・21-15 第410話:「ブルークゼーレのグラッセ:2」
・21-15 第410話:「ブルークゼーレのグラッセ:2」
一連の戦闘が開始されたのは、月が変わって、六月三日のことだった。
帝国軍の一軍を指揮し、ブルークゼーレを南東の側から包囲していたユリウス・フォン・オストヴィーゼは、六月一日に旗下の部隊に対し南下を開始するように命令していた。
敵国の首都を強襲すると見せかけ、物資を失った敵に打って出るという決断をより下させやすくするためだ。
あまり急ぎはしないが、かといって、のんびりもしない。
一般的な行軍速度で進んでいく。
ただ、これが罠であることは、おそらくは見え透いていただろう。
敵を背後に残したまま移動するというのは露骨な挑発に映るし、まともな指揮官であれば、誘いであると疑って然るべきだ。
帝国軍が南下を開始した。
知らせを受け取ったエルネスト将軍は、厳しい選択を迫られた。
ここでこのまま籠城を続け、祖国が滅ぼされるのを傍観するか。
それとも、罠だと知りつつ、打って出て戦うのか。
こちらの意図がバレていようとも、関係が無い。
放っておけばユリウスは敵国の首都へと到着し、そこを占領してしまう。
そうなれば勝ちが確定する。
相手が何もせず、指をくわえて見ているのなら、それでもよかった。
この戦争における比類ない功績をあげた者として、ユリウスの名は歴史に刻まれることになるだろう。
エルネスト将軍は沈黙を選ばなかった。
祖国の危機を見ていることなどできず、彼は指揮下の全軍に対し、出撃を命じた。
共和国軍がブルークゼーレを出て来た。
その知らせを、見張りのために残して来ていた人員から受け取ったユリウスは、直ちに応戦態勢を取ることとし、行軍縦隊を形成していた指揮下の部隊を展開して布陣させた。
相手は、おそらくは罠と承知した上で、それでも挑んで来ることを選んだのだ。
直前まで偽装を続ける必要などなく、万全の状態で迎えうってやればいい。
敵はこちらが布陣を終えているとわかっても、どうしても攻撃を仕掛けて来るのに違いないのだから。
万全の状態で迎撃し、———徹底的に撃滅する。
そのために。
ユリウスは、この地域に展開している同盟軍と事前に取り決めを行い、互いにどのような行動をとるのかをすり合わせていた。
ブルークゼーレの西側にいたイーンスラ王国軍は、戦場予定地に急行。
ユリウスと共に共和国軍の主力を捕捉し、挟撃して壊滅させる。
一方、北側に居たノルトハーフェン公国軍を中核とするヨーゼフの帝国軍は、南下。
まずはブルークゼーレの市街地を掌握し、次いで、戦場に駆けつける。
そういう手筈になっている。
戦闘は、六月三日の午後二時ごろから開始された。
左右に部隊を展開して応戦する態勢を整えていたユリウスの軍団に対し、その五キロメートルほど手前で立ち止まって自軍も部隊を配置したエルネスト将軍は、まず、砲兵を前進させ、砲撃を開始した。
彼なりの悪あがきだ。
万端の準備を整えて待ちかまえているところに突っ込んで行っても勝ち目などないから、砲撃を浴びせて少しでも兵力を削りとるのと同時に、あわよくば帝国軍の方から攻撃を仕掛けてくるように仕向ける。
そうすれば。
砲兵は迫りくる歩兵の集団に対し、キャニスター弾の最大火力をぶつけることができる。
エルネスト将軍は砲兵畑出身だった。
だからその威力の大きさはよく理解しているし、現状を打開するためには野戦砲が発揮する殲滅力に頼るほかはないと結論づけていた。
ユリウスの側でもそれを承知していたから、彼は砲撃に触発された攻勢に打って出ることはしなかった。
その代わりにやや部隊を後退(この場合は南下)させ、敵の砲兵の有効射程を出るのと同時に、自らが保有する砲兵を前に出して放列を敷いた。
これにより、敵は再度前進しなければ砲撃を実施できないという状態になる。
この、エドゥアルドの義兄弟となる青年は、自軍の優位を熟知していた。
ここで待っていればクレイン大将が駆けつけてくれ、勝利は確定するのだ。
焦る必要などなく、敵をじっくりと料理するようにかまえている。
「そう。
例えば、グラッセのように」
設営した本陣で悠然とかまえ、一口大に切り分け、丁寧に面取りをしたニンジンをバターと砂糖でじっくりと煮詰め光沢を出させたグラッセを付け合わせにしたソーセージの軽食を摂りながら、彼は周囲の者にそう語った。
「焦らず、じっくりと熱を加えていく。
そうすれば、———美味しい料理になる。
功を立てるために急ぐ必要はありません。
待っていれば良いのです」
エルネスト将軍は、止むを得ず自軍に対し前進を命じ、攻勢に打って出た。
彼は偵察を怠っていなかったから、西からイーンスラ王国軍が迫っていることを知っている。
加えて、北からは別のタウゼント帝国軍が南下しており、ブルークゼーレに今から戻ることも難しくなった。
前に進んで、敵を打ち破る以外に生き延びる道が無い。
もっとも、エルネスト将軍は自暴自棄になって特攻をしかけたわけではなかった。
重責を任された身として、彼にできる最大限の努力をした。
一日目の戦闘は両軍の展開と遠距離からの砲撃戦で終始し、大きな動きはなかったが。
二日目、六月四日は、早朝から激しい戦闘がくり広げられた。
敵を突破するため、この日、共和国軍は砲兵戦力を結集した。
投入できるあらゆる火砲を戦線の中央部分に火力を集中できるように配置し、できるだけ砲弾の密度を高めて砲撃を加えたのだ。
さらに、エルネストは兵力の配置を工夫していた。
相手の陣形に合わせて左右に広く展開させていた部隊をひとつに集約し、分厚い縦深を持った突撃縦隊を編成。
猛烈な砲撃を浴びせて崩した敵陣に向け突入し、その隊列を食い破ろうと意図したのだ。
この共和国軍の攻撃は激しく。
六月四日の戦いは、凄惨なものとなった。




