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メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第六章:「アイゼンブルグの戦い」

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・6-7 第92話:「帝国の防壁」

・6-7 第92話:「帝国の防壁」


 標高一万メートルにもなる山々が連なる銀嶺、ズィルバーン山脈の膝元に国土を持つヴェストヘルゼン公国の領土は、高い平均標高と豊富な起伏を持っている。

 そこに暮らす人々は数少ない平野部に主に居住しつつ、古くから牧畜や鉱業を生業として来た。

 決して、豊かな土地とは言えない。

 農耕に適した平滑地が少なく、高い標高のために気候が冷涼で、麦を始めとする穀物が他の地域のようには育たなかったからだ。

 その代わりに畜産が発達し、チーズなどの乳製品や肉類の加工品が主な食料となっているほか、それだけでは足りないので穀物などを外部から輸入してくるために鉱業で得た鉱石を金属に加工し、それを職人芸で優れた工芸品に加工する産業を発達させている。

 たとえば、エドゥアルドが愛用している懐中時計なども、ヴェストヘルゼン公国産だ。

 そしてそこに暮らす人々は長い間、別の産業も有していた。

 それは、傭兵として雇われ、故郷の人々のために外貨を稼いでくるというものだ。

 同国出身の傭兵は精強で知られていた。

 生まれが山岳地帯で、険しい山々を歩き回って育ったために体力があり、身体も頑健で、しかも故郷の人々を養わねばならないという責任感から命令に忠実であると、もっぱらの評判であった。

 タウゼント帝国の各諸侯はこぞって同国出身の傭兵を求めて来たし、革命がおき、共和国となる以前のアルエット王国では、王家を守るための近衛に採用してもいた。

 ヘルデン大陸においては、ヴェストヘルゼン公国は大陸南部地域における、東西交通の要衝でもあった。

 ハイリガー・ユーピタル・パスという踏破可能な峠があり、古来より大勢の人々がそこを通過して来た。

 ———つまりは、帝国にとっての玄関口だ。

 もしこの地を失陥し、橋頭保を築かれてしまえば、地形的な障壁が存在し無い帝国の平野部に敵の侵入を許すことになってしまう。

 東南に進めばズィンゲンガルテン公国に、東に向かえば帝都・トローンシュタットにつながっている。

 ここで阻止できなければ、広範な地域が危険にさらされることになるのだ。

 絶対に失うわけにはいかない。

 そういった危機感の下、急速に前進して来たエドゥアルドたちはアイゼンブルグの近郊へと到着し、六月十九日、共和国軍と対峙した。


「いやぁ、アイゼンブルグ! なかなかどうして、見事なものでございますなぁ! 」


 アイゼンブルグから五キロメートル離れている高所に登り、包囲下にあるその様子を眺めたノルトハーフェン公国軍の第一師団長、ペーター・ツー・フレッサー中将は、そのだぶついた腹の贅肉ぜいにくを揺らしつつ爽快そうに笑った。

 河畔の戦いで受けた傷が塞がり、今回の出撃に同行することが叶った彼が述べたとおり、ヴェストヘルゼン公国の首府はなかなかの景観を持っている。

 まず、立地からして、帝国では他に例がない。

 ハイリガー・ユーピタル・パスから東に向かって伸びる、幅広の谷筋の片側、南側の斜面に、ヴェストヘルゼン公爵家の居城であり公国の首府、アイゼンブルグはある。

 表面に露出している城塞部分も見事なものだったが、圧巻なのは、その下側、岩盤をくりぬいて作られた地下要塞だ。

 太古に起こった浸食作用によって生まれた断崖にところどころ明かりと空気を取り入れるための穴が開いており、その中に兵士たちが行き来する通路や居住空間、弾薬庫などが設けられている。

 そしてその地下空間を作るために掘りだされた岩石を用いて、上側に公爵家の城館が形作られているのだ。

 花崗岩を利用した淡い灰色の城壁が武骨な印象をもたらし、ノルトハーフェン公爵家の居城、外壁を白い漆喰で塗り固めた白亜のヴァイスシュネーとは違って華麗さはないが、シンプルな力強さを周囲に見せつけている。

 堅固な帝国の防壁として、長年この地を守って来た城だ。

 銃と大砲が活躍する時代となってその設計は陳腐化してしまっていたが、元々の地形の障壁が強力であるために現在でも十分にその役割を果たしている。

 見ているだけで、なんとも頼もしく思えて来る姿だった。


(だが、風前の灯だ)


 エドゥアルドもその光景に感心したものの、危機的な状況にあることを再確認して、ペーターのようには無邪気に喜ぶことができなかった。

 アイゼンブルグの城下には、共和国軍の旗が見え隠れしている。

 十数万の人々が生活しているヴェストヘルゼン公国の首府は、本来であればその城下町についてもきちんと防備がされているはずだった。

 城館の左右に切れ込むように入り込んでいる谷筋にそれぞれ市街地があり、どちらも、その入り口を城壁で守られていたし、近年になってから火薬兵器に対応するために改修された痕跡も見える。

 だが、そこはすでに敵の支配下に陥っていた。

 戦った形跡が見られない。

 防衛側の兵力が不足しているため防衛線の縮小が行われて放棄され、敵に無血占領されたのだろう。

 そしてそういった戦況にヴェストヘルゼン公国軍の将兵は意気消沈し、ヴェルナー公爵は降伏の瀬戸際に立たされている。

 ———エドゥアルドたちがわざわざアイゼンブルグを望むことができる高所にまで登って来たのは、その、今にも敗北を受け入れそうになっている人々のためだった。

 援軍が到着した。

 そのことをはっきりと示したかったのだ。

 もちろん、偵察に差し向けた者たちからの口頭での報告だけではなく、自分自身の目で周囲を見渡し、状況を確認しておきたかった、というのもある。

 城下町を占領し、あともう一歩で帝国側を降伏させられる、というところまで追いつめていた共和国軍は、すでに帝国軍の迎撃態勢を整えつつある。

 城外にある部隊はすでに展開を終えてその隊列を整えていたし、城下を占拠していた部隊も城門を出て来ている。

 動きが、慌ただしい。


「これは……、向こうから、仕掛けて参りますね」


 その光景を目にしたヴィルヘルムがそっと、エドゥアルドにだけ聞こえる声で呟いた。

 共和国軍はおそらく、受け身になるのではなく、逆に、積極的に攻勢に出て、来援したエドゥアルドたちを迎撃するつもりでいるのに違いない。

 彼らの動き方は、攻撃のためのものに見える。


「望むところだ」


 こちらとしても、そのつもりで来ている。

 代皇帝は受けて立つつもりで、気合を込めてサーベルの柄を強く握りしめた。

 ———後に、アイゼンブルグの戦いと呼ばれる戦闘が、始まろうとしていた。


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