・5-3 第76話:「三十キロメートル」
・5-3 第76話:「三十キロメートル」
敵の増援がなぜ、渡河の開始からたったの二日半で到着したのか。
エドゥアルドたちは最初、自分たちが把握していた場所以外にも共和国軍が渡河点を設け、そこから軍勢を送り込んで来たからなのだと思っていた。
だがそれは違っていた。
後の偵察活動によって、河畔の戦いにおいて帝国軍の右翼に駆けつけ、撤退するところに追撃戦を仕掛けて来たのは、上流軍、中央軍、下流軍と、三つに分散して渡河を行って来た共和国軍の内の、中央軍であったと判明したのだ。
こちらが気づかない間に新たな渡河地点が形成されたわけではなかった。
もっと単純に、敵があり得ない速度で行軍してきた、というのが真相だ。
———そしてその事実は、エドゥアルドを始め、帝国軍の中枢を驚愕させ、困惑させた。
三十キロメートル。
中央軍の渡河地点から、上流軍の渡河地点までは六十キロメートルは離れており、そこを二日余りで踏破して来たとなると、その行軍速度はそれだけの数値になってしまう。
これは、常識はずれの強行軍であった。
十万単位の軍勢は、無難に進んで日に十キロメートル。
一般的な強行軍で十五キロメートル。
帝国軍のように、あらかじめ補給や宿泊場所の準備ができていて、複数の街道を自由に、警戒せずに安心してどんどん進むことができるという条件を整えて、やっと二十キロメートル。
帝都・トローンシュタットから国境地域まで、二十日余りで進軍してきたことはまれに見る速度であったと、そう自負している。
それなのに、共和国軍はそれをすら上回る高速機動をやってのけたのだ。
(いったい、なにを、どうやったんだ……? )
敵の増援が早かった理由はわかった。
並外れた強行軍をやった、というだけのことだ。
それを、どうやって実現できたのかが分からない。
人間が身一つで旅をするならば、一日に三十キロメートル進むことは不可能ではないし、なんなら四十キロメートルでも可能だった。
だが軍隊の移動は、それと同じではない。
兵士たちは小銃を担ぎ、背嚢を背負わなければならなかったし、物資や兵器を運搬する輸送馬車の隊列を長々と連ねて行進しなければならない。
個人のように身軽には動けないはずなのだ。
考えられるのは、そういった馬車などの荷物を放棄し、兵隊だけで進んできた、ということ。
まさに、非常識であった。
自前での補給というのをまったく考えていない、ということだからだ。
歩兵と騎兵、それに騎馬砲兵だけで、しかも少数であれば、一日に三十キロメートルの強行軍も実現可能だろう。
条件を整え、歩兵から落伍者が続出することを無視すれば、もっとだ。
だが補給品を積んだ馬車を後方に置き捨てて進むというのは、手持ちの数日分の糧食や弾薬を使い果たしてしまったら、もう、戦えないということを意味している。
つまり、駆けつけてきた敵軍は、なにがなんでも帝国軍と決戦することを考えていた、ということだった。
とにかく、敵を捕捉し、迅速な機動によって展開した兵力を集中して撃破する。
そうすれば脅威はなくなるから、後はゆっくりと物資を運び込むなり、現地で購入したり、徴発したり、最悪の場合は略奪すればよい。
「敵将は、ずいぶん、思い切ったことをするのぅ」
西方十五キロメートルのところに布陣した敵情を報告しに来る伝令たちの声を聞く合間に、帝国軍の本営で、代皇帝の隣に用意された専用のイスに腰かけた帝国元帥は、しみじみとした口調でそう言った。
エドゥアルドも、プリンツ・ヨッヘムとまったく同感であった。
「ムナール将軍は、大胆だ」
普通は、こんな無茶はしないものだ。
兵士たちは戦う前に疲れてしまうし、食料や弾薬の保証が得られないのだから、場合によっては士気を喪失してしまいかねない。
しかも、思った風には戦況が運ばず、戦いが数日間にも及ぼうものならば、簡単に飢えてしまうのだ。
ハイリスク、ハイリターンな用兵であるとしか言えなかった。
「あるいは……、ムナール将軍は、戦術では絶対に勝てるという、自信があるのかもしれませんな」
エドゥアルドの呟きが聞こえていたのか、ヨッヘム公がそんな感想を口にする。
あり得ないことではない、と思った。
なにしろムナール将軍は、常勝だ。
アルエット共和国での革命戦争期には、兵力と武装、経験で勝る国軍を、貧弱な国民軍を率いて勝利に導き、侵略して来た帝国軍をラパン・トルチェの会戦で打ち破り、その後、二つの隣国に遠征して支配下に置いた。
戦えば、必ず勝てる。
そういう自信があるのだろう。
そしてそれは、あながち、間違いではなかった。
ムナール将軍の指揮能力によって、実際、帝国は手酷い敗北を経験させられているのだ。
(早めに退却を決断して、正解だったのかもしれないな)
エドゥアルドはヨッヘム公、次いでこんな時にも表情を崩さずにいるヴィルヘルムへ視線を向け、彼らが深入りせずに素早く撤退するべきだと進言して、敵の一軍を殲滅できるかもしれないという誘惑から脱する手助けをしてくれたことに感謝していた。
偵察の結果、戦場に駆けつけた敵軍、共和国軍の中央軍を指揮していたのは、やはりムナール将軍自身であったと聞いている。
だとすれば、あのまま交戦し続けていれば、こちらも甚大な被害を受けることになっていただろう。
そしてなんとも都合の悪いことに、こちらも敵に大きな損害を与えることができたとしても、相手にはまだ下流軍という、無傷の軍隊が存在する。
傷つき、大きく数を減らしてしまった帝国軍と、万全な状態の軍団が残っている共和国軍。
そうなった場合、どちらにとって戦況が有利に運ぶかは、自明のことであった。
撤退は時期尚早、慎重に過ぎる、という意見にも相応の理屈があったのだが、この場合は、ムナール将軍との直接対決を避けたのは正解だった、と言えるはずだ。
やはり、手ごわい相手と対峙している。
帝国軍の首脳部はその事実を再認識したため、兵士たちのように今後を楽観することができなくなってしまっていた。
だからと言って、やることが変わるわけではない。
こちらから積極的に仕掛けることはせず、有利な場所に陣取り、敵の補給線を圧迫して行動を誘導し、戦争全体の主導権を奪還する。
英雄と呼ばれる敵将と、まだ自身の道を歩み出したばかりの代皇帝の対決は、まだ、始まったばかりだった。




