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メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第四章:「代皇帝出陣」

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・4-3 第55話:「出兵案」

・4-3 第55話:「出兵案」


 この半年間ずっとムナール将軍の意見を退け、出兵を許可して来なかった共和国の議会が、なぜ、急に意志を変えたのか。

 年始の挨拶を終えて母国に帰還したはずのクラウスから早馬でもたらされたその手紙には、ことの詳細がきちんと記されていた。

 どうやら、にわかに出兵案が可決される見通しとなったのは、これまで議会に向かって訴えかけていた将軍がその矛先を変えたためであるらしい。

 彼は自身を熱狂的に信奉する民衆に向かって直接、訴えかけることにしたのだ。

 それは、近年発達を続けている新聞を利用したものだった。

 様々なニュースをまとめ、印刷機で大量に刷って販売する。

 新聞産業が誕生したのはずいぶん昔のことであり、最古の日刊新聞が発売されてからの歴史も数百年と、長い。

 教育制度が未発達であり、識字率がさほど高くはないためにその需要は限定的ではあったものの、社会全体に及ぼす影響は軽視できないものがあった。

 人々はカフェなどに集まって政治談議することを好んでいたが、その際、手元には新聞があることが多く、そこに記された内容を元に様々な議論を交わすことが多かったからだ。

 新聞はこの時代の主要な情報源のひとつであり、かつ、大勢が同じ情報を入手し共有することができるほぼ唯一の手段であった。

 アルエット共和国において革命が起こるきっかけのひとつともなっている。

 時の王女について、贅沢ぜいたく三昧をしている、といった醜聞しゅうぶんや、その性格がいかに傲慢ごうまんなものであるか、といった内容を当時の新聞は書き立て、その結果として飢饉ききんによる不満を大いに煽り、革命後に王女が処刑されることとなる、その遠因を作ったのだ。

 これは、新聞がそうなるように意図的に、悪意を持って世論を誘導した、というわけではない。

 人々はそうした王族の風説を好んで読み、より辛辣しんらつに書かれた記事を喜んだからだ。

 みな、不満のはけ口が必要だった。

 それも、「アイツはけしからん! 」と、全員でうなずき合うことのできる存在が。

 王女といえば社会的には絶対的な強者で、誰もがその名を知っている。

 共通の[敵]としては、人々からすれば格好のターゲットとなった。

 もちろん、王女自身にだって悪いところはあったのに違いない。

 しかし、実態以上に悪しく噂されたのもまた、一面の事実であった。

 そして新聞各紙がこぞって王女のマイナス面を報じたのは、そうするとよく売れるから、であった。

 真実を伝える。

 新聞にそういった信念があることも間違いなかったが、しかし、彼らは営利企業でもある。

 せっかく記事を書いて紙に印刷しても、それを買ってもらわないことには儲からないどころか、生活していくことができない。

 人々は不満を向ける矛先を欲しがり、新聞はその方が売れるからと、過激な記事を書き続けた。

 そうして形成された根強い敵愾心てきがいしんが、革命の導火線に火をつけたのだ。

 ムナール将軍は、その、社会に強い影響を及ぼす新聞を使った。

 タウゼント帝国がいかに共和国にとっての脅威きょういであるのか。

 そして、今がどれほど帝政を打倒し、その恐怖を永遠に取り除く好機なのか。

 彼はそうした訴えかけを論説として執筆し、自費をはたいて紙面に掲載けいさいしてもらったのだ。

 新聞各社は、よろこんでそれに応じた。

 国家的な英雄の書いた論説なのだから、多くの人々が関心を持つはずだ。

 だとすればそれを載せた新聞は、飛ぶように売れるのに違いなかったからだ。

 実際、ムナール将軍の論説を掲載した新聞はよく売れたし、人々はこぞってその言葉を信用した。

 それは、一種の権威主義であった。

 他の誰でもない。

 王政を破壊し革命を成功させ、侵略の危機から共和国を救った英雄の、憂国の士の言うことならば、誠実だし、間違いがあるはずがない。

 そういった印象によって人々は記事を鵜呑うのみにし、賛同し、「ただちに出兵すべし! 帝国を打倒せよ! 」との激しい世論を形成していった。

 慌てたのは、議員たちであった。

 彼らは権力者ではあったが、それは、選挙で人々から投票してもらったから手にできた力だ。

 沸騰する世論に逆らい、ムナール将軍からの出兵の要請を拒否し続けたら、どうなるか。

 民衆は不満の矛先を議会へと向けることとなるだろう。

 出兵に反対していた議員たちはみな、売国奴というレッテルを張られ、次の選挙では落とされ、代わりに将軍に賛成した者たちが選ばれる。

 そうなれば、どちらにしても戦争にはなるのだ。

 だったらここで反対を唱え続けるのではなく、意見を変えて、タウゼント帝国を攻撃することにした方がいい。

 そうすればこのまま、権力の座に留まることができる。

 革命の混乱期、共和国で処刑されたのは、王侯貴族だけではなかった。

 反革命的であると見なされた者たちが大勢、断頭台ギロチンの刃にかかり、胴と首とが裁断されたのだ。

 民衆の怒りの矛先を向けられれば、次は、自分たちがそうなるかもしれない……。

 そんな恐怖心も、おそらくはあっただろう。

 新聞を利用して世論を動かすというムナール将軍の作戦は、効果てきめんであった。

 議会はもう将軍に反対などしていられなくなり、とんとん拍子で出兵が議題に上り、採決される手筈となって、圧倒的賛成多数で可決される見通しとなったのだ。


「いよいよ、来るのか……」


 手紙を読み終えたエドゥアルドは、深刻そうな表情で呟くと、しばし無言になり、唇を固く引き結んでいた。

 やがて深々と溜息をついた時にはもう、その視線は先のことを見すえている。


「ルーシェ。すまないが、休みはやっぱり、ナシだ。……それと、悪いけれど、僕はすぐに宮殿に戻る」

「ええっ!? こ、こんな時間に、でございますかっ!? 」

「ああ。緊急事態だからね。……大丈夫、こんな時間でも、今は夜勤で残っている役人もいるんだ。申し訳ないけれど、彼らに頼んで、夜の内に最低限の指示を出しておきたい。そうすれば明日の朝一で、みんなが動き出すことができるからね」

「そ、そういうお考えでございますか……」


 もしかしたらエドゥアルドは、一日だけでも休んでくれるかもしれない。

 その表情の変化からそんな予感を覚え、期待していたらしいルーシェだったが、急速に元気が失われツインテールも力なく垂れ下がる。

 だがすぐに彼女は顔をあげると、宮殿に今から戻るというエドゥアルドのために、テキパキと服の準備を始めてくれた。


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