・6-10 第95話:「防戦:2」
・6-10 第95話:「防戦:2」
両軍の戦闘が開始されてから二時間余りが経過した、午後一時過ぎ。
エドゥアルドは、未だに苦戦の中にいた。
とにかく、敵の動きが早い。
こちらが対応の指示を出しても、まるでそのことを読んでいたかのようにさらなる手を打ってくる。
———いや、実際に、読まれているのだろう。
「我々は、誘導されている、という方が正しいのかもしれません」
どうしてこうも先行きを読まれるのか。
その疑問を思わず呟いた時、ヴィルヘルムが再び口を開いた。
「誘導、されている? それはいったい、どういうことなのだろうか? 」
「はい、陛下。
陛下もボードゲームをなさいますでしょう?
その際に、この手を打ったら、相手はこう出るはずだ、と、ある程度は候補を絞って先読みができるはずでございます。
ゲームならずとも、実戦においても同様に、相手の出方を予測することが可能です。
一定程度の定石がございますから」
「なるほど。……つまりは、敵将はこちらの打つ手を予測して、そのさらに先を読んであらかじめ命令を下している、ということなのか。
そしてこちらは今のところ、相手が想定した通りに動いてしまっている、と」
「左様でございます、陛下」
帝国軍も共和国軍も、使用している兵器、兵に施している訓練は、似通っている。
当然、用兵のしかたについても、共通点が出て来る。
相手が軍の翼を延ばしてくるのならば、こちらもそれに応じて翼を延ばす。
騎兵で迂回を試みるのならば、こちらも騎兵で応じる。
そういう手を打ってくると分かっていれば、さらにその先でどうするかを考えて、あらかじめ命令を出しておくこともできるのだ。
敵が機先を制して動き、こちらはそれに対応する形でこの戦いは始まった。
そのために、ついつい相手の動きに合わせて兵力を動かしてしまっており、結果として、思う壺にはまってしまっている。
「ヴィルヘルム殿。対策としては、どのようにすれば良いのだろうか? 」
今のところは戦線を支えることができている。
エドゥアルドの手元には後続の軍が次々と参加してきており、敵軍の動きに応じて展開する兵力が確保されているからだ。
しかし、このままでいいはずはなかった。
相手の予想の範囲内に収まるような指揮をしていたのなら、勝利など絶対につかみ取ることができないからだ。
「戦いを急いて、無理に主導権を取り戻そうとなさらないことが大事であろうと考えます」
ヴィルヘルムの声は、澱みない。
いつもの仮面のような柔和な表情に、落ち着き払った声。
普段ならそれが不気味に思えることもあるのだが、今はただ、頼もしく思える。
「しかし、それではずっと、相手の思う通りに動き続けることになってしまうのではないか? 」
「そうではありません、陛下。敵の狙いは、我が方に大胆な行動を取らせることなのです」
このまま敵の動きに合わせて防戦を続けろ、という言葉に違和感を覚えて問いかけると、代皇帝のブレーンは小さく首を左右に振った。
「共和国軍は、勝負を急いております。
前面には我が軍がおり、後方にはヴェルナー殿下の軍がいて、挟撃を受けかねない状態にあるからです。
そして、勝敗を短期に決しようとすれば、状況が大きく動く時を狙うものです。
つまりは、こちらが戦いの主導権を取り戻すべく、大胆な用兵を行った瞬間を、敵は待っています」
「では、僕たちはどのように動けば良いのだ? 」
「今、我々は、敵が軍の両翼を延ばせばこちらも延ばし、と、ズルズルと戦線を長くするように戦っております。
この段階で主導権を取り戻そうとすれば、予備兵力を大胆に投入して、片翼から突き崩すか、中央突破を図るか。
おそらく敵はそれに合わせて痛撃を加える機会を狙っておりましょう」
「予備兵力を動かさず、しっかりと中央を厚くして、防御に徹せよ、ということか」
そこまで説明されれば、エドゥアルドにもヴィルヘルムの考えていることが分かった。
彼は、動くなと言っている。
防戦一方の状況にしびれを切らし、戦況を打開するべく大胆に兵力を動かした瞬間を勝機と見定め、敵はそれを待ちかまえているはずだから、と。
戦況を大きく変化させるためには、予備兵力をすべて投入する必要があった。
相手を崩すためには、相応に大きな打撃力が必要となるからだ。
しかし、予備兵力というのは攻勢のためのとっておきの戦力であるのと同時に、事態が急変した際にそれを立て直すために用いられるものだった。
先に使ってしまえば、こちらはもう、次の手を打つことができなくなってしまう。
共和国軍が機会をとらえてなんらかの行動を起こした時にそれを制する兵力が失われ、退却を選ぼうにも後退を支援する殿の役割を果たせる部隊が残っていないために、追撃戦で多大な被害を受けてしまう。
だから、とにかく耐えるのだ。
敵も無限に兵力を持っているわけではないから、延々と攻撃を継続できるわけではない。
いつかは息切れをする。
こちらよりも先に、すっかり予備兵力を出し切らせてしまって、もう打つ手がないという状態にまで追い込んでから、ようやく反撃に転じろ。
ヴィルヘルムはそう言っている。
「僕たちは、どれほど耐えればいいのだろうか? 」
その方針は受け入れられるが、エドゥアルドは不安を覚えずにはいられなかった。
しっかりと防御を固めるというのは簡単なようでいて、今の帝国軍にとっては厳しいものがある。
なぜなら、ここまでの強行軍で将兵は体力を消耗しているからだ。
戦いが長引けば彼らはさらに疲弊し、戦えないほどになってしまうだろう。
耐えろ、と言われても、限界というものがあった。
「陛下、ご案じなさいませぬよう。それほどに長くはかからないはずです」
しかし、ヴィルヘルムの返答にはなんの憂いも感じられない。
「間もなく、ヴェルナー殿下の軍が動き出しましょう」
彼の言う通りであった。
アイゼンブルグの戦いが始まってから三時間余りが経過した、六月十九日の午後二時ごろ。
優勢な敵軍によって包囲され、籠城を余儀なくされていたヴェストヘルゼン公国軍が、エドゥアルドたちと共同して敵を討つべく、城門を開いて出撃して来たのだ。




