・5-4 第77話:「睨み合い」
・5-4 第77話:「睨み合い」
帝国軍と共和国軍との戦いは、距離を置いての睨み合い、となっていた。
両軍とも一日もあれば接近し、すぐさま交戦状態に入れる、という状況のまま、陣地をかまえてじっとしている。
どちらも、動くのに動けない状態だからだ。
兵力的に優越しているのは、相変わらず共和国側であった。
エドゥアルドたちの急襲により、上流側で渡河しようとしていた一軍は手痛い打撃を被り、多くの部隊が重大な損耗を追って後方に下がって再建しなければならない事態となったためその分が減っているが、残余はムナール将軍が直接率いていた中央軍に合流し、その規模は帝国軍に匹敵する十五万に達している。
そして下流側から渡河した下流軍も接近中であり、最終的にその規模は二十五万名近くにまでに達する見込みだった。
当初の侵攻兵力である三十万よりも目減りしたように感じられるが、これは、河畔の戦いでの損害もあるし、補給線を確保するため渡河点の抑えにも兵力を割かなければならないためだった。
兵力は減っているものの、攻勢に出るとしたら、間違いなく彼らの方であろう。
帝国軍の側はグロースフルスの監視に割いていた現地に元々いたいくつかの部隊と合流し、河畔の戦いで負った損耗以上の兵力に回復していたが、その数はやはり、十五万を超える程度でしかない。
当初よりも兵力差は縮んだとはいえ、十万近く敵の方が多いのだ。
この状況で積極的に仕掛けるのは勝算が薄かったし、それは、この戦争における帝国側の作戦方針に反する行為だった。
かといって、ムナール将軍の方も帝国軍を打ち破るのは容易なことではなかった。
なぜなら地形的に有利な位置にエドゥアルドたちは布陣し、堅固な陣地を築いて強力な防衛態勢を構築しているだけではなく、補給も万全に整えているからだ。
いくつもの街道を使って、毎日、多数の馬車がやって来る。
しかもヨッヘム公の提案で、帝国軍の陣地の側を流れている川には舟橋がかけられていた。
これによって容易に対岸と通行できるだけでなく、食料、武器、弾薬が潤沢に供給され、酒、煙草、コーヒーなどの嗜好品も十分に運ばれてくる。
加えて、負傷兵はきちんと後送されてできる限りの治療が施され、さらに後方の整備された病院で療養できるし、後方の人員と交代して休養などを取ることも可能だった。
こうした後方支援に支えられた[生きのいい]軍隊が、陣地を固く守っている。
これを攻撃するのは、城や、要塞を攻略しようとするのと同じだった。
さすがに野戦築城された陣地は、固い石やレンガを積み上げて構築した永久築城された城塞よりは攻略しやすかったが、現状の兵力差であれば突破は非常に困難であると見なさねばならなかった。
なにより、帝国軍は火砲が充実している。
エドゥアルドは元々、ノルトハーフェン公国にあった軍需企業、ヘルシャフト重工業を半国営化し、兵器類の開発に強く関与し、安定して大量に供給する体制を作り上げていた。
そして代皇帝の地位を得てから後、ヘルシャフト重工業と協力して開発した新型の野砲の設計と生産方法を帝国領内の他の軍需企業とも共有し、最新式の大砲の生産量を強化している。
まだその生産体制は完成してはいない。
半年余りの治世では、まだ準備は整えられなかった。
高品質の鋼鉄製の大砲を大量生産するためには工場の工作設備や製鉄所を整えるだけではなくある程度の技量を持った労働者たちも必要であり、それらの用意のためにはどうしても年単位で時間がかかって来てしまうからだ。
それでも、後方からは新品の大砲が十分な量、弾薬と共に運び込まれてきていた。
河畔の戦いで装備していた火砲を必死に持ち帰ったおかげで不足している数がそもそも少なく、現状の生産体制でも、あらかじめ保管してあった予備の大砲を含めれば必要十分な供給を維持できる。
そしてこの大砲の存在は、共和国軍にとって警戒するべきものだった。
威力の大きいことは、河畔の戦いでよくわかっている。
数年前、ラパン=トルチェの会戦で戦ったころに比べて、帝国軍の戦い方、編制が大きく変化していることも、彼らは痛感している。
なにより、敵将であるムナール将軍は砲兵畑の出身であった。
強力な火砲を有効に運用できる軍隊がどれほど恐ろしいかは、将軍自身がもっともよく理解している。
———正面決戦では、エドゥアルドを撃破することができない。
そう悟った共和国軍は、対陣を始めてから数日後の建国歴千百三十六年の三月二十二日、あらたな動きを見せ始めた。
敵を監視していた偵察部隊から報告があげられ、本隊と共同するべく帝国軍の北方方面から進んで来た共和国軍の下流軍十万が、その進路を変え、主戦場を迂回し、帝国領内深くに侵攻しようという動きを取ったのだ。
帝国軍とほぼ同数の主力軍が抑えのために残り、その間に、別動隊で広範な地域を占領してしまおうという狙いでの動きと思われた。
状況の変化に帝国軍の本営はにわかに活気立ち、この際打って出て、敵の下流軍に攻撃を仕掛けるべきだ、といった意見や、この際同数の敵主力と正面対決をするべきだ、敵将を打ち破ってこそ武人の本懐である、などといった意見が噴出する。
「なぁるほど。そう来ましたか」
しかし、プリンツ・ヨッヘムは落ち着き払って、泰然としていた。
帝国元帥は色めき立つ将校や諸侯たちのように、出陣しようとは少しも考えていないらしい。
この点については、エドゥアルドもまったく同感であった。
(これは明らかに……、罠だな)
代皇帝にも、敵軍のその意図がはっきりと読めていたからだ。
これは、堅固な陣地に籠もった帝国軍を攻めあぐねてのことに違いなかった。
ムナール将軍の主力軍と下流軍が別々の行動をとり、距離が離れたことを、兵力の分散と見ることはできる。
だが、そこを狙って出撃すれば、待っていましたとばかりに共和国軍の本隊が急進してきて、挟み撃ちにされてしまう。
ムナール将軍と直接対決を選んで敵の主力に向かって行っても、同様だ。
急行して来た下流軍によって前後から攻撃され、包囲・殲滅されてしまう。
だからと言って、なにもせずに静観する、というわけにもいかなかった。
ただでさえ帝国領を百キロ以上も深くまで侵犯されているのだ。
敵の下流軍に帝国領の奥地にまで進撃され、多くの土地を占領されてしまうのは、不愉快であるだけでなく、そこに暮らす人々にとっては苦難であり、見過ごすことはできなかった。




