を走らせた。
(しかし、どうするか……)
この場から、逃げる。
不名誉であり、屈辱でもあるその行為を実行に移すと決心したものの、代皇帝にとってそれは至難の業であった。
逃げる、と言っても、自分一人だけで逃げても始まらない。
これも何度もヴィルヘルムが言っていたことだったが、ある程度の戦力を保ったまま引き上げなければならない。
そうしなければきっと、敗北を知ったヴェストヘルゼン公国軍は戦意を完全に失い、ヴェルナー公爵は本人の意思によらず共和国軍に降伏を余儀なくされてしまうだろうし、広範な地域が敵の占領下におかれたまま定着してしまうかもしれない。
そして、エドゥアルドの名声は完全に失われる。
帝国内では、彼が行おうとしている改革について、懐疑的な見方も多くある。
しかし、彼が内乱の勝利者であり、これまで自身の責任に帰せられる敗北を知らないから、人々は異論を大っぴらに唱えずに従っているのだ。
どうなるか分からないが、あの代皇帝のやることだから、うまく行くのかもしれない。
そんな期待がある。
ここで無様な敗北を見せれば、それは失われ、そして反対派が勢いづくだろう。
先に内乱を敵側として戦った者たちが、幽閉されているベネディクトとフランツ、二人の前公爵のどちらかを担ぎ出すかもしれない。
あるいは、ユリウスか、デニスか。
エドゥアルドを現在の地位にまで上り詰めさせた信望は崩れ、政権は足元から崩壊することになる。
そうなるよりは、ここで戦死した方がまだマシだ。
ユリウスが改革を引き継いでくれれば、帝国はおそらくは存続するだけなら何とかなるだろうと思っているし、貴族の家に生まれた者として、自身の生死に勝るものがある、ということは少年も理解している。
だが、そういうのは跡継ぎが生まれてからにしろ、とヴィルヘルムに言われると、強がってもいられなくなる。
ここでエドゥアルドが死ぬ、ということは、ノルトハーフェン公爵家の嫡流が断絶する、ということでもあるのだ。
今回は従軍を断っているが、代皇帝にはヨーゼフ・ツー・フェヒターという、従兄弟がいる。
紆余曲折あった相手だが、彼に公爵家を継がせれば血統としてはその家は残るだろう。
しかし、あくまで庶子であって、被選帝侯としての正当性は大きく薄まることになってしまう。
エドゥアルドは若かった。
若いからこそ多くの人々がその可能性を信じてついて来てくれるのだが、同時に、その基盤は弱い。
大きく躓けば見限られてしまうかもしれなかったし、なにより、後継となってくれる世継ぎがいないのだ。
(結婚、など、考えている場合ではないのだが)
そう思って無視してきたが、家、というものを背負って生まれて来てしまった以上、もはや意識しないわけにはいかなかった。
———だがそれも、この場を生き延びてからのことだ。
エドゥアルドはヴィルヘルムや他の参謀たちともの相談し、撤退の方法について検討していった。
まず、逃げる方向。
それは東の側、つまり帝都に向かって、ということにすぐに決まった。
東南に逃げればズィンゲンガルテン公国に近づくことができ、同国には今回、従軍を免除とするように伝達してあるから、多くの兵士が残っているはずで、援軍を得やすい。
しかし、彼らもまたこれまでの戦乱で熟練の将兵のほとんどを失ってしまっており、戦力としてはまったく頼りにならないのが実情だった。
さらには、そこに暮らしている民衆も一昨年のサーベト帝国による侵攻を受けた結果かなり疲弊しており、彼らにこれ以上の軍役による負担を強いることはしたくなかった。
東側に真っ直ぐ逃げれば、帝都に近づく。
こちらは、相応に有力な援軍を期待することができた。
なぜなら帝都・トローンシュタットには、帝国陸軍の参謀総長であるアントン・フォン・シュタムがおり、その手元には交代要員のプール、あるいは新兵訓練の受け入れ先として残して来た帝国軍の数万の兵力が残っているからだ。
アイゼンブルグの戦いで痛手を負ってしまっても、増員を受けることができれば立て直すことができるかもしれない。
また、相手側の国情で難しいかもしれなかったが、東の隣国、オルリック王国に派兵を要請することも視野に入る。
同国の王女、アリツィアとエドゥアルドは戦友となった過去があり、旧知の仲であり、今でも手紙をやり取りする程度の関係を保っている。
彼女のツテを頼って要請すれば、いくらかの兵力を回してもらえるかもしれなかった。
東に逃げる、と決まると、後はその方法だ。
前線で戦っている将兵を引き揚げさせるのは至難だ。
すでに戦闘中であるために必ずしも円滑に命令を伝達できるわけではなかったし、状況次第では身動きが取れないかもしれない。
しかも敵は、こちらが退却し始めたと知れば喜んで追撃して来るだろう。
だから本来であれば予備兵力を投入して撤退を支援するのだが、今の帝国軍にはもう、そうすることができなかった。
———こうしている間にも、共和国軍は前線を押しあげつつある。
限られた時間の中でなるべく上手に引き上げるためには、できるだけ早く撤退の手順を定めなければならない。
エドゥアルドたちは、かなりリスキーな手法を取った。
帝国軍の右翼側の部隊、つまり撤退したい方向とは反対の西側にいる部隊を引き抜き、それを、撤退を支援するための兵力として転用することを決めた。
大きく時計回りに後退させるのではなく、右翼の戦列を右から左にスライドさせるように斜め後ろに後退させる。
そうして戦線を縮小し、縮小した部分にいた兵力をあらためて予備兵力とし、各部隊の撤退を支援させるのだ。
この試みは辛うじて成功し、エドゥアルドたちはすぐさま、全軍を撤退させるべく命令を発した。
こうして、苦難の道のりが始まった。




