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メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第四章:「代皇帝出陣」

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・4-21 第73話:「早すぎる援軍:2」

・4-21 第73話:「早すぎる援軍:2」


「しかし……、後は、やはり代皇帝陛下のご意向次第でございましょうな」


 このまま撤退、という流れになったと思っていたのに、そこで突然、ヨッヘム公が話をエドゥアルドに振って来る。


「僕の? 」

「当然でございましょう。それがしは帝国元帥で、この軍の統率を行わせていただいておりますが、最後の決断は陛下の御心次第でございます」


 どうやらヨッヘム公は、代皇帝としてのエドゥアルドの立場を立てよう、というつもりでいるらしかった。


(撤退するべきなのだろうが……)


 ここで無理に攻撃を続行することで得られるメリットと、デメリットは吊り合ってはいない。

 敵の一軍に打撃を与える代わりに一個師団を失う、最悪の場合は帝国軍全軍を危険にさらす、という危険な賭けはするべきではないだろうと思う。

 だが、やはり惜しい。

 あらたにあらわれた敵軍は強行軍をしてきているはずで重装備を持たないから、攻撃力としてはさほど強力ではないはずだ。

 だとしたら、足止め部隊を失う前に橋頭保にいる敵軍を殲滅できるのではないか、と、欲が出て来てしまうのだ。

 ———即座には、決められない。

 そう考えたエドゥアルドは、思わず視線をさまよわせる。

 咄嗟とっさに探していたのは、黒髪のツインテールのメイドだった。


(いやいや、こういうことをルーシェに聞いてどうするんだ? )


 すぐに我に返ったエドゥアルドは軽く首を振って気の迷いを振り払うと、冷静さを取り戻していた。

 確かに、ルーシェはなにかと話をしやすい相手だった。

 役に立とうと親身になって考えてくれるし、なんだかんだ、有益な助言をしてくれる。

 だが、このような重大な決断について、彼女に意見をたずねるわけにはいかなかった。

 いくらエドゥアルドにとって身近な存在であろうとも、一介のメイドに過ぎない存在の考えを元に軍の進退を決めてしまったのでは、誰も納得してくれないからだ。

 なぜ使用人風情が? という疑念もあるし、時代が時代だから、性別に対する偏見も一部には根強く存在している。

 それに、そもそもこの場にルーシェはいなかった。

 さすがに前線にまで連れて来るのは危ないだろうという判断と、メイドには負傷兵たちの救護という仕事もあるから、前の野営地に留まってもらっているのだ。


(我ながら、おかしなものだな…)


 そう自嘲した後エドゥアルドは、この場にはもっと他に頼るべき人物がいることを思い出す。


「ヴィルヘルム殿。貴殿はいかように考える? 」

「ここは、初心に帰るべきと存じます」


 代皇帝が彼の方を振り向いてたずねると、待っていました、という風に返答がある。


「我が軍の作戦構想は、敵を我が領内へと引き込み、補給線を圧迫して消耗を強い、攻勢を強いることで戦争の主導権を奪取することでありました。

 我が方は有利な場所に陣地を築き、万全の準備を整えて敵を待ち受ける。そして補給を失い消耗した敵が、自ら我が方の防御陣に攻め入って来たところを打ち破る、という作戦です」


 未だに、ヴィルヘルムの公的な立場ははっきりとしていない。

 帝国軍の階級も持ってはいないし、帝国のどのような役職にもついていない。

 あくまでエドゥアルドの個人的な助言者として、ここにいる。

 このような場所で大っぴらに発言して良いものかどうか、その権限について明確な根拠を持ってはいないのだが、そこは封建制の貴族社会、一種の特権というか例外として、代皇帝の信頼を得ているというために自由に意見を披露ひろうすることが許されている。

 だからその場にいた人々は、少し違和感を覚えつつも、黙って耳を傾けていた。

 これまでヴィルヘルムはエドゥアルドに対し、有益な助言を行ってきたことを皆が知っていたし、その点の功績は認められ、発言して代皇帝の判断に影響を及ぼすことが受け入れられている。


「そういった作戦構想の中で、今回の戦いの立ち位置というのは、どういったものでありましたでしょうか。

 敵が三か所に分散して渡河を開始した機を生かし、その兵力をできるだけ削り取る、というものであったはずです。

 ……ここで、敵軍を殲滅するチャンスを得ながら、撤退をするというのは、確かに惜しいことではございます。しかしながら、敵の兵力を削る、という我が方の目的は、すでに十分に果たされているのではないでしょうか」


 現在、帝国軍によって包囲され、一部の将兵が敗走を開始しつつある共和国軍。

 包囲されている数万人に対し、どれほどの損害を与えることができているか正確に把握するには、敵陣を占領した後で死傷者を数えでもしない限り判然とはしないのだが、すでに万単位の戦果は挙げているはずであった。

 それほど多くの弾薬を帝国軍は消費していたからだ。

 それに対し、こちらが受けている損耗は、おそらくは二千程度。戦死者はその半数になるはずだ。

 敵の増援は明日以降だと見積もり、無理な攻撃は控えていたおかげで最小限にとどまっている。

 ここで退けば、まず、負った損耗に対して、与えた損害の方が遥かに多くなる。

 総兵力の差、現状の一対二という数字は埋まるはずだった。


(ひとまず、満足するべきなのだろうな)


 敵を撃滅するチャンスをつかんでおきながら見送るというのはやはり悔しかったが、ここで撤退を選択しても十分、勝利は主張することができる。

 三つに分散した敵軍のひとつを壊滅させることこそできなかったが、少なくない損害を与えることができたし、当面の間戦列を離れざるを得なくなった敵部隊はいくつもあるはずだ。

 ———ヴィルヘルムが指摘した通り、敵の兵力を削る、という目的は、十分に果たされている。

 そう理解したエドゥアルドはようやく未練を断ち切ることができ、全軍に対して攻撃を中断し、撤退することを命じていた。

 この命令には疑問を抱く者は多かった。

 だが、敵の予想外に早い増援が到着している、という事実が広まると、これまで代皇帝は戦場で判断を誤ったことがない、という兵士たちの間の評判も合わさって、迅速に後退は開始された。

 こうなった場合にどのように兵力を引き上げるか。

 そのための計画も、参謀将校たちの手によってあらかじめ作ってあったから、それに従って動くだけで良い。

 後退する行先もすでに決めてあるし、周辺の物資集積所に対し、どこに物資を送ればよいのかという命令も円滑に発せられた。

 こうして、河畔の戦い、と呼ばれる、建国歴千百三十六年の帝国と共和国との間の戦役の最初の戦いが、その幕を閉じた。


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