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メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第六章:「アイゼンブルグの戦い」

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・6-1 第86話:「奇策」

・6-1 第86話:「奇策」


 ハイリガ―・ユーピタル・パス。

 聖ユーピタル峠。

 それは、歴史的に知られた地名であった。

 帝国の西部から南西部にかけて、一万メートル級の峰々がそびえている。

 ヘルデン大陸の屋根とも称される山々は、ズィルバーン山脈として知られる。

 夏季であっても雪と氷に閉ざされ人々を寄せ付けない銀嶺ぎんれいであったが、数か所だけ通行可能な経路が存在していた。

 その内のひとつが、この、ハイリガ―・ユーピタル・パスであった。

 はじめて名前が登場するのは、タウゼント帝国が建国されるよりもさらに古い時代だ。

 ユーピタルという名の神をまつった神殿が築造されたことからこの名がつき、以来、一千年以上にもわたってヘルデン大陸の南側の地域の東西交通の要として機能してきていた。

 神殿が建造されたのは、当時の権力者が旅人たちの安寧を願ってのことであり、このことは、峠がさらに古い時代から人々によって利用されていたということを示唆している。

 過去、そして現在に至るまで、その重要性は薄れてはいないということだった。

 ハイリガー・ユーピタル・パスは、タウゼント帝国とアルエット共和国の国境線ともなっていた。

 人を寄せ付けない土地であるために明確な線引きが成されているわけではなかったが、山々の山頂と峠の最高点をつないだ線が一応の国境と見なされている。

 過去には、何度か戦争に利用されたこともあった。

 大軍が一度に通過できるような場所ではなかったものの、それでも軍隊の通過が可能である以上、山脈を挟んで対峙する双方の陣営がこの地を通過して対立するのは避けがたいことであったのだ。

 といっても、それは数えられる程度のことでしかない。

 周囲の山々よりも低いとは言ってもその最大の標高が二千五百メートルにまで達し、冬期になれば常時数十センチメートルの積雪に覆われ通過が困難となる峠が利用できるのは夏季だけであり、軍事行動に活用可能ではあっても、それは一種の奇策としてのみ有効なものであると見なされていたからだ。

 実際、この経路を利用して行われた戦争は、犠牲が大きかった。

 険しい峠越えに追従できず落伍者が相次ぎ、戦闘以外での損失が増大しがちであっただけでなく、細い補給線のために十分に物資を輸送できず、常に飢えとも戦わなければならなかったからだ。

 だから、エドゥアルドたちはこちら側から共和国軍が攻めて来ることはないだろうと見なしていた。

 大軍を送り込むことは難しい地形であったし、なにより、大砲などの重量のある兵器を満足に運び込めないからだ。

 それに、伝統的に帝国を守ってきた、強固な防衛網も存在している。

 頻度は低いとはいえ、侵攻の危険を排除できなかったハイリガー・ユーピタル・パスの防衛のために、タウゼント帝国はその初代皇帝の血筋に連なる者を公爵の一人としてほうじ、帝国西部の守りの要として機能させていた。

 そうして興ったのがヴェストヘルゼン公爵家である。

 そしてこの一族は、一千年以上も存続する中で着々とこの地を要塞化していった。

 見張り台のような規模の小さなものも含めれば、いつの時代から存在するのかも忘れ去られてしまったような防御設備が数千個も並んでいる。

 その中核を成すのは公爵家の居城でもありヴェストヘルゼン公国の首府ともなっている城塞都市・アイゼンベルグであり、これは、その名の通りの鉄壁の城となっていた。

 山脈をくりぬいて作った、強固な岩盤に守られた構造を持つだけなく、長い時をかけて築き上げてきた砦や小規模な城塞によって何重にも防衛線を構成しているのだ。

 時代が進み、弓と槍、そして騎士が主要な戦力を構成していた時代は終わり、銃と火薬、そして大砲が活躍する時代となり、これらの施設はさすがに陳腐化したと見なさざるを得ないものも多くはなってきていたが、それでも要地を抑えるように構築された防御施設は近代化改修を加えられて防衛網を構成し続け、その守りの堅固さを誇り続けている。

 帝国で内乱が戦われていた時、エドゥアルドはなんとしてでも、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトを捕えたかった。

 それは少しでも早くあの混乱を収めるためであったが、なにより、ヴェストヘルゼン公国の固い守りのことを知っていたからだ。

 山岳地帯に重層的に築かれた防衛網を虱潰しらみつぶしにするのではあまりにも時間がかかり過ぎるし、なにより、犠牲が大きくなる。

 そんな戦いはしていられない。

 そして、ハイリガー・ユーピタル・パスを越えた帝国領がそうした要塞地帯であることは、アルエット共和国でも広く知られていることであった。

 平時ならば普通に国境を行き来しての交易が行われていたし、帝国側も、備えがあることを知らしめて敵の侵入を抑止するために、数々の防御施設の存在を特に隠したりしなかったからだ。

 そんな場所に、わざわざ手を出して来ることはないだろう。

 そう考えられていたのだが、共和国軍はこうした帝国側の思い込みを突き、奇策を実行に移した、ということであるらしかった。

 それによって生じた状況は、———危機的である、と言えた。

 なぜならかの地を防衛しているヴェストヘルゼン公国は、先の内乱の結果、軍の中核を成している精鋭を数多く失っただけでなく、当主であったベネディクトは内乱を引き起こした責任から幽閉され、さらに戦闘に参加した優秀な将校たちも失われるか強制的に退役させられてしまっていたからだ。

 つまり、今は箱だけがあって、中に入れるべきものが少ない、ということだ。

 どんなに堅固な要塞であっても、そこを守るのに十分な兵力が存在し無ければ意味を成さない。

 反撃に発射される弾丸が一発も無ければそれは要塞ではなく、ただの障害物であり、時間をかけるだけで乗り越えることができてしまうからだ。

 事態は、深刻であると言わざるを得なかった。


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