・21-17 第412話:「順調」
・21-17 第412話:「順調」
ブルークゼーレ近郊における戦闘の報告を、代皇帝・エドゥアルドはタウゼント帝国の西部、国境となっているグロースフルスから二十キロメートルほど帝国領側に入った位置に築いた本営で受け取っていた。
自軍にも、二万余りの損害が出てしまっているとはいえ。
敵軍には捕虜と死傷を合わせ、その三倍にもなる打撃を与え、その主力軍を事実上壊滅させることに成功したのだから、上出来だ。
戦争を終わらせるための戦争。
それは、順調に進んでいるといえた。
「この情勢であれば、陛下の本軍はこのままここに置いておき、引き続き三つの軍団によって敵の首都まで前進を続ける、という方針でよろしいかと存じます」
戦勝を告げる第一報に目を通した参謀総長のアントン・フォン・シュタムは、少し安心したのか、固かった表情を和らげながらそう言った。
「ユリウス殿下の軍は、中央から。
ヨーゼフ閣下の軍は、その東から。
そしてクレイン大将の軍には、西側から南下していただきましょう。
三つのルートから歩調を合わせて迫れば、もはやまともな抵抗力を有していない共和国は、降伏するか、あるいは、絶望的な徹底抗戦を選ぶしかなくなります。
陛下は、このまま。
本軍十万と共に、不測の事態に備え、この場に留まっていただけばよろしいかと」
アントンがほっとしたのは、これまでの作戦がうまく進んでいるから、というのもあるのだろうが。
何より、エドゥアルドが直接、戦場に立つ必要がなくなりそうだ、というのが大きいようだった。
代皇帝が失われかけた際に、帝国の政治は大きな停滞を余儀なくされた。
この国が次の一千年を迎えるためには旧いやり方に固執しているだけではダメで、刷新しなければならなかったが、そのためにはそれを牽引する誰かが必要となる。
それがエドゥアルドという存在であり、彼が倒れる、あるいは統治を行えなくなるという状況がどれほどの悪影響をもたらすのか。
そのことを、重臣たちは思い知らされている。
かといって、彼に前線に立つな、とも言いにくい所があった。
まだ若く新鮮な正義感を持っている青年に彼だけが安全な場所にいるようにと引き留めるのはなかなか難しいところだったし、なにより。
せっかく大軍を編成できても、それを統率できる人材が少なかった。
軍の規模の拡大に合わせて、士官を増やす。
平民の登用も含めた取り組みで、ひとまず不足は起きてはいないものの。
十万以上の軍勢を指揮する力量というか、格を持った、将に将たる人物、というのが足りていなかった。
軍の司令官ともなれば、用兵の手腕だけでなく、管理職としての役割も強く求められてくる。
配下の師団長や参謀たちの間で意見が割れた際にそれらを仲裁しうまく取りまとめる力量が必須であり、これは、単純に能力があればよいというわけではなかった。
人望があり、尊敬されていて、その人物がそう言うのならとりあえず従う、という風に、人の上に立てなくてはならない。
タウゼント帝国を見渡してみると、そういった人材は案外と少なかった。
師団長クラスなら務まる人物はたくさんいたが、いくつもの将を束ねられる者というのは、例えば公爵といった高位の貴族か、アントンのような軍で広く力量を認められている将校でなければならない。
しかし、タウゼント帝国に五つある公爵家の内、二つ。
ズインゲンガルデン公爵とヴェストヘルゼン公爵は、地位は十分であっても、以前に内乱を起こした中枢であるために、ひとつの軍団を預けるのにははばかりがあった。
反乱を起こすとはさすがに考えられないが、過去のこととはいえ反逆者に巨大な権限を与えるには、まだ、内戦の傷の痛みは生々しい。
残る三つの公爵家の内で、軍の統率に耐えられそうなのは二人だけ。
エドゥアルド本人と、オストヴィーゼ公爵・ユリウスだ。
年齢的にはアルトクローネ公爵・デニスは年長だしふさわしいように思えたが、彼は内政面では及第点以上の統治者ではあっても、軍事指揮官としてはイマイチで、気が小さい所があり、多くの将を取りまとめてもらうのは厳しいものがある。
アントンは十分な実績があり尊敬も集めていたが、彼は参謀総長として帝国軍の全体を統括する必要があり、一軍のみの指揮官とするわけにはいかない。
過去にはヨッヘム・フォン・シュヴェーレン元帥が帝国軍の総大将を務めたこともあったが、彼は元々高齢であったこともあり、近年は病に伏せるなどしていて体調が思わしくなく、登用は困難だ。
今回、帝国は三つの軍団を編成したが。
どうしてもそれを統率する人数が足りない。
エドゥアルドの従兄であるヨーゼフが引っ張り出されて来たのにも、この辺りに理由がある。
兵士と将校はいても、軍団長クラスが不足していた。
だから、いざとなれば代皇帝も矢面に立たねばならない。
必然的に、それには戦死というリスクが伴っていたから、戦況が有利に運び、彼が出撃しなくて済みそうなことは、喜ばしかった。
「アントン殿のおっしゃる方針で良いと思います。
ただ、求めがあったのなら、損害を受けているユリウス殿には増援も送っていただきたい」
エドゥアルドはどこか釈然としない様子ではあったものの。
自分が戦場に立たなければどうにもならない、などということはない、とよく理解していたから、アントンが示した内容をそのまま認可した。
「承知いたしました」
参謀総長がかしこまって仕事をこなすために引き下がると、青年は椅子の上で姿勢を崩し、なおも残念そうな様子で頬杖を突く。
彼としても、自分が出て行かなくてよいのであればそれに越したことはないと思ってはいるものの。
自分の人生の中で最後の戦争にしたいと意気込んでいる戦いに出番がないのは、どこか物足りないとでも考えている雰囲気だった。
「大丈夫でございますよ、エドゥアルドさま」
ルーシェはそんなエドゥアルドの側に控えながら、少し嬉しそうに言う。
長いつき合いになるし、密接な関係だったから、青年の気持ちはよく読めて伝わってくるのだが、彼女としてはやはり彼が危険な目に遭わないというのは良いことなのだ。
「エドゥアルドさまの出番は、ちゃんとございますから。
だって、アルエット共和国に勝利いたしましたら、今度は、講和交渉でございましょう?
あなたが頑張らなければ、なにも決められませんもの」
「……まぁ、ルーシェの言う通りか」
戦争が順調に進み、勝利できたのだとしても。
自分に取っての大仕事は、その後にこそ待っている。
そのことを思い出したエドゥアルドは、少しだけ微笑み、小さく肩をすくめてみせていた。




