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・1-7 第7話:「代理として」

・1-7 第7話:「代理として」


 タウゼント帝国の内乱に勝利した。

 意識不明の身体となり、これから先もおそらくは目覚めることのない皇帝、カール十一世から、「汝が皇帝となれ」との手紙を託されてもいる。

 帝都・トローンシュタットに凱旋を果たしたエドゥアルドが皇帝に即位すると宣言すれば、それを阻む者、拒める者は、誰一人としてこの世界に存在しないはずであった。

 けれども、少年公爵のブレーン、ヴィルヘルムは、主君に対して「皇帝になるな」と言う。


「僕が正式な皇帝とならず、代理となることのメリットとは、なんだ? 」


 先をうながすエドゥアルドの言葉は、ほんの少しだけ不機嫌さが残っていた。

 意識不明ではあるものの心臓は動いている。帝国の国法に照らし合わせれば、「皇帝は崩御した」と見なすことのできない状態では、自身が帝冠を戴いてしまうと、同時に二人の皇帝が存在することになってややこしいこととなる。

 それは、理解した。

 自分には皇帝になる能力や資格がないと言われたわけではないと分かって不愉快さは消えたものの、しかし、まだわからないことがある。

 ———果たして、[代理]でこれから先、この国家を満足のいく形で導くことが出来るのか。

 ヴィルヘルムのことだからなにか考えがあるのには違いなかったが、エドゥアルドは不審を覚えずにはいられなかった。


「まず、殿下はいくつかの名声を手にすることが叶います」


 若きノルトハーフェン公爵の言葉に、そのブレーンは柔和な笑みを浮かべたまま、待っていました、と言わんばかりにすらすらと答えていく。


「第一に、己の野心によって内乱を引き起こした者たちを打ち倒し、短期間で収拾した、勝者としての名声。第二に、意識不明であるカール十一世陛下に対して忠節であるという名声。第三に、殿下が軍を興されたのはあくまで帝国のためであって、己の野心のためではないという誠実さの名声を得ることが出来ましょう。……そしてそれらの名は、殿下が国政を掌握なさる上での正当性をなによりも強固なものといたします」


 もしエドゥアルドが代理ではなく、本物の皇帝となったら。

 内戦の勝利者であるという実績を引っ提げて帝冠を自ら被ったところで、それに逆らえる者はいない。なぜなら敵対者はすでにその勢力を失い、捕らわれの身となっているからだ。

 反発する者がいたとしても、エドゥアルドに代えて皇帝に打ち立てることのできる旗頭となる存在がいなければ、どうすることもできない。まとめ役がいなければ個々の小さな力ではなんの影響力も発揮することが出来ない。

 ———だがそれは、力でねじ伏せているだけに過ぎない。

 今はそれでもいいだろう。実際、誰も逆らうことなどできないのだから。

 しかし、何年か経って、状況が変わったら。

 もしくは、エドゥアルドがこれから始まるアルエット共和国との対決で敗北をするなどして、勝利者としての名声と力を失ったら。

 彼の存在を恨んだり、妬んだりしている者が力を得て、きっと、大きな脅威となるのに違いなかった。

 あの者は、カール十一世が存命であるのに自ら皇帝となった。帝位の簒奪者であり、その地位に正当性などない。

 そんな言葉を大義として反対派が新たなリーダーを見出し立ち上がれば、鎮圧するのにはさぞ骨が折れることだろう。

 なにしろ、エドゥアルドは若い。

 まだ十七歳なのだ。

 人間というのは、嫉妬を覚える生物だ。

 たとえどれほど実績を示そうと、実力ではなく運でのし上がっただけだ、あるいは他人の知恵や手柄を横取りしたのだと決めつけ、自身よりも若くして位を極め皇帝として人々に号令する者を否定しようとする輩は必ず出て来る。

 しかし、もしもエドゥアルドがあくまで[代理]であったのなら。

 こうした反発や妬みをゼロにすることは不可能だろうが、皇帝とならなかったことを野心の無さ、誠実さとしてとらえ、その謙虚さを好意的に思ってくれる者は増えるだろう。

 そしてそれは、今後の治世の安定につながるのだ。


「もし殿下が真の皇帝位を戴きたいとお考えであるにしても、まずは代理として人心の反発を和らげ、その間に足場を固めてからの方がよろしかろうと思います。数年もして、殿下がさらなる実績を積み、皇帝としてふさわしい力量を持っているのだとお示しになられれば、その時帝冠を戴くのに反対する者は皆無となっておりましょう」

(少し回りくどい気もする……、が、ヴィルヘルムの言っていることには一理ある)


 今皇帝となっても、今後も勝利によって、力によって自身の立場を確固としたものにしていく自信は、ある。

 少なくともエドゥアルドは、これまでに経験した戦争で、負けたことはない。

 アルエット共和国との戦役では、帝国全体としては確かに敗北した。しかし、少年公爵に指揮されたノルトハーフェン公国軍は、決して負けてはいない。むしろ武功をあげ、後に評価されてすらいる。

 だが、もしも[代理]を名乗ることでこの旧い帝国を刷新するための障害を減らし、より仕事がやりやすくなるというのなら、その選択をすることがベストなのではないかと思えた。

 なにしろ、———自分はまだ、若いのだ。

 ここで数年、帝冠を戴くのを待ったところでなんと言うことはない。

 二十歳を越え、十分に実力を示したところであらためて正式に即位しても、自身の命の続く限りずっと、長くこの国を統治していくことが出来る。

 何年か待つことぐらい、なんてことはない。

 思えば、敵対した二人の公爵、ベネディクトとフランツには、年齢からくる焦りがあった。

 壮年を迎えた彼らには、このチャンスを逃せばもう、皇帝位につくことのできるチャンスはないという切迫感があったのだ。

 だからこそ手段を選ばす、陰謀を張り巡らし、結果として人心を失い、墓穴を掘って遥かに年下で経験の浅いエドゥアルドに対して不覚を取ることとなってしまった。


「僕は、ヴィルヘルムの言っていることには一理あると思う。……当面はカール十一世陛下の代理として、[代皇帝]を名乗ることとしたいのだが、デニス殿とユリウス殿はどうお考えだろうか? 」

わたくしに依存はございません」「こちらも、それでよいと思います」


 少年公爵がそうだったように、盟友となった二人も説得力を感じていたのだろう。

 確認してみると、すぐにうなずきが返って来た。


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