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メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第六章:「アイゼンブルグの戦い」

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・6-2 第87話:「緊急出撃:1」

・6-2 第87話:「緊急出撃:1」


 共和国が帝国の南西に攻撃を仕掛けて来る。

 それは、エドゥアルドたちにとって完全な盲点であった。

 かの地はこの国が建国されて以来、西部国境を守り続けてきた強力な要塞地帯であり、相手もそのことを良く知っているはずだから、わざわざ攻防戦の舞台とされることはないと思い込んでいたからだ。

 だが、共和国軍は最大の標高が二千五百メートルにも達するハイリガー・ユーピタル・パスを越え、攻め込んで来た。

 その規模は数万と、曖昧だ。

 だが、現地を守備しているヴェストヘルゼン公爵、ヴェルナー・フォン・ヴェストヘルゼンが至急の救援を求めて来る程度の規模での侵攻であった。


「伝令殿。現在、ヴェルナー殿の指揮下にはどれほどの兵力があるのか? 先年の内乱で受けた損害から、どの程度回復できている? 」


 信じられないという気持ちで一瞬呆然となってしまったエドゥアルドだったが、(自分まで慌ててしまって、どうするのだ)と、周囲の騒然とした様子を目にして冷静さを取り戻し、現状をより正確に把握するために救援要請にあらわれた使者に問いかける。

 帝国の西の守りの要として、そして、他の国土が失陥するようになった事態には皇室を残すための最終防衛拠点としての用途も考えられていたことから、ここ数年続いた一連の戦乱以前、ヴェストヘルゼン公国軍は同国の人口に比して多い軍役を負担し、四万の常備軍を保有していた。

 実数としては、五万を超えていただろう。

 ヴェストヘルゼン公国は伝統的に国境を防備するためとして帝国の国庫に納められるべき上納金の割合を一部免除されており、元々国力に比較して大きな軍備を保有していたのだが、ベネディクトが抱いていた皇帝への野心からか求められた軍役以上に兵力を充実させていたのだ。

 その兵士たちは、精鋭として知られていた。

 山がちな土地で育ったためにその肉体は頑健で忍耐力があり、粗食に耐え、命令に忠実であるとして、勇名を誇っていた。

 だが、その精鋭たちは先年の帝国内乱の際に、壊滅していた。

 皇帝位を巡る戦いにベネディクトは指揮下の兵力に根こそぎの動員をかけて戦線に投入していたのだが、決戦となったグラオベーアヒューゲルの戦いでエドゥアルドたちの軍隊に包囲され、大打撃を被っていたのだ。

 被選帝侯のひとつであり、他の貴族とは一線を画す、ということからベネディクトの命は助けられ、幽閉されるだけで済み、門地もその嫡子であるヴェルナーに相続されることが許されている。

 だがそこから、まだ一年と経過していない。

 地位を継承してから地道に足場を固め、自身の成すべきと信じる仕事ができるようになるまで、どれほど多くの時がかかるのか。

 そのことを、ノルトハーフェン公爵、ついで代皇帝という地位を得て、二十歳にもならない内に二度、経験しているエドゥアルドは、よく理解している。

 だから今回の共和国軍との戦いに、ヴェストヘルゼン公国軍の姿はないのだ。

 ヴェルナー公爵には国を立て直すのに専念してもらいたかったし、なにより、現状で従軍させても兵の練度の不足から満足のいく働きはできないだろうと、軍役を今回に限って免除したからだ。

 新しいヴェストヘルゼン公爵がどの程度の人物であるのか、代皇帝はまだよく知らない。

 公爵位を相続することへの挨拶、そして父親の助命が成ったことの感謝を述べるために一度帝都にまで挨拶に来たことがあったから、顔と声はなんとなく覚えている。

 それだけだ。

 人柄とか、公爵としての力量がどの程度であるのかは、まったくと言っていいほど分からない。

 何度か手紙をやり取りした印象ではあるものの、決して愚鈍ではなさそうだった。

 父親は、少なくとも表の部分は豪傑風であり、裏では野心のために策を巡らせる陰謀家の面を合わせ持っていたが、息子の方はもっと物腰が柔らかで理性が前面に出ている感じを受ける。

 もっともそれは、手紙を主に代わって執筆する祐筆ゆうひつを介して行われていたのかもしれないコミュニケーションの結果であるから、断言はできないことだ。

 ヴェルナー公爵が、どれほどの才覚を有しているのか。

 ———いずれにしろ、これだけの短期間では軍の再建は難しかろうと思えた。

 エドゥアルドからの唐突な問いかけに、救援要請の使者は一瞬、なにかを思い出すように視線を上に向け、すぐに返答する。


「確か……、現状で、三万程度はおります」

「その内訳は? 従軍に耐えられる精兵はいかほどか? 」

「は、はっ! 残念ながら、一万程度かと……。 後は、今年に入ってから募集に応じた新兵と、従軍経験はあるものの老齢の、再募集に応じた者だけでございます」

「……そうか」


 代皇帝はうなずきながらも、しまったな、と思っていた。

 この一年に満たない間にこれほど兵力を回復していたのは、よくやった、と言えるものだろう。

 根こそぎ動員を行い、一度の決戦で大量の兵を失っていながら、規模だけはここまで戻しているのは、ヴェルナーが公爵として相応の力量を有していることを示している。

 しかも徴兵ではなく募兵で、それだけの人数が参加したということは、国外から志願者を集めていたのに違いないという点を加味しても、彼とヴェストヘルゼン公爵家が自国の民衆から慕われているということでもあった。

 ———だが、やはり力不足であるのは間違いない。

 数があってもそれを統率できる士官がいなければ、それは烏合の衆に過ぎないからだ。

 兵は半年でも訓練すればなんとか恰好だけはつけさせることができるが、指揮官たちはそうではない。

 何年も時間をかけて育成しなければならない。

 となると、ヴェルナー公爵にとって頼みとできる兵力は、これまでの戦乱を生き残って来た一万だけ、ということになるだろう。

 ハイリガー・ユーピタル・パスを越えて来た敵軍の数は判然としないが、おそらくは五万程度であろうと思えた。

 先に入手していた、共和国内で新たに編成されつつあった一軍がそのまま投入されたものであろう、という仮定ができるからだ。

 いかに防衛側に地の利があろうとも、再建途上の軍隊では守り切ることは難しい。

 だとすれば、ここでエドゥアルドがするべきことはひとつであるはずだった。


「救援要請、承知した。……直ちに、余、自らがヴェストヘルゼン公国に向かう」


 その場にすっと立ち上がった少年は、そう宣言した。


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