・4-19 第71話:「河畔の戦い:4」
・4-19 第71話:「河畔の戦い:4」
河畔の戦いの二日目は、早朝から幕を開けた。
夜間の内に帝国軍はその数を増やし、粗削りながらも共和国軍の橋頭保を包囲する体勢を構築していた。
唯一の連絡線は、河にかけられた舟橋だけだ。
これに対し、共和国側も夜間の内に渡河を進め、着実に兵力を充実させ防御を固め、応戦するかまえを取っている。
帝国軍は夜通し架設橋に向かって敵軍の渡河を阻害するための嫌がらせの砲撃を加え続けたが、効果は十分ではなかった。
共和国軍側は砲撃を警戒して灯火管制を敷いて明かりを最小限にとどめており、このために目標を正確に観測することができず、かつお世辞にも精度のよろしくない滑腔砲では、舟橋だけを射抜く、ということができなかったからだ。
発射された砲弾はそのほとんどが虚しく水面に落ちて水柱を立てただけに終わり、一弾が偶然、小舟の一艘を粉砕したものの、舟橋を固定している縄を断ち切ることはできなかったため短時間で機能を復旧されてしまった。
これは帝国側にとって残念なことではあったが、「そうなるだろう」と予想していたことでもある。
夜通し砲撃を加えることで敵にプレッシャーを与え続け、疲弊させることが主な狙いで、直接的な損害を与えるのは副次的なものだったのだ。
———敵に対する嫌がらせ(ハラスメント)の攻撃を続ける間に翌日の攻勢の準備を整えた帝国軍は、黎明、太陽が地平線から顔を出す以前の空がやや明るくなり始める時間を待ってから、配置についた全軍で攻撃を開始した。
まずは、猛烈な砲撃。
周囲にあった限られた高地を占拠し、そこからカノン砲で狙い撃ちにしたり、曲射が可能な榴弾砲や山砲などを撃ち込んだり。
帝国軍の砲兵隊の展開は、非常に効率的に行われていた。
参謀総長、アントン・フォン・シュタムの指示で国境地域の正確な地図があらかじめ用意されており、敵が橋頭保を築いた地点に対して有効に砲撃を行える場所をこちらは詳細に把握し、そこに砲兵を配置することができたからだ。
特に、炸薬量の大きな榴弾砲が活躍した。
まだ時限式の信管(導火線を利用したもの)しかなく、しかもその信頼性は万全ではないため爆発するタイミングを完全には制御できず、思ったよりも上空で早発してしまいその威力が敵に届かなかったり、地面に落ちてからやっと爆発するために信管の火を敵に消し止められて不発となったりと、いろいろ問題もあった。
だが、最適なタイミング、たとえば地面に落下する寸前の空中などでうまく炸裂した場合、破片によって多数の敵兵を殺傷することができた。
文字通り、隊列を薙ぎ払うほどの威力がある。
だが、それだけでは共和国軍は崩れなかった。
彼らも夜が明ければ激しい砲撃が待っていることを予想し、事前に塹壕を掘って防塁を築き、防衛の準備を行っていたからだ。
塹壕と言っても、腰の高さよりも少し深さがあるだけの浅いものだ。だが掘った分の土を前方に盛って突き固めて防塁を築くことにより、上半身までを保護し、小銃と頭部だけを暴露することで射撃を行える遮蔽物を構築することができるし、ある程度砲弾の破片からも身を守ることができる。
そうしたもの以外にも、細かい枝がついたままの低木を伐採して並べたもの、いわゆる逆茂木や、木の杭を打ち込んで先端を鋭く尖らせたものなど、簡便な野戦築城が行われている。
前日帝国側の騎兵攻撃に悩まされたためだろう。こうした、銃弾は防げないが人間や馬の接近を妨害する障害物は、橋頭保の側面を中心に配置されていた。
また、帝国側と比較すると数が少なかったものの、共和国軍は火砲による反撃も実施して来た。
夜間の間に舟橋を通って渡って来た野戦砲や榴弾砲が火を噴き、両軍の間で砲撃の応酬が続く。
だがやはり数の差と、より有利な位置に展開していたおかげで、全体的に帝国側の砲撃の方が強力であり、太陽が完全に登り、時刻が午前九時ごろになるころには橋頭保の防御態勢にほころびが生じ始めていた。
これを好機と見て、帝国軍の各部隊は突撃を試みた。
歩兵部隊が前に出て敵陣の直前まで行進し、まずはマスケット銃による射撃戦を展開。そこから、タイミングを計った指揮官の号令で銃剣を並べて突っ込んでいく。
意外なことに、この最初の突撃では決着をつけることができなかった。
砲撃で事前に痛撃を受けていたはずの共和国軍の将兵は勇敢に戦い、踏みとどまったからだ。
帝国軍の側もこだわらなかった。
少なくともこの戦場においては、橋頭保に敵を包囲しており、戦況は優勢に進んでいる。
兵力でも上回っている。こちらは十五万の全軍が到着しすでに展開を終えているが、敵は限られた範囲に押し込められているため、数万、少なくともこちらの三分の一程度しか渡河できていない。
だから無理に攻めて損害を積み上げるよりも、しばらくの間はさらに砲撃を続け、敵を十分に弱体化させてからあらためて突撃し、一気に敵をグロースフルスの流れの中に追い落とそうと考えたのだ。
帝国側の砲弾は潤沢に用意されていた。国境地域での交戦を想定し、あらかじめいくつも設けておいた集積所に予備の弾薬を大量に蓄えていたからだ。
ここで一日中砲撃を続けたとしても、数日後には十分な量の弾薬の供給を受けられる見込みがある。
弾を惜しむ必要はまったくなかった。
だから午前十時過ぎにはいったん歩兵部隊を下がらせて指揮系統を整えさせつつ、帝国軍はさらに砲撃を強めていった。
共和国軍は健在な舟橋を利用して増援を送り続け、橋頭保を維持しようと試みていたが、やがてその防衛は破綻し始める。
何時間にも渡って砲撃が続けられたことで被害が増大し、前線に留まっていた兵士たちがとうとう戦意を喪失して、限られた退路である舟橋から逃れようと殺到し始めたのだ。
敵を殲滅するチャンスだ。
エドゥアルドやプリンツ・ヨッヘムのみならず、戦況を注視していた帝国側の将兵の誰もがそう感じていた。
———戦況が引っくり返る知らせがもたらされたのは、まさに、代皇帝が全軍に対して「総攻撃を加えよ」と命じるため、口を開きかけた時のことであった。




