・6-11 第96話:「勝利を我らに:1」
・6-11 第96話:「勝利を我らに:1」
タウゼント帝国において、ヴェストヘルゼン公爵家は武の気風の強い家柄として知られていた。
その出自からして、帝国の西の国境の守りの要であり、皇室が滅びようとした時にそれを支える、最後の砦であったのだ。
歴代の公爵は武力を重んじ、その軍を強くしようと取り組み、ヴェストヘルゼン公爵家から皇帝選挙によって選ばれ皇帝となった者は大抵、武断的で、軍事力を重視してそれを活用して国力を充実させるような政策を取って来た。
そしてその気風は、未だにきちんとした面識をエドゥアルドと持っていない新しい当主、ヴェルナー公爵も引き継いでいたらしい。
彼は、手元にある精鋭と呼べる兵力が五千程度しか残っていないのにも関わらず、城外にあらわれた帝国軍と連携するために積極的な攻勢に出た。
開戦から三時間余り。
その間に出撃準備を整え、作戦を立て、残された兵力を出し切るつもりで出撃して来る。
「報告! ヴェストヘルゼン公国軍が城内から打って出て、敵の後方を攻撃し始めた模様! 」
敵状を確かめていた参謀将校からそう報告を受けるまでもなく、エドゥアルドにもその様子がよく見えていた。
最初に自身の存在を誇示するために登った高所がそのまま、指揮所となっていたからだ。
これを除いたら勝機はない、と、覚悟を決めているのだろう。
ヴェルナーに率いられた一軍の勢いにはすさまじいものがあった。
城に配備されていた火砲が一斉に城下町を占拠していた共和国軍に向かって火を噴き、それを合図として、サーベルを振りかざした騎兵や、銃剣を装着した兵士が開かれた城門からあふれ出してくる。
彼らは慣れ親しんだ市街地を自由に疾走すると、次々と共和国軍の小部隊を撃破していった。
———状況が、動いた。
戦機が到来したのだ。
そう悟ったエドゥアルドは、同様の感触を肌で感じ取り、期待する眼差しで見つめて来ていた将校たちに向かって、引き抜いた自身のサーベルを高々と掲げて勇ましく命じていた。
「ヴェルナー殿の攻勢に呼応する! 予備兵力を投入し、共和国軍を挟撃するぞ!
勝利を、我らに! 」
勝利を我らに。
それはやがて兵士たちにも伝わり、歓声となって広まった。
長い強行軍の果ての、苦しい防戦。
その苦難がようやく終わり、そして、栄光を手にする時が来たのだ。
とっておきの予備兵力として残していたノルトハーフェン公国軍の第一師団、その師団長のペーター・ツー・フレッサー中将に向けて、代皇帝は直ちに攻撃を開始するように命令した。
目標は、敵の中央。
城外に打って出て来たヴェストヘルゼン公国軍と最短経路で合流できる場所だ。
これによって、共和国軍を真っ二つに分断。
指揮系統を寸断し、統制を失った敵軍を徹底的に追撃して、この方面からの侵攻が不可能であるということをはっきりと敵に突きつけるのが狙いであった。
第一師団の将兵は果敢に前進を開始し、数少ない砲兵が残らず投入されてできる限りの支援射撃を与える。
前線で戦っていた者たちは、帝国軍が勝利を手にする時間が目前に迫ったと感じ、疲れた体に鞭を打ち、気力を振り絞って敵軍を攻め立てた。
その勢いに、共和国軍は抗しきれない様子だ。
先ほどまでは攻勢に出ていたはずなのに押し返され、部隊は後退し、戦線をどんどん縮小していく。
「耐え抜いた甲斐があったな」
その光景を目にしながら、エドゥアルドはもう、勝った後のことを考え始めていた。
ここで敵軍を打ち破ったとしても、まだ、共和国軍の主力軍は健在だ。
今頃は残して来たヨッヘム公たちと交戦状態に陥っているかもしれず、戦況次第ではどのように対処をするのか、難しい決断をしなければならない。
戦後の復興、ということも考えなければならない。
今回の戦争では帝国領が戦火に巻き込まれたのだ。そこに暮らす人々の生活を立て直すためには支援が必要になるのに違いなかったし、共和国側の再侵略を阻止できるよう、防衛態勢を見直して再構築しなければならない。
———勝利を予感し、誰もが胸を躍らせ、高揚感に浸っている。
そんな帝国軍の本営にあって、ただ一人、黙り込んでいる者があった。
ヴィルヘルムだ。
「……おかしい。これは、なにかがおかしい」
彼は誰にも聞かれないような小さな声で、口の中でぶつぶつと呟いている。
共和国軍の攻勢に対し、大きな対応を取らず、決して隙を見せないよう、相手が疲れるか状況が変化するのを待つ。
それが彼の考えていた作戦であり、エドゥアルドはそれを採用し、実際、勝機が訪れた。
そのはずなのに、何かが引っかかっている。
そうしている間にも、帝国軍の優勢は強まっていた。
高所から見おろしていると、その様子がよく分かる。
戦場のそこかしこでマスケット銃の斉射によってできた濃密な硝煙が空に浮かぶ雲のように漂い、夏を迎えて濃くなりつつある緑の中に浮かんでいる。
その中で戦っている将兵の姿は肉眼でははっきりとは視認できなかったが、各部隊がかかげている旗の進退で戦況の推移は知ることができた。
帝国側が、明らかに押している。
共和国軍の中央部は第一師団の猛攻でまさに突破されようとしていたし、ヴェストヘルゼン公国軍はアイゼンブルグの城下町の大半を奪還し、さらに外に打って出ようと、城下から出ることのできる城門に殺到しつつある。
勝利は明らかな形勢にしか思えない。
「……いけない! 」
だがその時、ヴィルヘルムはついに自身の懸念の正体を悟ったのか、弾かれたように顔をあげ、戦況を満足そうに眺めているエドゥアルドの下に駆けよった。
珍しくその表情からは柔和な笑みが消えている。
「陛下! 危険です、第一師団を、すぐに後退させて下さい! 」
「な、なんだ? ヴィルヘルム殿、いったい、どうされたのだ? 」
「敵は、この時を待っていたのです! 我々が先に予備兵力を投入する、この時を! 」
そうなのだ。
敵は、先にこちらに予備兵力を投入させようとしている。
ヴィルヘルムはそのことを見抜いていたし、エドゥアルドも理解していたはずだった。
それなのに、戦機が訪れた、と判断をして、虎の子の第一師団を突撃させてしまった。
相手に先に使わせるつもりであったのに、こちらが先に切り札を使ってしまったのだ。
敵はまだ、隠し玉を温存している……。
驚いている代皇帝にそのことを指摘しようとした時のことだ。
前線で激しい砲声が轟き、そして、———快進撃を見せていた第一師団の各部隊の旗が、バタバタと倒れたのだ。




